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097 5分だけじゃないけど我儘をそっと言わせて

 沈みゆく太陽が最後の光を投げかけ、紺碧こんぺきの海を深紅に染めていた。


 まるで、先ほどまでの激戦で流された血のように。心なしか、潮風に鉄錆てつさびの匂いが混ざっているような気がする。


 穏やかさが戻った水面がさざなんで、キラキラ光が揺れていた。日が沈めば消えるだろう。もしかしたらあの輝きは、海へ還るまでのわずかな間、この世の名残なごりを惜しんで波間を揺蕩たゆたう死者の魂かもしれない。


 ……などとポエミーな感傷で気を紛らわそうとしたが、かえって心のモヤモヤが大きくなってしまった。武芸者が詩人の真似事なんてするもんじゃないな。


 帰投した港は、出撃前にも増して喧騒の真っ只中にある。むろん戦勝の歓喜によるもので、敵の撃退に貢献した俺たちを讃える声も少なくなかったものの、それらは今の俺には空虚な、自分と無関係な異世界の出来事でしかなかった。


『貴様ハ仇ナド討ッテハイナイ。アノ船ヲ沈メタノハ我デハナイ。シードラゴンデスラナイ』


 理由はもちろん、あの巨大ドラゴンの最後の言葉。それが頭にこびりついて離れない。

 人は死ぬ間際まで嘘はつかぬという。たぶん竜だって同じだろう。そしてあいつは「沈んだのは」でなく「沈めたのは」と言っていた。


 どういうことだ?

 あのシードラが無関係なのは分かった。ならロッタのお父さんの船、「四羽のカモメ号」が沈没した理由はなんなんだ?


 いちおう文言もんごんからは、嵐などの事故によるものだったと解釈することはできる。

 が、雰囲気的には明らかに「船を沈めた真犯人は別にいるぞ、仇を討てなくて残念だったな」という感じだった。ならそれは誰だ?


 沈没の現場を直に見ていたのか、あるいは船の破損状況から事故ではないと判断しただけで、真犯人までは知らないのか。やつが死んだ今、それはもう確かめようもない。

 ただ、こんなハッキリしない結末では……そして何より船の位置が分かったのにそのままでは、ロッタとご家族が不憫でならない。


 そんな鬱屈などお構いなしに戦後処理は進む。回収した魔物の解体、その素材の配分、戦勝祝いの準備、その他もろもろ。

 数時間後、冒険者ギルドで盛大な宴が開かれた。武功を立てた者は報奨の期待に胸を弾ませ、仲間をうしなった者は友の冥福を祈って、思い思いに盃を傾ける。


 吟遊詩人が竪琴を奏でつつ、さっそく今日の戦いを即興の英雄譚にして歌えば、たちまち周囲から上がる歓声と合いの手。荒々しくも誇り高く、粋で気っ風のいい海の男たちのこと、鎮魂の酒は陽気なものであった。


 俺も、今だけは疑念を忘れよう。せっかくのお祝いムードに水を差すのも野暮だ。


 ━━━━━


 一夜開けて……

 俺はロッタを伴い、今回の旅の責任者である護衛隊長のもとを訪れていた。


 この町、港湾都市ランテルナに滞在する期間の延長を直談判するためである。


 情報が足りないのに、あれこれ憶測を巡らせたってしょうがない。嘘か真か、あの巨大シードラゴンは沈没船の位置を言っていたのだ。ともかく現地へ行って調査したかった。

 何より船を、そしてロッタの父ロベルトさんのご遺体を家族のもとへ帰し、しかるべく弔ってやりたい。残りの日数ではまるっきり足らん。


「気持ちは分かるがねえ」

 しかし、やはりというか隊長は渋い顔。


 当然だ。巡礼の皆さんは長期滞在する持ち合わせなどなかろうし、商人は商人でリンゲックへの納入期限とか色々ある。無茶を言ってるのはこっちなのだから。


 だが簡単には引き下がれん。母さんが口ずさんでた歌のように5分だけ我儘わがままをそっと言わせて。いや5分じゃないけど。そっとでもないけど。


 それはともかく、護衛の依頼をキャンセルして代わりの冒険者を募るわけにはいかない。私情で依頼を投げ出せばギルドの査定に響くし、マスターの顔に泥を塗ることにもなる。さらに、もし帰路で犠牲者が出たら「あいつが降りたせいで」と言われてしまうからだ。

 でも滞在延長なら、詭弁だが不測の事態と取り繕えるだろう。事実、河川の増水などで足止めをくらうのは珍しくない。


「ありがとうヒデト、ここまでしてくれて。でももういいよ。一度リンゲックに戻ってから、改めて来よう?」

「そんな悠長なこと言ってられるか。こうしている間も、ロベルトさんは冷たい海の底にいるんだぞ。それに大嵐でも起きてみろ、船の位置が変わって二度と見つからんかもしれん」

「そりゃそうだけど……」

「とにかくこの件は急いだ方がいい。なんの根拠もない()()だが、そんな気がするんだ」


 自分で言うのもなんだが、俺はあまり無理を言う方じゃないと思う。少なくとも、俺より我の強い冒険者はいる。それこそメイベルとか。

 そんな俺がここまで食い下がるのを見て、隊長も考慮してくれた。護衛対象の皆さんや部下らに意見を募り、賛同というか許しを得られれば、というところまで譲歩してくれたのだ。


 で、なんやかんやの末、言い出しっぺの俺が滞在費を負担することを条件に要求が通った。

 ロッタも出すと言ったが断った。これは俺のエゴだ。


 なお隊長いわく、「いまや君は名実ともに、お母様に続く新世代の勇者だからな。その頼みは断れんよ。それに……今をときめく君が頭を下げてお願いするというのは、一般人の彼らにとってある種の快感だったのさ」とのこと。


 またそれとは別に、多くの人にとって旅は非日常なのだ。冒険者やってると感覚が麻痺しがちだが、農夫やきこりのように土地に定着して暮らす人々は、生まれた町から一度も遠出しないまま生涯を終えることが少なくない。

 したがって護衛対象の皆さん、商人はともかく巡礼者の方々には、このランテルナ行脚あんぎゃが一生に一度のことという人もいる。その辺もあったらしい。


 もっともメイベルは「タダで観光できるなんてラッキー♡ あ、もちろん食費もあんた持ちね?」とほざいて、高級海鮮グルメを満喫してやがったが……。

 いや、確かに俺が払うのはそうなんだけどさあ、だからって高いメニューだけ選んでがっついてんじゃねえよ。


 やっぱ俺この女嫌いだわ。そのうち理解わからせてやるから覚えてろ。


 ━━━━━


「さて、それはそうと交渉せにゃならん相手がいるわけで」


 沈んでいる「四羽のカモメ号」は中型船とのことだが、これの引き揚げが難しいのだ。収納魔法のお札は水中だとインクがにじんだり破れたりするだろうし、そもそも容量が足りん。まさか海の中で船を分解するわけにもいかんしな……

 といって漁船での回収も無理、人力には限界がある。ではどうするかというと、水に潜れて怪力で、空も飛べるドラゴンの協力を仰ぐのだ。


 思えば、俺もよくよく竜と縁のある男だぜ。

 迷宮都市リンゲックに向かう途中のグリーンドラゴン退治、マウルード王国でのブルードラゴン討伐戦、そして今回のシードラゴン迎撃。

 いずれも強敵だった。が、実は竜というやつ、人類と敵対している連中だけではない。


 総じて彼らは金銀財宝を好む。しかし巨大な体、鉤爪かぎづめのある手では、金貨を鋳造したり宝石をカットしたりはできない。そこで人間を守ってやる代わりに、それらを貢ぎ物として受け取るなんて話もちらほら。

 知能が高いだけに、楽で実入りのいいやり方を見つけたともいえる。でも国によっては、これで龍神さまと崇められるそうだから面白いものだ。


 なんとなく、スズメバチを駆除する養蜂業者に似ていなくも……いや、蜂蜜を根こそぎぶん取る人間より良心的か? そういう俺も甘いものは好きだから、言えた義理じゃないが。

 まあそれはいい。そしてこのランテルナ近郊にも、海辺の洞穴ほらあなに住む青緑色の竜、ブロンズドラゴンの群れが生息しているという。


 鱗の色が示すとおり、ブルードラゴンとグリーンドラゴンの中間的な種で、ブルーと同じ稲妻のブレスに加え、グリーンに近い毒ガス、殺傷能力はなく意識を朦朧もうろうとさせるものだが、それを吐く。むろん力や生命力もすさまじく、飛翔速度もかなりのもの。敵に回せば、シードラゴンと同等かそれ以上に恐ろしい魔獣だ。


 しかしロッタから聞いた話によると、幸いにも人間とは相互不干渉のスタンスを取っており、普段はそれぞれの縄張り、漁場が被らないようにしているらしい。

 一方で、漁が思うようにいかなかったり、何らかの必要が生じたりした際には、人間側は金品の、ドラゴン側は労力や武力、あるいは生え変わって抜け落ちた角や牙の提供という形で、しばしば協力してきた歴史があるんだとか。


 砕けた言い方をするなら、「険悪じゃないが仲良しでもない、ビジネスライクなお隣さん」といったところかな。


 だから人間の漁場で起きた先の一件には手出ししてこなかったのね。まあ、こっちはこっちで助けを呼ぶ時間もなかったけど。


 で、これまたなんやかんやの末、協力を取りつけることができた。マウルードで戦った恩賞であるブルードラゴンの首や、今回のシードラ討伐の報償金など、ほとんど財布の底をはたくことになったが後悔はない。


 そこまでしてくれなくても、とロッタは言うが……


「俺がそうしたいのさ。先のシードラ戦、俺は仇討ちの助太刀のつもりでいた。つまり船を沈めたやつが他にいるとしたら、仇は健在の可能性が高い。狙った獲物が生きてる、それ自体が剣客けんかくとして気に喰わないんだよ」

「私には分かんない世界だな~」

「修羅の世界だ。それでいい」

 もう損得じゃないんだ。大赤字だろうが知ったことか。


 何よりロッタのためなら惜しくもないさ。


 正直、俺が彼女に対して抱いている気持ちが恋なのかは、自分でもよく分からん。だが世話になった先輩として、共に死線をくぐり抜けた戦友として、大切な人であることは間違いない。


 その彼女のためだ。俺にできることなら、何だってやってやる。


 ━━━━━


 そして翌日。

 小さな漁船をチャーターし、ブロンズドラゴンらとともにいざ蝋燭ろうそく岩へ。これは航海の目印だそうで、船乗りはみな知っていた。


 あのシードラゴンの言葉が嘘でなければ、四羽のカモメ号はそこから太陽の沈む方……つまり真西に20キロのところに沈んでいるという。

 本当に船はあるのか。二度と会えないと思っていた父は? さしものロッタ、そして同乗しているピエトロさんも緊張の面持ち。


(待ってろよ、きっと見つけてやるからな)


 竜が一緒なだけに襲撃もなく、船はスムーズに目的地へ近づいてゆく。


 不安、期待、悲しい記憶、疑念……

 俺たちの複雑な思いをよそに、ランテルナの海はどこまでも青く美しい。果たして、波間の彼方に真実は見えるか。

ブロンズドラゴンのブレスは、手持ちの資料だと戦意を喪失させるガスとありますが、分かりやすさ優先で意識朦朧と表記しました。ご了承ください。

(参考文献『RPG幻想辞典』1986年刊行)

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