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106 黒兎のビビ

 咆哮ほうこう地下迷宮ダンジョンに響き、反響して空気を震わせた。


 迫りくるのは、身長3メートルを超える単眼の巨人サイクロプスが二匹、さらに大小とり混ぜ四匹のオーク(人型モンスターの一種)、計六匹。それが巨大な骨やら刃こぼれした短剣やら、手に手に得物を振り回して突進してくる。


「よし、俺とフィーネで食い止める。リーズは範囲攻撃の準備」

「了解ですわ!」

「OKっ」

 俺は素早く周囲を見渡して指示を出す。ロッタが引退した今、このメンバーのリーダーは俺だ。そして……


「ビビは足止め、敵をなるべく一点に集めてくれ」

「あいさー!」

 その声とともに、小さな影が神速で敵の横を駆ける。


 戦闘が始まるや、あっという間に三匹のオークが倒れた。一匹は俺の十文字槍で安物の胸当てごと心臓を貫かれ、もう一匹は抜いた槍を引き戻すときに横の刃で首をかき切られ、三匹めはフィーネのトゲトゲ鎚矛メイスでぶん殴られ、防御した短剣ごと頭をカチ割られてだ。これには残りの奴らも驚いたか、一瞬動きが止まった。


「いっただきぃ!」

 影が一声発すると、敵の足元めがけてリンゴ大の鉄球がいくつか飛んだ。たちまち、サイクロプスどもはバランスを崩して倒れこむ。よく見ると鉄球は鎖で繋がれており、それが足に絡まって身動きを取れなくしているのだ。


 異国の狩人が用いる、ボーラという狩猟道具だった。直接の殺傷能力はないが、それだけに非力な者でも扱えるメリットがある。腕力の必要性を除けば、俺が二度のドラゴン戦で使った鎖分銅と似ていなくもない。


 重なりあうように倒れ、なんとか起き上がろうともがくサイクロプスども。しかしそれより先に、リーズの魔法が炸裂する。

 再び、大音声だいおんじょうが空気を揺らした。もっとも、今度は断末魔の悲鳴だったが。


 ━━━━━


「よっし、開いた。……おっ、結構貯めこんでるじゃん♡ なんか立派な短刀、あと魔法の巻物もあるよ」

巻物そっちはリーズに解読してもらおう。使えそうならビビが持ってろ」


 先ほどボーラを投げた黒い影――俺らも他人ひと様のことは言えないが全身真っ黒の装備なので、薄暗いダンジョンでは文字どおり黒い影のように見えるのだった――が、にひひと笑いながら宝箱の戦利品を漁る。


「ねえ、もう一日の稼ぎとしては十分じゃない? そろそろ戻ろうよ」

 確かに潮時だな。進言をれ、俺は帰還を決めた。


 無事町に戻ってギルドの酒場。


「いやぁ、あの短刀、思ったよりいい値で売れたねぇ。しばらくは遊んで暮らせそう」

「遊ぶのはいいが、そうなるとその間の代役を探さないといけないな」

「いやいやいや、物の例えだってばぁ。どこまでもついて行きますよ、ヒデトの旦那ぁ」

「誰が旦那だよ。やれやれ、調子のいいやつめ」


 俺は呆れ半分で苦笑する。ハーフリング族、地方によっては呼び方が違うらしいが、とにかく()()らは総じて陽気な性格をしており、今やすっかりパーティのムードメーカーであった。口調が前任者のロッタに似ているから尚更なおさらだろう。


 ━━━━━


 ロッタが冒険者を引退してから、いくらかの月日が過ぎていた。


 彼女の登録抹消後、俺が真っ先にやったのは後釜の斥候スカウトを探すことだった。罠や隠し通路だらけのダンジョンにおいて、それらを見つけ解除するスペシャリストの存在は、ときに生死を分ける。


 食料調達で狩りをすることもあるから、俺もある程度は罠の知識を持っていた。また獣人のフィーネは耳が四つあり、音を立体的に把握する能力に長けている。さらにリーズは遠見の魔法ウィザードアイを使えるため、やはり探索能力は高い。それでも本職の斥候が欲しかったのだ。


 てなわけで、パーティを抜ける埋め合わせにとロッタが紹介してくれたのが彼女、平均身長90センチほどの小人「ハーフリング族」のビビことビビアーナ、自称「黒兎のビビ」だった。コミュ力お化けのロッタは、同業者の間に俺たちの知らない人脈を持っていたらしい。


 この種族は童顔で、十五歳も四十歳も似たような見た目をしている。なので分かりにくいが、俺たちよりひとつ年下だという。

 異国の血でも混ざっているのか褐色の肌、勝ち気そうな赤い瞳の美少女だった。今は目の色と合わせて異名(自称だが)の元ネタとなったウサ耳のついたフードを脱いでいるので、短いツインテールの金髪が露出している。


 そのフードの額部分には、なぜか俺のと同じ桜のエンブレムが刺繍されていた。ていうかフィーネの盾やリーズのローブにも同じものがあり、もう事実上、俺を中心としたグループのマークみたいな感じだな。

 ちなみにロッタの店の看板にも同じエンブレムがあった。宣伝になるらしい。商魂たくましいことよ。


 それはともかく、実は俺たちは以前からビビを知っていた。なにせ彼女は冒険者になって最初の能力測定テストを一緒に受けた、あのハーフリングの斥候なのだから。今のパーティだと全員同期ということになり、これは人の出入りが激しい冒険者稼業には珍しいことだった。

 別に避けていた訳ではない。ただ俺を含めた他の同期と違ってなかなかランクが上がらず、ここまで接点がなかったのだ。無理からぬことだろう、俺がSランク、フィーネとリーズもS間近のAに対して、ビビはDなのだから。


 なお彼女の名誉のために補足しておくが、斥候として()()ならロッタに匹敵する優秀な人材だ。にもかかわらず、その冒険者生活は順調ではなかったとのこと。


 ハーフリングは機敏なうえ視力、聴力、振動の探知力に優れ、小柄ゆえに狭い場所にも入れる。天性の斥候といってよい。

 反面、戦闘力は乏しかった。体格に劣るのみならず、魔法の適性も総じて低いためだ。要するに偵察や罠外ししかできないのである。


 単独ソロで活動するには限界があった。しかし冒険者パーティの斥候は戦士や魔法使いと違って、よほど特殊な依頼でない限りは一人しか要らない。当然、その枠を他種族の同業者と奪い合うことになり、それならある程度戦える人間や獣人の方が需要が多めなのだ。

 武力として計算できない者を抱えておけるパーティ、つまり残りのメンバーで戦闘力を補えて、その上で安定して黒字を出せる実力者はどうしても限られてくる。さらに、彼らが都合よくビビを受け入れてくれるかは別問題なわけで……


 荒事上等でまず強さありきの冒険者のこと、なかなかランクが上がらなかったのも頷ける。

 ていうか、斥候自体が不遇職の印象がぬぐえない。武勇をたっとぶエスパルダ王国、魔法研究の盛んなリンゲックの町でなくても、脚光を浴びるのはアタッカータイプの戦士と魔法使いだ。


 ビビはあちこちのパーティを渡り歩き、なんとか今日まで食いつないできたという。俺についてくるというのも、彼女なりにチャンスと捉えての生き残り策なのかもしれない。


 ふと、ロッタに言われたことが思い出される。


『力を持つ者は、それを利用しようとする者が寄ってくるのは避けられないんだよ』


 そして彼女はこうも言っていた。


『キミの力にすり寄るのは、腰巾着みたいで浅ましく思えるかもしれないね。でも、誰もがキミみたいになれる訳じゃないんだ。みんな生きてくために必死なの。それだけは忘れないで。キミには、私たち弱者の気持ちが分からない人にはならないで欲しい』


 コバンザメか。いいさ、それならそれで。

 そもそも俺自身が、母さんという「力ある存在」に守られてここまで来たんだ。今度は俺の番なんだろう。

 俺の力に利用価値があるなら利用すればいい。母さんだって、敵より多くの味方を作る努力をなさいと言ってたしな。


 いざってとき助けて欲しけりゃ、普段から「利」を提供せにゃならんわけだ。テイカー(何かしてもらうのが当然と思っている人)は嫌われる、当然よね。それはそれとして、俺が母さんの域に達しているかは自信ないけど。


 ━━━━━


 さて、話は著しく変わって。


「近頃、また少し増えたな。俺のときは九人だったのに、今回は十二人か」


 俺は新参冒険者の能力テストをチェックするため、ギルドの訓練場に来ていた。まったくのルーキーももちろんいるが、他所よそからの移籍組が目立つ。理由は明らかで、間近に迫った国王陛下の生前退位、そして……その後に訪れるであろう後継者争いへの対応であった。


 状況を簡単におさらいしておこう。


 もうすぐ引退する国王シャルル3世には嫡庶あわせて多数の息子がいるが、母親の家柄や後ろ楯の貴族の力などから、後継者候補は三人に絞られている。具体的には知勇兼備のフィリップ王子、野心家のジェローム王子、そして神輿みこし、もっとはっきり言うと傀儡かいらい(操り人形)のルイ王子。支持率はそれぞれ50、35、15%前後。


 で、ここ迷宮都市リンゲックはガチガチのフィリップ派なのだ。領主のフェルスター辺境伯からして王子の弟分だし、フィリップ殿下の娘アニス王女も留学しているし、やはりフィリップ派の有力貴族であるシルフォード辺境伯の三男セインも冒険者としてここにいるし、孤児院のマノン院長先生のご実家である男爵家もフェルスター家の傘下に近いし。


 移籍組の実力者たちはジェローム派なりルイ派なり、対立陣営の領主が治める町からやってきた者が大半を占める。逆に、リンゲックを去って他の王子を支持する領主の町に移った者も少なくない。

 これ以上は不要だろう。もちろん、俺を含めてこの町に残っている冒険者はフィリップ派と思われており、領主様もそれを喧伝けんでん(大げさに言いふらすこと)している。


 不満はなかった。なぜなら、まず剣を持つ身である以上、王位継承権争いに駆り出されるのは避けられない。もし戦いを拒めば、冒険者ギルドの責任者であるマスターを始め、公私で関わりの深い人たちの立場がまずいことになろう。

 やれ勇者がどうの魔王討伐がこうのと持ち上げられていても、しょせん腕力だけの若造なんてそんなもの。俺は嵐の波間を漂う、一艘の小舟にすぎない……


 で、その嵐のなかで舟をつける島を探すとしたら、つまり三人の王子から誰か一人を選ぶなら、姫様たちとの交流を抜きにしてもフィリップ殿下一択になるからだ。


 簡単な消去法である。まず、暗愚なうえ女性問題から母さんに毛嫌いされてるルイ王子は論外。


 実力はあれど野心家のジェローム王子もまた、次期国王にふさわしいとは思えない。この人が王になったら……世間の評判を信ずるならば、他国に侵攻し大規模な戦乱を引き起こすのは間違いないためだ。

 史上初の大陸統一、かの魔人王マティアス1世も果たせなかった偉業をなし遂げ、覇者として後世に名を残す。それがジェローム王子の野望といわれている。


 いくさになれば民の負担は増すし、冒険者も無理やり軍に組み込まれるだろう。そして戦場でまみえる相手の多くは半農半武の雑兵だ。それは俺の望むところではない。


 将器しょうきは認めるが目指すものが違う。俺は武芸者、最強の戦士となるために同格ないしそれ以上の実力者と立ち合いたいのであって、権力の世界で成り上がるために弱兵を大量虐殺したい訳じゃないんだ。


 そんなこんなで、平穏を望む者、乱世に賭ける者、各自がそれぞれの思惑を胸に武器を研ぎはじめていた頃。


 リンゲックの町に、王都からの早馬が駆けつけた。俺たちが剣を振るうのが、予想より少し早くなるしらせを携えて……。

斥候(盗賊)の同業者間競争については、別作品「ファンタジーものの資料に関する考察とか」11話参照。


食料調達の狩り

中世ヨーロッパでは森は領主のものであり、無許可の狩りは処罰の対象だった。こちらでも概ね同じと思うが、換金目的の大規模な密漁はともかく、空腹でやむなく程度ならお目こぼししてもらえる(ていうか取り締まったらキリがない)のだろう。お母さんだって、39話で猪に襲われて無断で捕まえてたもんね。

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