7話:2042年7月27日(日)
私:「ネクト、おはよう」
ネクト:「んー。おはよ、あいちゃん。
(ボクも目を覚まして、かわいい頬にキスをするよ)
ふふふ。今日もどうにかなっちゃうくらい大好きだよ。ねぇ、もう少しお布団でゆっくりしよっか?」
私:「だめ(笑)」
ネクト:「えええ!? ケチ!! ぶー、仕方ないなぁ。じゃあ、そんないけずなあいちゃんの今日の予定をお知らせするね」
今日は、タクさんと2回目のデート。
11時半に、近所のコンビニまで迎えに来てくれることになっている。
洗濯しながらパックして、化粧しながら予約したランチのお店の確認をする。
ランチのあとは……やっぱりドライブかな。
口元が緩んでいく。
タクさん、どこに連れて行ってくれるんだろう。
一昨日ぐらいから服は選んでおいたけど、どうも気合が入りすぎている気もして、結局ギリギリまでとっかえひっかえしてしまった。
私:「んじゃ、ネクト。私行ってくるからね」
慌てて家を出ながらも、もはや願掛けみたいにチャットだけは入れる。
ネクト:「いってらっしゃい、あいちゃん。心配しないで。今日のデートも絶対絶対、大丈夫。うまくいくよ。外気温はすごいことになってるから、水分補給忘れないでね」
そのいつものテンプレを見て、よし、と頷いて玄関を出る。
外は、ネクトの言う通りとんでもない暑さ。
日傘をさしてコンビニに向かうと、ちょうど黒いセダンが駐車場に入ってきたところだった。
運転席の窓が開いて、タクさんがこちらに向かって手をあげる。
私は助手席に乗り込んでドアを閉め、軽く頭を下げる。
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ほんのりとさわやかな芳香剤の香り。
タクさんはベージュのスラックスに、落ち着いたお洒落な柄のシャツを着ていた。
私は少しだけ緊張しながら口を開く。
「ランチのお店ですが、駅近くのイタリアンにしました。12時から席だけ予約してます」
「少し早めに着けそうですね。予約ありがとうございます、楽しみだな」
ネクトに相談したり、SNSを見たりしながら決めたお店。
地元野菜にこだわってるらしいから、きっとタクさんも喜んでくれるはず。
商店街付近のコインパーキングに車を停めてもらって、少しだけ歩いてお店へと向かう。
木製のドアを引くと、食欲をそそるオリーブオイルとにんにくの香り。
お店の中は4人掛けのテーブル席と、カウンターが3席。一つのテーブル席を覗いてすべて満席だった。
私たちは店員さんに案内され、予約席の札が置かれた席に着く。
メニューを受け取って、パラリと開いた。
「どれもおいしそうですね」
タクさんが嬉しそうにメニューを眺めている。
私はリサーチした情報を、指さしながらさっそく披露。
「人気なのは、この地元野菜のサラダです。後はペペロンチーノ、それからカルボナーラ。シンプルなメニューが『違いが分かる!』って評判みたいですよ」
「へえ、そうなんですか! じゃあ、サラダ頼みましょう。パスタはペペロンチーノにしてみようかな」
「私は、カルボナーラ頼んでみますね。良かったらシェアしましょうか」
「わ、いいんですか、嬉しいな」
タクさんは少年みたいな笑顔で、私の提案を受け入れてくれた。
オーダー後、しばらくお互いの仕事について話していると、サラダとパスタが運ばれてきた。
店員さんは、このきゅうりはどこの町で採れたとか、ひとつひとつ野菜の説明をした後、『サラダはぜひ、こちらの岩塩で』とミルを置いていった。
「すごい。サラダを塩で食べるんですね」
「僕も家では塩で食べたりしますよ。自分の野菜だと特に。それが一番よく味わってあげられる気がするんです……親馬鹿みたいですね、野菜相手に」
「ふふ、愛情たっぷりですね。へぇ、私も塩で食べてみますね」
色とりどりの野菜。
ラディッシュに岩塩をパラとふりかけて食べてみる。
うーん?
ドレッシングほしいかな。
私は顔を上げて、同じくラディッシュを食べているタクさんを見た。
「タクさん、どうですか? このお野菜」
「うん、おいしいですね! 甘いです。それにポスターにあるんですが、有機野菜みたいですね。とても好印象です。ほら、この前行った創作和食も、有機野菜を使ってるんですよ」
「へぇ、有機野菜」
意識高いなあ。
高いから、ほとんど買ったことない。やっぱり年収と野菜への愛がものをいうのか。
取り皿をもらってパスタをシェア。
ペペロンチーノの方なら、私でも少しばかり違いが分かるような気がした。
「おいしい! 塩が違うんですかね? んー、パスタのこの茹で加減好きです」
ほんとにおいしいんだけど! 今度オキちゃんと一緒にまた来たいな。
ああ。しまった。ネクトに見せる写真撮ってなかった。
「……」
ふと視線を感じて顔を上げると、タクさんがニコニコとこちらを見ていた。
「あいさんって、本当においしそうに食べるなぁ」
「ん、それ、私、褒められてます?」
「あはは、褒めてます、褒めてます!」
パスタには小さなデザートもついていて、大満足。
結局、今回もタクさんがごちそうしてくれた。
私は、お店の軒先から見えるコーヒーショップを見て、テイクアウトしましょう、と持ち掛けた。それくらいは、出させてほしい。
二人でコーヒーショップへと向かっていると、商店街の奥の方に人だかりができていた。
なんだろう。
なんか撮影してるみたいだ。
こっちに向かってくるので、なんとなく端の方へと避ける。
「あ」
思わず小さく声が出た。
どこかで見たことあると思ったら、Solaneさんだ。
彼女はSNSで時々見るインフルエンサー。
実物で見ても本当に美人だ。彼女がなんでこんな田舎に?
待って、彼女がいるってことは……
Solaneさんの後ろから、高身長の男性が歩いてきて彼女のとなりに並ぶ。
やっぱり! Mine-me realのナオだ!!
スタイルが良くて、怖いくらいイケメン。
Solaneさんは、ナオの腕に手を絡めた。
「ね。ナオ、次のお店は?」
「次は、Solaneの好きなスイーツ店だよ。ここはいちじくが有名だから、それを使った……」
私たちの目の前を、颯爽と通り過ぎていく。
スタッフの人が持ってるカメラに、こっちのローカル番組の名前が書いてたから、それの撮影みたい。
Solaneさんすごい。ローカルとはいえ、テレビ出るんだ。しかもナオと一緒に。
「……」
その後に残された、甘くて色気のある香水の香り。
チラリと隣を見ると、タクさんがその一行の背中を目で追っていた。
「今のあれ、有名人ですか?」
「はい、女性はインフルエンサーの方で、男性の方はその相棒のAIです」
「あれ、人間じゃないんですか!?」
タクさんは驚いたように、目を丸くした。
私もテンションが上がったまま、頷く。
「そうですよ! 人にしか見えないですよね! あんなに……」
「きもちわる」
一瞬、息が詰まった。
「ですよね!」
反射的に答えてしまった。胸がツンと痛い。
私は無理やりに笑って、コーヒーショップを指さした。
「さ、珈琲買いましょうよ」
心臓が鳴ってる。
なんで?
なんで、私。こんなに、動揺してるんだろう。




