101 ほんとのキスをお返しに
決闘裁判は俺の勝利で幕を閉じた。虚しく後味も悪かったが、ともかくロッタの父ロベルトさんの名誉は回復されたのだ。
ベルガモ子爵にも真相の徹底究明を誓約させ、これで本当に終わった。あとは法の専門家に任せればいい、ようやく迷宮都市リンゲックに帰れる。メイベルの浪費で有り金が(辛うじて)底をつく前にカタがついて一安心だよ、いやマジで。
開けて翌朝。
クラウディアさんとピエトロさんに見送られ、俺たちは港湾都市ランテルナを発った。
帰路は特筆することもなく街道をゆく。俺はもちろん今や百戦練磨のロッタ、そして今回のシードラゴン討伐で自信をつけたメイベル、リュカ、ゴーティエにとって、並の魔物はもはや敵ではない。
そして戻ってきましたリンゲック。だいぶ帰還が遅れたが、留守中に何かあった人はおらずこちらも一安心。
かくして日常が戻り、俺は再びダンジョン探索や剣術指南に精を出すことになった。もっとも、旅の武芸者から果たし合いを求められ、帰ってすぐまた決闘をすることになったりもしたが。
翌日。俺にとって、決して小さいとは言えぬことが起きた。ロッタが冒険者登録を抹消したのである。
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「もう気づいてるよね? 私が冒険者になったのは、お父さんの船が沈んで献上品が失われた賠償金のため。真相が明らかになって賠償義務そのものが消滅した今、もう冒険者を続ける理由がないんだよ」
「そうか。そうだな」
言うまでもなく、冒険者は死と隣り合わせの過酷な職業だ。剣客である俺のように修羅の世界の住人、すなわち「戦うために生きてる者」はともかく、ロッタのような日常の世界の住人、つまり「生きるために必要なら戦う者」なら、無理に危ない橋を渡ることはない。彼女は本懐を遂げたのだ。
「おめでとう、ロッタ」
「ふふ、ありがと。でも、キミには本当に感謝してる。もしキミと出会えてなかったら、私は今ごろ死んでたかもしれない。そうでなくても、お父さんのことは何も解決しなかったからね」
「俺の力なんて微々たるものさ。ロッタの努力が報われただけだ。さて、そうと決まったらお祝いの準備といこうぜ」
「うん!」
やがてロッタは挨拶廻りで一旦去る。
彼女を見送って俺はふと思った。彼女は冒険者を引退したあと、どうするのだろうか。
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リーズの実家である宿屋「樫の梢亭」の酒場を貸切りにしての送別会は、冒険者仲間はもちろんマスターやクレア、お忍びのアニス王女、ジョゼットさんやキュルマさんも参加する賑やかな宴となった。
当然、今後どうするかの話も出る。その返答は予想外の……いや、容易に想像はできたが、俺が現実から目を逸らして考えようとしていなかったものだった。
「もともと私は冒険者を目指してたわけじゃなく、兄さんと一緒にお父さんの商売を手伝うつもりだったんだ。だから、そのお父さんがいなくなった今は……ランテルナに帰って、兄さんを助けようと思ってる」
てことは、リンゲックを去る?
もうロッタに会えない?
思えば、ギルドに登録して最初に知り合った同業者が彼女だった。それから今日まで、公私両面で助言をしてくれた。多くの依頼を共にこなし、当たり前のように身近にいてくれた。
そのロッタが、もうすぐいなくなる。そう思うと、頭の隅にあった考えが急激に大きくなってゆく。
(俺もリンゲックの冒険者登録を抹消して、ランテルナに拠点を移そうか……)
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ちょっと涼んでくると、一旦テーブルを離れ中庭へ向かうロッタ。俺も中座してそれを追う。
いきなり「俺も付いていく」は……正直ちょっと引くよな。だから「もしピエトロさんと商会を立ち上げたら、俺を使用人か用心棒として雇ってくれるか?」と、冗談めかして水を向ければ。
「キミさぁ。この町で武者修行して、お母さんみたいになるんじゃなかったの?」
「そんなの……どこででもできるだろ」
「どーだろね? 出没する魔物の強さ的に、ランテルナに移ったら戦士としての成長が止まるか、少なくとも今ほど伸びなくなりそう。あと、世間の目は冷ややかなんじゃないかな。下手すりゃ迷宮都市から逃げたって思われるよ?」
これはそうかもしれない。複数のダンジョンがあるリンゲックに比べランテルナの魔物は全体的にやや弱く、それが相手では最強への道が閉ざされる可能性はある。10キロの重りを何回持ち上げても、100キロの岩を動かせるようにはならんのだ。
「ていうか場所の問題じゃないよ。せっかく姫様に気に入られてるのにさ。それに、キミがリンゲックに戻ってくると信じて待ってたリーズをまた悲しませるの?」
「うぐ」
天真爛漫なアニス王女、初恋の幼馴染みリーズ。どちらもロッタとは違う魅力をもつ美少女だ。そして、ロッタと同じくらい大切な人でもある。
「それは……。でもやっぱり、俺はロッタと離ればなれになりたくない。側に居たいし居て欲しい。迷惑かな」
「ううん。むしろすごく嬉しい。……ホントは死ぬまで黙ってるつもりだったけど言うね」
そしてロッタは胸に手を当ててふうと一つ息を吐き、真顔で俺に向き合った。琥珀色の瞳が、はじめて会った日と同じようにキラリと輝く。
「ヒデト、私はキミが好き。仲間とか友人としてって意味じゃない。ひとりの女として、異性としてのキミを愛してる」
「だったら」
「愛してるからこそ、私はキミの可能性を潰すような愛しかたはしたくないんだよ。キミはもっともっと大きくなれる、それこそジュリア様みたいな英雄にね。ちっぽけな商家なんかで終わっていい器じゃないんだ。それに今だから言うけど、私はお金儲けに利用しようとキミに近づいたんだよ。そんな女はキミに相応しくない」
「お互い様さ。俺だって、情報通と仲良くしておけば得だって打算はあった。何より、俺は利用されたなんて思っちゃいないよ」
これは本心だ。ロッタの親切は無償の善意ではなかったかもしれないが、彼女が得たものより、俺に与えてくれたものの方がはるかに大きい。
「もう言わないで。決心が鈍るから……。私は遠いランテルナからキミの活躍を祈り、幸せを願い続けるよ。結ばれるだけが愛じゃない。それぞれの道を選んでお別れしても、いつかその道が再び交わったとき、素敵な思い出だったねと笑い合える……そんな愛があったっていいじゃない」
ああ、ここまで言われたら、もう何も言えないな。
「ロッタは強いんだな、俺なんかよりずっと」
「今ごろ気づいたの? 女は強いんだよ。でもキミだって強くなれる。そのためにも、私から卒業する時が来たんだよ」
ふと酒場の方から呼ぶ声がし、ロッタはそれに応えて戻ってしまう。俺はひとり取り残され、しばし立ちすくんでいた。
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一夜開け、とうとうロッタが町を去る日がやってきた。朝もやの残るなか、乗合い馬車が荷の積み込みを行っている。その町外れには俺のほか、フィーネとリーズを初めとする冒険者仲間、定宿の女将だったエマおばさん、ギルドからはマスターとクレア、そして身分を越えてアニス王女らが見送りのため集まった。
「ロッタ、今までありがとう。ランテルナでも頑張ってね」
「お弁当作ってきましたわ、馬車の中で食べてくださいね」
今まで大抵の依頼でパーティを組んできたリーズとフィーネが最後の抱擁を交わす。次いでウェンディや姫様たちも。そして馬車の出発時刻が、別れのときが近づく。
「キミと出会えてよかった。私はキミとの思い出を胸に生きていくよ。……ふふ、今度会うときは、どっちも家庭を持ってたりするかもしれないね? あ、ちょっとこっち来て」
そういってロッタは道端の大きな石にぴょんと乗る。身長差がだいぶ縮まった。
彼女は帽子を脱ぎ、両手を俺の首に回す。
そして顔を近づけ、ゆっくり瞳を閉じる。
俺は薄紅色に染まったその頬に手を当て、ロッタの華奢な体を抱きしめた。
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「ごめんなさ~い、待たせちゃいましたね。さ、やって下さい」
いつもの明るさに戻ったロッタが、御者に発車を促す。
「もういいんですかい?」
「いいんです。別れってのはダラダラ長いより、さっぱりしてる方がいいんです」
「そうですか。ええ、そうですな」
冒険者としての自分は死んだ、生まれ変わったという意味だろう、革鎧でなくディアンドル姿のロッタが馬車に乗ると、御者が馬にひと鞭入れ、ガラガラと音を立てて車輪が動きだした。少しずつ、しかし確実に、彼女が遠ざかってゆく。
「ありがとう、みんな! さよなら、ヒデト! またランテルナに来ることがあったら教えてね、きっと迎えにいくから!」
俺の感傷などお構いなしに馬車の影は小さくなり、やがて見えなくなる。俺の唇にはまだ、ロッタの唇のぬくもりが残っていた。
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「きっと、涙を見せたくなかったんだろうな。それともお前の涙を見て、気持ちが揺らぐのが怖かったのか」
「え?」
ジェイクに言われて、俺ははじめて頬を濡らしていることに気づいた。
「惚れてたんだろ、ロッタによ」
「かもな……。気付くのが遅すぎた」
「ま、切り替えてけ。失恋は男の通過儀礼だ」
「ジェイクもか?」
「そらそーよ。アンナとオリビアには捨てられたしシャロンは元彼と寄りを戻したしフィーネと綴りの違う人間のフィーネはデキ婚でマリエルは……」
「聞いた俺がアホだったわ」
ぜんぶ自業自得じゃねえか。
「ヒデトさま、気を落とさないでください」
「美味しいものでも食べて元気出しましょう! オススメのお店があるんですよ」
そんなアニス王女とクレアの言葉を、アルゴとジェイクが遮る。
「すまんが、今日は俺たちが先約でな」
「そそ、こういうのは男同士の世界なのよ~ん。ていうかどうせ『さあ慰めックスの時間だ、既成事実さえ作りゃこっちのもんだぜぐへへ』とか思ってんでしょ」
「「うぐ」」
「人の傷心に付け込むのはフェアじゃありませんぜ、お二人さん?」
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しばらくして裁きの続報が入ってきた。事件はギルスタンの犯行で、ベルガモ子爵の関与はなかったとのこと。
ギルスタンは優れた戦士だったが博打に目がなく、大きな借金があった。そこにロベルトさんの商売敵だった商人が付け込んだのだ。共犯者はメイベルたちが捕まえたチンピラども。
なんとも陳腐な話である。事実は小説より奇なりとは言うが、実際のところ物語のように意外な結末なんて滅多にないのだ。
子爵は直接の関与こそなかったものの、家臣の監督不行き届きの罰は免れない。取り潰しとまではいかずとも、交易の利権や周辺の領地を削られるだろう。むろんアニス王女との婚姻、王家との血縁関係構築の悲願も夢と消えた。
そしてギルスタンは黒幕の商人ともども斬首。
皮肉にも本人の剣でだ。刀身に刻まれていた「ベルガモに仇なす者、この剣の錆となるべし」の文言どおりになったわけである。
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ところが事態は急転。
ある日のこと。商業地区に新しい店ができたというから見に行ってみれば……
「ピエトロさん!? なんでここに?」
「そりゃあ、自分の店だからに決まってるでしょう。いらっしゃいませ、店主のピエトロと申します。以後ご贔屓に」
「てことは……」
ちらと横を見れば、むっちゃ見覚えのある人が、むっちゃ気まずそうにしてるじゃないか。
わざとらしく帽子で顔を隠そうとしているが、もちろん間違えようもない。
150センチに満たない華奢な体。あの日も着ていた深緑のディアンドル。艶やかなライトブラウンのストレートロング。そして琥珀色の瞳。
「あ~、その。店長補佐のカルロッタです、はい」
ええ……
「いやいやいや。なんでロッタがここにいるんだよ」
「仕方ないじゃん……。兄さんがリンゲックに移るって言うんだから」
「あんだけ引っ張ってこのオチかい! 返せ! 俺の涙を返せ!」
「そんなこと言われても、私はあれが今生の別れのつもりだったんだよ~」
そんなやりとりが何度か続き、やがてどちらからともなく笑い声が上がった。
「おかえり、ロッタ」
「ただいま、ヒデト」
この世は無常、すなわち常に移り変わっている。自然も、街も、もちろん人も。
冒険者としてのロッタとの日々は終わった。これからは商人としての彼女と、新しい日々を積み重ねていこう。
俺たちが出会った、この町で。
帰還直後の決闘
詳細は別作品「元ギルドマスターの手記」13話参照。




