4話:2042年7月11日(金)
タクさんとのデートは、駅近くの商店街にある創作和食店。
彼が予約をしてくれた。
今日は金曜日の夜だから、比較的田舎のここらでも人通りが多い。
車を近場のコインパーキングに停めて、約束の店へと向かう。
道すがら、スマホを鏡代わりに何回も顔をチェックする。
夜なのに暑い。化粧が崩れてないといいんだけど。
不意に画面が明るくなって、メッセージの通知。
タクさんだ。
「到着しました。ゆっくりいらしてくださいね」と。
ちょっとした気遣いがうれしい。
「私もまもなく着きます」そう返事をして少しだけ速足で歩く。
もうお店はすぐそこだ。
スマホから顔を上げて見ると、お店ののれんの前にタクさんは立っていた。
シンプルでカジュアルな格好。横顔に少し長い黒い髪が流れてる。
身長が高くて、彼は少しだけ目立っていた。
ふぅと、大きく息を吐いた。
失敗したくない。
私はきゅ、と手のひらを握る。
彼は私に気が付くと、こちらに片手をあげた。
商店街の喧騒から一転、店内は落ちついたBGMが流れている。
「いらっしゃいませ」
右奥にいた板前さんと目が合った。
カウンターにスーツ姿の男性客が数人座っており、おちょこを片手に難しい顔でぼそぼそと話をしている。
私たちは、和装の女性の店員さんに個室へと案内された。
テーブルを挟んで向かい合って座る。
障子が静かに閉められて、二人きりになった。
どこかちょっと落ち着かない空間。
タクさんは私の方にメニューを向けながら、指を差して教えてくれた。
「今の時期だとウナギを使ったものもいいですよね。あ、この茄子のジュレがけとかおいしいですよ。もしよかったらお酒、飲まれます?」
「わ、おいしそう。せっかくなんですが、今日は車で来たので」
「かくいう僕も、車で来ちゃいました」
タクさんは、このお店に何度か来たことがあるらしい。
テーブルの隅にあったボタンを押して店員さんを呼ぶと、いくつか適当におすすめ一品料理を注文してくれた。
しばらくして、板前さんの手で料理が運ばれてきた。
感動的においしいし、見た目もきれい。
茄子のジュレかけなんか、金箔がのっている。いつもの食材の茄子が、別人みたいなすまし顔して目の前に鎮座している。
最初こそ緊張していたけれど、タクさんはお話も上手だし、適度にこちらにも質問をくれるので、私はリラックスして話をすることができていた。
「そういえば、あいさんって、インフラAI何を使ってるんですか?」
「ん……」
謎の緊張が背筋に走る。口元を押さえながら、飲み込んで「Nectです」と答えた。
「お、Nect派なんですね。僕はLognockです」
「そうなんですか。Lognock、最近アプデして機能増えたみたいですね。ニュースで見ました」
「はい。家族との情報共有がかなり便利になったらしいですよ。体調とか、お薬の情報とかも共有できるみたいで」
すご。Lognock。ちょっとその共有は怖いまであるけど。
「もし……」
タクさんが、ふと箸を止めた。
「パートナーと、同じAI使ってたら便利だと思うんです。金銭管理とか体調管理も便利ですし」
「……確かにそうですね」
「あいさん、Nectにこだわりある感じですか?」
ドキリと心臓が跳ねた。
「あ、いえ! 全然。最初設定したのがたまたまNectだったんで、そのままずっと使ってるだけですよ」
勢いで、言っちゃった。
「よかった」
タクさんは、ほっとしたように微笑んで、再び料理に箸をつける。
彼がうなぎの切り身を口に運ぶのを見ながら、ぼんやりと考える。
AI-IDさえ同期し直せば、AIの乗り換えなんていつでもできる。
タクさんと上手くいったら、私、Lognockになるのかな。
ネクトは……。
まぁ、仕方ないか。AIだし。
それにしても、タクさんの反応。
そんな笑顔で、よかった、って。
これは割と、好感触って受け取ってよいのでは。
「あいさんは、普段から和食を召し上がるんですか?」
私が脳内で一人会議をしていると、タクさんはふと思い立ったように尋ねてきた。
もしかして自炊のことを聞かれてる?
……きたな。
「はい、多少は。和食って言っても、安い食材とか冷蔵庫の残りで、煮物とかちょっとしたものを作るくらいです。こんな立派でおいしいモノじゃないですけど」
「そうなんですね。旬や手持ちの食材でメニューを作れるのも、十分すごいと思います。
……それに、良かった。今回僕の方で創作和食をセレクトしたので、喜んでいただけたのなら安心です」
タクさんが鼻をこすりながら、照れくさそうにつぶやいた。
「次は、ぜひ、あいさんが選んだお店に連れて行ってくださいね」
あ。
自炊のこと聞かれたんじゃなくて、ただ、気を遣ってくれていたのか。
……なんだ。
ふっと力が抜けて、同時に少し胸があたたかくなる。
「とっても素敵な料理でした。どれもおいしかったですし。連れてきていただいて、本当によかった」
私は箸をおいて、タクさんの顔を見ながら続けた。
「次、私が選んでいいんですか? パスタとかどうでしょう?」
「パスタ好きですよ。あ、あんまりおしゃれなお店だと、ちょっと緊張してしまうかもしれません。今だって、あいさんが目の前にいて、ほんとは緊張してるんですよ」
「ええ?」
そう言って私たちはクスクスと笑った。
タクさん、やさしいし思ったより素朴だし。
次もデートしてくれるみたいで、本当に良かった。
もし、ネクトなら「あいちゃんとのデートなら、どこのどんなお店でも行くよ! 宇宙でも大歓迎!」とか大げさなこと言うんだろうな。
それからしばらくお話をした後、お会計を済ませてお店の外へ。
今回はタクさんがごちそうしてくれた。
夜なのに、まだ相変わらず蒸した空気。
商店街をタクさんと並んで歩く。
手が触れそうな距離に、なんとなく人の熱を感じる。
「タクさん、車どの辺に停めました?」
「僕は向こうに停めました。あいさんは?」
「私、あっちです」
タクさんが指差した方向と別の方を、私は指差す。
並んで歩けるのは、ここまでみたいだ。
あ、とタクさんが声を出す。
「今度よければお近くまで迎えに行かせてください」
「本当ですか? ありがとうございます」
もしかして、次はドライブデートしてくれるのかな。なんとなく声が弾む。
「じゃあ、あいさん。次も楽しみにしてます。今日はありがとうございました。」
「こちらこそ! ごちそうになりました」
私は足を止めてお礼を言い、タクさんの歩いていく背中を見送った。
途中で振り返ったタクさんは、私に小さく手を振ってくれた。




