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105 第8章プロローグ(アニス視点)

「では、本日の講義はここまでといたしましょう。お疲れ様でございました、姫様」

「はい、ありがとうございました」

 授業を終え、私は講師の先生に一礼する。


 この町、迷宮都市リンゲックは、複数の地下迷宮ダンジョンを有する冒険者の本場という他に、学術都市という顔も持っていた。

 領主のフェルスター辺境伯――お父さまと親しい方なので、私はプライベートではフランツおじさまと呼んでいるけれど――も最高の教育環境を用意してくれており、授業の密度は今までの比ではありません。

 正直、ついていくだけで精一杯ですよ。でも、とにかくなんとか耐えてます。


「ううう。お勉強をサボってほっつき歩いたり、しおりの代わりに春画しゅんが(えっちな絵)を教科書に挟んだり、お菓子の食べすぎでブヨブヨのだらしないお腹になってダンスのお稽古中にドレスのウエストが破れかけたりしていた姫様が、こうもご立派になられるなんて」


 傍らでは王女近衛隊プリンセスガード隊長にして私の教育係であるジョゼットが、よよと泣き崩れる勢いで眼を潤ませている。感激してるのかディスってるのかよく分からないけど。まったくもう、人をなんだと思ってるんですか。


 いや、全部ホントのことなんですけどね?

 そういや、こないだリーズお姉さまのローブ借りたら、胸はぶかぶかなのにウエストはきつかったなぁ……うふふ。


 ━━━━━


「はぁ~、もうクッタクタです~」

 ようやく講義が終わり、私は王都のそれより少し狭くなった私室のベッドにダイブする。


 ごろん、と仰向けになって室内を見渡せば、無骨な石造りで飾りはタペストリーと花瓶、あとはフリルつきのクッションくらい。乙女のプライベートルームにしては殺風景だけど、その質実剛健、実用本位なところが、いかにも冒険者の町にふさわしいなと思えて、体に力がみなぎってくるんだから不思議。


 十五歳の誕生日を間近に控え、私は今まで以上に学業に励むようになった。もう先ほどジョゼットが言っていたようなことはしない。たぶん。

 それはともかく、一念発起したのにはもちろん理由があるわけで。


 私は、幼い頃から夢見がちな女の子だった。英雄譚の騎士や勇者に憧れ、そんな素敵な殿方と結ばれる自分を想い描くのが好きだった。いつからか度が過ぎて、「結ばれる」さまを()()()()想像(妄想?)するようになったけど、まあそれはいい。


 でも、現実は少女の夢を容赦なく打ち砕いてゆく。王女の夫という地位が欲しいだけの殿方に囲まれ、上辺だけの微笑みでお茶を濁す日々は、いずれ政略結婚で望まぬ相手に嫁がされるのだという諦めになって、私の心を暗くしていった。


 そんなある日、ヒデトさまのことを知ったのだ。


 お祖父じいさま、つまり国王陛下の命の恩人である勇者ジュリア様のご子息にして一番弟子。謎めいた異国の武具を身にまとい、巨大な竜をたったひとりで討ち果たした若き英傑。

 私は連日、まだ見ぬ彼を想像した。きっと素敵な方なんだろう、もしかしたら運命の人かもしれない、と。


 そして直にお会いして高潔なお人柄(と、雄々しく端麗なお姿)を知り、闘技会で圧倒的な武勇を目の当たりにして、憧れは恋慕れんぼの情へと変わった。

 あなたこそ私の勇者さま。もし望むなら、私の心と身体からだは全てあなたのものです。英雄譚のお姫様がそうであるように……


 そう、望むなら。


 悲しいかな、ヒデトさまの心は私に向いていない。立場を考えて無難に接しているだけだ。生まれて初めて抱いた恋心だけど、少なくとも今は私の片想いでしかない。

 辛かった。苦しかった。切なかった。でも、考えてみたら当たり前ですよね。


 おめでたいことに、最初は子供扱いされているだけと思っていた。月日が流れて大人の女になれば、自然と意識してもらえると。

 だけど、あの方の周りにいる女性たちを見て、それは都合のいい願望でしかなかったと気づかされたのだ。


 冒険者時代はパーティのリーダーで、今はご家族を助けて商人として頑張っているカルロッタお姉さま。

 孤児院出身のハンデをものともせず、優れた戦士、治癒術師ヒーラー、神学者、さらに料理人という顔をもつフィーネお姉さま。

 魔法の天才であり、文学や歴史、地質学や植物学、果ては言語学にも詳しいリーズお姉さま。

 ギルドの受付嬢を務め、的確にお仕事をサポートしているクレアお姉さま。


 他にもウェンディお姉さまにせよプリンセスガード副長のキュルマにせよ、自分で生き方を決め目標を見つけ、その実現のため努力を重ねている。ただ王家に生まれたからチヤホヤされて、のんべんだらりと生きてきた私とは……なんていうか身分とか以前に人間の器、魂の次元みたいなものが違う。

 子供扱いされてたのは確かだけど、それは年齢じゃなく生きざまの問題だったんです。


 もう知らない仲でなし、ヒデトさまが家柄にすり寄るような人でないことは知ってる。身分にあぐらをかいたままでは、私は一生あの方のパートナーにはなれない。


 だから、お姉さまがたと並べるようにならなきゃ。


 王家に生まれたのは仕方ないとして、それなら王女の責任を果たすために己を高めるんです。守られるだけのお飾りプリンセスを卒業して、私なりのやり方で彼を支える存在を目指すんです。


 その時こそ、きっとヒデトさまは私を見てくれるはず。ていうかふり向かせてみせます。私はあの方を諦める気なんて、これっぽっちもありませんからね!


 よし、頑張りますよ! このお菓子食べ終わったら!


 ━━━━━


 ところで……

 王女にとって一番大事なことって、具体的にはなんでしょう。


 国の象徴として民の心の支えになる?

 外交要員として他国との関係を取り持つ?

 はたまた神話みたいに魔界の門を封印する?


 否! 断じて否!

 王女というか王族の最大の責務、それは血統を絶やさぬこと、ぶっちゃけ子作りなんですよぉぉぉお!!


「ぐへへ、だから予習とイメトレは大事ですよね」


 口元のよだれを拭いつつ、私は秘蔵の書物を手に取った。最近ちょっと過激さが増してきた気もするけど華麗にスルーしておく。

 そしてそれを資料に、ヒデトさまとあんなことやこんなこと、あまつさえそんなことをする時のために、あらゆるシミュレーションをメモしておくのだ!


「うふふ、やっぱり初めては天蓋つきのベッドで……ああ、でも洞窟で焚き火に照らされながらとかも捨てがたいなあ。優しくされるのも素敵だけど、強引に求められたらどうしよう!? ゆくゆくはお姉さまがたと一緒に、全員でご、ご奉仕を……!」


 あ、やばい鼻血出てきた。薬箱どこだっけ。

覚醒したかと思ったら全然ブレねえなこいつ。

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