096 紺碧(こんぺき)の海は朱(あけ)に染まって
巨大シードラゴンは、まっすぐ俺たちに向かってきた。
竜は狂暴な見た目に反して知能が高い。やつは俺たち五人、とくに俺を倒せば船団全体の士気が萎えると見抜いたのだ。
そしてその船団からの援護は期待できない。下手に飛び道具を使うと同士討ちだし、仮にも魔王のザラターを倒した俺が向かっていくのを見て、白兵戦も「手出し無用」という空気になってる。
あんたらの海ならあんたらが守れよ、という気がしなくもないが……そこはこの町出身のロッタがいるし、成りゆきや流れもあるし。
ともかく、俺たちでやるしかねえな!
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「まずは魔法で削るぞ、メイベル!」
「わ、分かってるわよ。偉そうにしないで!」
幸いにも敵の突進はそこまで速くない。規格外の巨体が海面に出れば水の抵抗が大きいし、そもそも首長竜と呼ばれるドラゴンは、蛇みたいに細長いシーサーペントほど泳ぎに適していないのだ。
俺の魔法に合わせて、メイベルが杖を構える。
この戦いを伝説のプロローグにする予定の彼女には悪いが、トドメはロッタに刺させてやりたい。が、まずは動きを鈍らせるのが先だ。パイルバンカーは最後の一本なのだから……
しかしこの読みは甘かった。敵もさるもの、長い首をふり上げ、頭を思いきり水面に叩きつけたのだ! そして水に入れたまま振り回す。風呂の湯をかき混ぜるようにだ。
「きゃあぁ!」
メイベルが悲鳴を上げる。これは直接の攻撃じゃない、海面を揺らすためか!
浮遊の魔法は地面なり水面から50センチほどしか浮き上がらず、かつその高さを保つ。おかげで水面に飛び降りても海底まで落っこちずに済むわけだが、反面、足元が揺れたらバランスを崩すという弱点もある。
転倒したメイベルの魔法は、同士討ちこそ免れたものの明後日の方向へ飛んでゆく。俺のも狙いを外され、直撃とはいかなかった。
「動ケマイ」
まずい、こんなの大地震の中で戦うようなもんだ。みんなバランスを崩して、反撃どころじゃなくなってる!
「死ネ、小娘!」
何度も攻撃された怒りか、それとも潰せそうなやつから潰すつもりか? やつはメイベルを狙ってきた。
そのメイベルは明らかにビビってる。無理もない、彼女は派手好きで目立ちたがり屋な性格からか、攻撃は強いが防御や補助といった地味な魔法は苦手だ。
「くっ、間に合え!」
俺は身体強化の魔法をフルパワーにし、一気に駆けて間に入った。続いて盾の魔法を自分の前方、やや斜めに展開。突き出された敵の首を横に受け流す。
が、これほどの巨体からの攻撃を防ぎきるのは無理だった。魔法の盾が砕け、俺は後方に弾かれる。
視界の隅に鮮やかな赤が見えた。メイベルのローブだろう。
やばい、ぶつかる。そうなったら庇った意味がない。俺の体重は装備含めて120キロオーバー、華奢な魔法使いなど一発でノックアウトだ。
なので咄嗟に彼女を掬いあげるように抱えて激突を防いだ。浮いてて摩擦がないからそのままスイーッと海上を滑り、10メートル以上もしてようやく止まる。
「あ、ありがと」
「礼には及ばんさ。言っただろ、君は俺が守るって」
だから乙女の肌には傷ひとつつけさせん。人格的には好きになれない部分もある娘だが、これはそんな感情とは次元の違うことだ。
「で、でもさ。その、いつまでもそうしてんの止めてもらえる、かな」
「え?」
言われて初めて気づいたが、俺は両腕でしっかり彼女を抱きしめていた。兜の庇がなかったら、唇が触れあうほど顔が近い。
「ふ、そんなことを言ってられる余裕があるなら、心配はなさそうだな」
体勢を立て直し、再び槍を構える。
「二人とも無事か?」
「こっちはもう魔法の巻物がない」
ゴーティエとリュカも援護してくれてはいるが、そろそろ弾切れのようだ。
「私もさっきので打ち止め、あとはパイルバンカーだけだよ」
ロッタもか。
こちらの飛び道具が尽きたところで、敵は勝負をかけてきた。激しく動いて海面を揺らしつつ、長い首を横薙ぎに振り回す。
まるで荒れ狂う嵐だ。これじゃとてもじゃないが、ロッタとメイベルを守るのがやっと。リュカとゴーティエもなんとか直撃を避けてはいるが、立つのもままならぬ状況でいつまで持つやら……
「もういっそ、この距離でバンカー使う?」
「いやロッタ、あのデカブツは至近距離からでないと無理だ。なんとかして取りつかないと」
「どうやって!? 言うだけなら誰でもできるわよ!」
「それにはメイベル、君のサポートが必要になる。氷系の魔法は使えるな?」
「もちろんよ。火炎や稲妻ほど得意じゃないけど」
ここが勝負どころか。
リュカとゴーティエは弾切れ、ロッタはパイルバンカーを残すのみ。
メイベルの魔力にも限りがあるし、敵が猛攻をかけてくる状況で時間をかけたくない。長引くほど被弾のリスクは増す、まして地の利は向こうにあるのだ。
「よし、メイベルはそれで援護してくれ。狙いはやつじゃなく水面だ。氷の一枚板を作って足場にする、揺れが少なくなりゃ接近戦にも持ち込める」
「わ、分かったわ」
「リュカはこいつを使え」
そう言って俺はリュカに太刀を投げ渡した。一度に持てる武器はひとつだけ、残りを遊ばせておくよりいいだろう。
「並の剣なら刃が立たないかもだが、オリハルコンなら話は別だ。いざって時はメイベルを除く四人で囲むぞ」
「こ、こんなすごい剣、持ったことないよ」
「命の方が大事だから惜しいと思うなよ。マスターから聞いたろ、魔法の剣を捨てられず逃げ遅れて死んだ戦士の話を」
「ああ。イグナシオだったかな」
「ゴーティエはその場の判断でサポートを」
「うむ、任せろ」
「ロッタは俺と一緒だ。正直、かなり危険な作戦だと思うが、腹を括って俺に命を預けてくれるか?」
「とっくに預けてるよ。初めて会ったあの日から、ずっとね」
「ありがとう、カルロッタ。さあ、お父さんの仇を討つときがきたぞ!」
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まずはメイベルの魔法が炸裂。
「これで残りの魔力みんな使うから、後はあんたらで上手くやんなさいよ。フリーズ、フルパワー!」
大気が冷え、みる間に海が凍ってゆく。しかもシードラとその周囲を巻き込んで。
予想以上の威力だ! こんなの氷の浮き輪をつけられたようなもの、動きが大きく制限されるはず。
「すごいなメイベル! ホントに苦手なのか!?」
「わ、分かんない……。いつもはこんな威力じゃないわよ!?」
どうやら、今回に限ってまぐれ当たりが出たらしい。
魔法は集中力だ、本番に強いタイプなのだろう。それも天才の条件だ。
「ありがとうメイベル、もう退がれ。あとは四人で一気に叩く。トドメはロッタ、任せるぞ」
「任された!」
「よし、総攻撃開始! 俺に続け!!」
号令一下、俺たちは突進した。敵も決死の反撃を見せ、首を振り回してリュカを狙う。
「くっ!」
咄嗟にパイルバンカーの筒とオルフラムの太刀を交差させてガードするリュカ。長く鋭く、死をもたらすかに見えた牙が激突した瞬間、
「うわぁっ!」
「グオォォ!」
両者の悲鳴が上がった。
ふっ飛ばされるリュカ、しかし得物は手放していない。普段の彼なら耐えられない一撃だったが、そこは強靭な魔法銀の筒とオルフラムの剣で受けたため、なんとかなったらしい。
そして真っ白な棒? が宙を舞い、放物線を描いて飛んでゆく。
いや、あれは棒じゃない。シードラの牙だ!
包丁の刃に野菜を押しつけたら、野菜のほうが両断される。それと同じで、オルフラムの太刀に叩きつけられた牙は、あまりの鋭さと己を上回る強靭さに耐えられず折れたのである。
さすがドワーフ秘伝の業物! 作ってくれたベイリン様には、ランテルナ土産に極上の酒でも追加しないといけないな!
「オノ、レェエ!」
逆上したか、敵の意識がリュカに向いた。ほんの一瞬だが、完全に俺たちのことを忘れている。
(今だ)
直感があった。
魔力を切らしたメイベルが戦線離脱した今、俺たちの陣形はT字型。つまり前列左からリュカ、俺、ゴーティエ、俺の後ろにロッタという格好。当然、左翼のリュカを狙ったら、俺に後頭部をさらす。
「ここで決める! ロッタ、いくぞ!」
彼女の細い腰を抱きかかえ、俺はゴーティエに向かって駆けた。
「後ろを取る!」
「跳ぶか!」
瞬時に俺の意図を察したゴーティエは武器と盾を捨て、シードラゴンに背を向ける。もちろん逃げるのではない、左右の掌を上に向けて重ね、中腰になれば準備完了。
俺は浮遊の魔法を解除してジャンプ、彼の手を踏み台にして……
「いっ……」
「けぇぇ!!」
人間ならぬドワーフ投石機。全身全霊でのけ反るゴーティエの両手に押し出される格好で、ロッタを抱えたまま跳躍! 一気に敵の真上に到達した。そして首の後ろ、人間でいう首根っこに着地する。
「とったぜ、チェックメイトだ!」
逆手に持った十文字槍、オリハルコンの金色の刃文が、陽光に照らされて輝く。
そして渾身の力をこめて突き刺すと、鋭い穂先は鉄より硬い鱗も分厚い皮膚もお構いなしに、ほとんど手応えすら感じさせぬまま深々と沈んだ。
「グギャアァア!!」
ドラゴンが絶叫して暴れるが知ったこっちゃない。死に物狂いでしがみつき、傷口を槍でグリグリほじくって広げれば、無防備な肉が露になる。
「いまだロッタ! パイルバンカー突っ込んでぶちかませ!」
「うんっ!」
最後の一撃だ。マルジャの筒が、まるで針のように深々と差し込まれ……
「お父さんの、仇ぃぃーっ!!」
ロッタの咆哮とともに、パイルバンカーが射出された!
鼓膜が破れそうな轟音が響き、空気がビリビリ震える。仕込まれた爆裂魔法の炎の匂いが鼻腔の奥に染みついて、俺は思わずむせる。
「グォォアァァ……!」
終わったな。巨大な竜の断末魔は港まで届いているだろう。
ゼロどころかマイナス距離から打ち込まれたパイルバンカーの杭は、おそらく首の骨を微塵に砕いたはず。いくらこいつでも致命傷だ。
不意に浮遊感があった。シードラが力尽き、ぐったりと首が垂れたのだ。俺はロッタをお姫様抱っこして離脱する。
周囲の船団から、大歓声が上がった。
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「やった、やったよ、お父さん……。仇は討ったよ……!」
「見事だったぞ、ロッタ」
感極まり、へたり込んで号泣する彼女を、俺はしっかり抱きしめた。首を砕かれた竜はまだ完全に絶命してはいないようだが、時間の問題だ。
その時、やつの頭がわずかに動いた。そして最後の力を振り絞ってか、消え入るような声を発する。
「討ッテハ……イナイ。貴様ハ……仇ナド、討ッテハ、イナイ」
「まだ喋れたか。悪あがきはよせ」
「嘘デハ、ナイ……。アノ船ヲ沈メタノハ、我デハ、ナイ。シードラゴンデスラ、ナイ……」
「なんだと?」
どういうことだ、船を沈めたやつは別にいるってのか?
「自分デ、確カメテ、ミルガイイ。サッキ教エタ場所……アレハ、本当、ダ……」
そこまで言って、海の王者は弱々しく最後の息を吐いた。目から命の灯が消えてゆく。
歓声はまだ止まない。
だが俺は、そしておそらくはロッタも、その響きをひどく虚ろに聞いていた。
イグナシオ
詳細はギルマスが主人公の別作品「元ギルドマスターの手記」2話参照。




