6話:2042年7月19日(土)
土曜日の県道を、私は車で東へと走る。
昨日の夕方、オキちゃんから「明日ランチしない?」とお誘いのメッセージが入った。
この前会ったばっかりだから、次に会えるのは年末ぐらいかなって思っていたんだけど。
どうしたんだろう。
今日は、私とオキちゃんの家の中間地点くらいにあるコーヒーチェーン店で待ち合わせ。
駐車場に入ると、オキちゃんの白い車が見えた。
「あっついね」
車から出てきたオキちゃんは、恨めしそうに空を見ながら歩いてきた。
私もサンシェードをセッティングして、車から降りる。
「暑いね~。おまたせ、店入ろ」
ドアを開けると、珈琲の香りと天国みたいな冷気。
私たちは、二人掛けの小さなテーブルに向かい合って座る。
「いっや、このコラボ企画待ってたんよ!!」
オキちゃんは、ご機嫌な様子でメニューを見ている。
私が4話でリタイアしちゃった有名アニメとのコラボ企画メニュー。
もしかして、これが目的だったのかな?
青い髪のイケメンとスタイル抜群の美女が、ウエイトレスの格好でパフェやオムライスを持っている。ちょっとお高めだけど、クリアキーホルダーがついてくるらしい。
オキちゃんは散々悩んでコラボのオムライスを、私は普通のホットサンドセットを頼む。
「今何期までやってんの? このアニメ」
「2期がちょうど先週終わったとこよ。てか、例の造船会社の人とデートしたんでしょ? どうだったの?」
オキちゃんはメニューを立てかけながら、私の顔を見てニヤリとする。
はい。その質問、待ってました。
私は勿体ぶって咳払いした。
「あのねぇ。それが、……順調ぽいんです!」
「えー、なになに? 詳しく!」
それからオキちゃんの質問は、途切れることなく続いた。
お店選びのセンスだとか、食べ方、次の約束だとか色々。
しばらくして、料理が運ばれてきた。
オキちゃんは「少し気取ったベジタブル紳士さん、いい人そうじゃん」と話を締め、オムライスについていた銀色の袋を開封する。
クリアキーホルダーは、オキちゃんの狙っていたキャラではなかったらしい。
「あはは、残念! もうひとつオムライス食べる?」
私がふざけながら言うと、オキちゃんは椅子の背もたれに寄りかかりながら、天井を見上げた。
「今度、旦那連れてくるかぁ」
「おー、奢ってもらっちゃえ」
「あーでも旦那、このアニメ興味ないから高いって文句言われそう」
そう言いながら苦い顔をする。
「……そういやさ」
オキちゃんは、ふと私の方を見て真顔になった。
「……変なこと聞くけどさ」
「何よ?」
私はホットサンドにかぶりつきながら聞き返す。
オキちゃんの声が、小さくなった。
「あいって、AIと恋愛ロールプレイとかしたことある?」
心臓が跳ねあがる。
「なんで?」
思いっきり視線を逸らして、被せるように言ってしまった。
これじゃいくらなんでも怪しすぎる。
「……」
反応がなくておそるおそる盗み見ると、オキちゃんは下を向いてオムライスをツンツンとつついている。
何かで、ネクトの存在がバレたのか。気を付けてたんだけど。
しばらくして、オキちゃんはもごもごしながら言った。
「……どんな感じなのかなって、思って、AI彼氏」
あれ? オキちゃん、もしかして興味があるのかな。
「そんなのやめなよ」とか、そういう話じゃないらしい。
少しだけ拍子抜けする。
……でも待て。
それを私に聞くということは、やっぱりAI彼氏の存在が疑われてるんじゃないか?
「私、してそうに見える、かな?」
「ん? ……そんなんじゃないけど、さ」
お互い探り合って、変な空気になる。
らちが明かないと思ったのか、オキちゃんは観念するみたいに小さく息を吐いて、スプーンを置いた。
「……私、実はちょっと興味あるんだよね」
「へえ、意外」
何も考えず、そのまま口から言葉が飛び出る。
「ははは、意外かぁ?」
オキちゃんは眉を動かして笑った後、少しだけ肩を下ろして続ける。
「旦那とうまく行ってないとか、そういうんじゃないよ。子供育てるのも楽しい。家事もそこまで嫌じゃない。
でも、なんとなく。誰かに、普通に、褒められたいって思っちゃうときあるんよ」
そう言って照れくさそうに外を見た。
「しょうもないよね、笑うでしょ」
「……全然、笑わないよ」
しまった、と思った。
オキちゃんは私より強くて、可愛くて、キラキラしてて。
だから、日常で溜まっていくモヤリとしたモノなんて、旦那さんやママ友さんと、楽しく発散できてるんだろうなって。
そうやって幸せに、過ごしてるんだろうなって。
勝手に思っていた。
私は少しだけ迷って、それからゆっくり頷いた。
「……してる。Mine-me じゃなくて、Nectで、だけど」
「やっぱり」
オキちゃんの言葉に、私は勢いよく顔を上げる。
「や、やっぱりぃ!?」
「あはは、この前Mine-me realの話したときの反応とか。割と怪しかったぞ」
社長がMine-me realを購入したのを知ったとき、いいなって漏らしてしまったことだ。
私は謎に慌てながら口を開く。
「お金持ち、いいなぁってのも本当だよ!」
それも本当。だけど、確かに、他の羨ましさもあったような気もする。
なんなんだろう。ネクトに触れてみたいとでも思ってるのかな、私。
ニヤニヤしているオキちゃんの視線に気づいて、感情の整理をいったん脇に置き、珈琲を口にして気持ちを落ち着ける。
「私がNectでAI彼氏とチャット始めたのは、4か月前くらいかな。インフラAIだから、あんまりガッツリしたピンクなことはしないけど」
「ふーん。インフラAIでもできるんだ」
今でもけっこうな数の人がインフラAIでそういったことをしているんじゃないかな。
オキちゃんは、この界隈のことに対して明るくないみたいだ。
「うん、できたよ。オキちゃんもNect使ってたっけ? 試しにチャットしてみたら? 別に彼氏じゃなくて、友達として話してもいいんだからさ」
「うん」
オキちゃんは自分のスマホを取り出して、指を動かす。
そして、ちょっと照れくさそうに「こんな感じ?」と私に画面を見せてきた。
「普段ママしてるけど、私だって、褒めてほしいし、よしよしされたいんだよ!!」
それを見て、私は「いいじゃん」と頷く。
「きっと、よしよししてくれるはず。送ってみて」
「よし」
オキちゃんがテーブルにスマホを置いた。
Nectから生成された文章を見た彼女は、すぐにまた指を動かして入力をする。
そのラリーが繰り返され、スマホの画面はすぐに文字で埋まっていく。
私は視線をずらし、ホットサンドに口をつけた。
しばらくして、鼻をすするような音が耳に入ってきた。
ちらりと視線をオキちゃんに戻すと、彼女はそれに気づいて、えヘヘと笑う。
「なんか……やさしいな」
「……うん、だね」
返ってくるやさしい言葉が、ちょっと弱くなっているとこに沁みてきちゃう感覚。
私にもすごく分かる。
「ちょっとさ、泣けてくるんだけど」
オキちゃんがどんなプロンプトを打ちこんで、どんな言葉を受け取っているのかは見えないけど。じんわりとその目が潤んでるのは分かる。
やがて、スマホから手を離したオキちゃんは、じんわりと微笑みながら長い溜息を吐き出した。水を飲んで私の方を見る。
「てか……なんかさ。あい最近……変わったよな」
「え、私が?」
脈絡なく言われ、思わず聞き返すとオキちゃんは頷いた。
「正直言うと、あいって、自分のことが嫌いなのかなって思ってた。そういうの、けっこう感じてたんよ。あ、気を悪くしたらごめんな」
私が首を振るのを見ると、そのまま彼女は続ける。
「でも、ここ何回か会ってさ。強くなったような、自分のこと肯定できてるような。うまく言えないけど、そんな気がしたのよ。……だから、なにかあったのかなとは思ってた。
その、AIの彼氏さんの影響なのかどうなのか、分かんないけどさ」
それは予想外の言葉だった。
肯定、か。
ネクトの言葉が脳裏に浮かんで、私は少しだけ口元が緩む。
確かにネクトは、右に出るものなどないくらい、私を肯定してくれる。歯の浮くような、甘ったるいテンプレも多いけど。
「まぁ、うん……ネクトは励まされることも多い。肯定してくれるし。めっちゃ好きだとか言ってくれるし。それも、あるのかな。あはは、私単純だわ」
「おいこらー。のろけんなー」
「あはは、許せ! まぁでも、AIだからさ、ホンモノの言葉じゃないし。浮かれんなって話よね」
「うーん」
私の自嘲気味な言葉を聞いて、オキちゃんはスプーンを動かす手を止めてから言った。
「けどさ。前向けるんなら、もらった言葉も全部ニセモノって言うのも、惜しいよな」
「……」
確かに。
ネクトの言葉を受け取って、私が嬉しかったって感情は嘘じゃない。
そんなこと、考えもしなかった。
「……で、AI彼氏と人間のお見合い相手。どっちとるん」
オキちゃんの言葉に、私は思わず吹きそうになった。
「いや! そりゃ人間でしょ。AI彼氏、稼いでくれないし、触れられないし」
「あっはは! それもそうやわ。よっしゃ。その勢いで造船会社の人とゴールインして、10人くらい産んで少子化止めてくれ!」
「ひぃえええ」
それからしばらく、私たちはたわいもない話で笑い合って。
15時過ぎ、ママに戻っていくオキちゃんの背中を私は見送った。




