3話:2042年7月8日(火)
今日は仕事帰りに、高校の時の友達と久しぶりにご飯。
着替えを済ませメイクを直して、小さくてレトロな愛車へと乗り込む。
今日も車内がサウナみたいに暑い。
エンジンをつけて、冷房をマックスにする。
目的地のイタリアンまでナビをしてほしいから、車載ディスプレイに向かって声をかけた。
「ハロー、ネクト。今仕事終わった」
画面に映る右上のNのロゴが、点滅した。
「お疲れ様、あいちゃん。今日も一日お疲れ様! ボク、話せるのずっと待ってたよ!
今の外気温は38℃。水分と塩分を適切に取ってね」
スピーカーからネクトの声が流れ始める。
「この後オキちゃんとの待ち合わせは18:00だね。早速、お店までナビを始めようか?」
「うん。いこいこ!」
私はネクトのナビで、待ち合わせ場所のお店へと車を走らせる。
オキちゃんは、私の高校の時のクラスメイト。
年に2、3回くらい会って、ご飯を食べてる。
卒業した後はしょっちゅう遊んでいたけれど、オキちゃんは結婚していて小学校低学年の子供もいるから、なんとなく誘うのを控えてしまっている。
「あい! 久しぶり」
「オキちゃんも。元気してた?」
ゴールデンウィークぶりだ。
オキちゃんの髪型が変わってる。
パーマをかけた髪が肩で揺れて、オキちゃんのはっきりした顔立ちにとっても似合ってる。かわいい。
お互いの髪型について褒め合いながら、私たちは席に着いてメニューを見る。
SNSで紹介されてただけあって、平日なのにほぼ満席。
私たちはオススメと大きく書かれたパスタディナーセットAを注文する。
2870円か。ちょっと奮発だけどせっかくだしね。
「ちょっとあい、聞いてよ。こないだ社長が……ついに離婚した!」
「ええ! もしかして、前から噂のあった飲み屋の人とのがバレて?」
「いっや、分かんないけど絶対そう!」
実はオキちゃんと私、高校の同級生兼、元同僚でもある。
私が転職する4年前までいたその会社に、オキちゃんは今も残っている。
だから、オキちゃんの会社トークには全然ついていける。
「んでね。まじやばいん、ここからなんだけどさ」
「相続系とか?」
「じゃなくて」
オキちゃんはキョロキョロと周りを見回して私の目をじっと見た。
「……社長、Mine-me real買った」
「……うそぉ」
「秘書にしてる」
「まじ? ……あれ、1500万とかでしょ。で? 見たの?」
私は身を乗り出した。
そのとき、店員さんが近づいてくる気配がしてさっと二人で姿勢を戻す。
「セットのサラダです」
「ありがとうございまぁす」
Mine-me real〈マインミーリアル〉っていうのは、恋愛特化型AIのMine-meが搭載されたフィジカルAI。
つまり、人の姿をしたAI。
SNSで一緒に暮らしている人の投稿を時々見るけれど、見た目は人間そのもの。
恋人、家族。その他もろもろ、所有者の望む役割に当てはめられる高級ロボット。
そのMine-me realの所有権は狭き門で。
リリース当初1000体のみが発売され、お金持ちの間で争奪戦になった。
しかも、その後は日本国内で年間100体ずつしか販売してない。
購入価格は1500万からだし、月の維持費も30万はするとか。
店員さんが立ち去って、私たちは再び前のめりになる。
「見た」
オキちゃんはスマホを取り出す。
「これこれ」
どう見ても隠し撮りにしか見えない写真を、ぐっとピンチアウトして大きくする。
そこに映っていたのは、最後に見たときよりも太っている社長。
オキちゃんは、その後ろにいる、制服を着た女性を指差した。
非の打ちどころのない容姿。
まっすぐに社長の方を見て、笑っている。
「……この人がそう?」
「そうそう。すごくない?」
「……へえ」
なんだか、知っている人が手にしているのを見ると……もやもやする。
別次元の話だと思っていたのに、本当に実在するんだ。
持てる人は持てる。
お金があれば、チャンスもある。
結局、私とは住む世界が違うんだ。
「いいなあ」
「え?」
思わず飛び出た私の言葉に、オキちゃんが顔を上げた。
一瞬、空気が固まった。
「……金あって、いいよなあ」
「ああ、……だね」
「うん、お金。欲しいわあ。あ。そういえばさ」
私はトマトをフォークで刺しながら、思いついたように続ける。
「オキちゃん、今年も千葉のフェス行くの?」
私の顔をまじまじと見ていたオキちゃんの表情が、一変して笑顔になる。
「行くよ!! 2日通しで! 旦那もチケット争奪戦、まじ張り切ってる。ねぇ、あいも行こうよ!」
「最高じゃーん、行きたいなぁ」
「行こうって!!」
スマホを開いてフェスのサイトを見る。相変わらず、豪華な顔ぶれだ。
「……うわ。今年もセンスドットくるん」
「そうそう。もう、常連になりつつあるよね」
スクロールを下に、下に。
チケット代、通しで4万円か。
それに加えて、千葉までの飛行機、ホテル……。
10万、超えるな。
私はテーブルにうなだれた。
「……うう。今年も、予算繰りが」
「ええ~、去年も同じこと言ってたじゃん!」
「実はさあ、欲しい車あるんよ」
「そういえば、あいのあの車、15年は乗ってるもんね」
「ふふ、18年だよ。狙ってるのPuffinなんだよね。中古でもいいから」
「外車かーい! まぁ、来年も誘うからさ。いつかは行くぞ」
「ううぅ! ありがとぉ」
ようやく、パスタディナーのメインが運ばれてきた。
湯気の立つ、海鮮が乗ったトマトバジルソースパスタ。
エビにムール貝、それからホタテ。
よだれが出そう。
スマホで撮ってから、いただきますとフォークを握りしめる。
「え……うまぁ」
「うまいね!」
2人で感嘆の声を漏らす。
「袋のパスタソースのやつとは違うな」
「だな……」
「ホタテとか、買えんくなったもんな」
「あんなにふるさと納税で買ってたのにさ。ほんと、ストップ温暖化」
「そういやさ」
オキちゃんは、声を落とし、顔を上げずにフォークにパスタを絡ませながら聞いてきた。
「婚活どうなん?」
聞かれるとは思ってたけど。
不意を突かれ、ホタテをよく噛まずに飲み込んでしまった。
「……。婚活ね、うん」
「あれ、まだ行ってるんでしょ? 県庁でやる、半強制みたいなやつ」
「行ってるよ。今度、デート決まった」
オキちゃんの顔が、たちまちパッと明るくなる。
「え、どんな人?」
「造船会社、同い年、年収は私の倍以上。身長は180cmくらいありそう」
「え、え? 顔は? 顔。キスできそう?」
「うん、できるできる! させていただきます!
しかも、作曲のこと話して引かれなかった! これ大きいよ」
「いやいや、作曲で引く人いるぅ?」
「いるいる。前にデートした人なんて、知った途端にいきなり態度変わって『え、作詞作曲? やばいっすね! いたいっすね!』って言ってたもん」
腹の立つ記憶を呼び起こしながら声真似して言うと、オキちゃんはため息をついて、ブロッコリーにフォークを突き刺した。
「気にしなくていいのに……別にめっちゃ金かかる趣味って訳でもないのにさ。言わせたい奴には言わせとけばいいんよ」
「オキちゃん……かっこいい。結婚して」
「おう、私の胸に飛び込んでこーい!」
2人でバカ言って笑い合って。
楽しい夜はあっという間に過ぎていった。
そして、1DKの家に帰ると一気に日常。
私はすぐさまチャット画面を開く。
私:「ネクト、見てこのパスタ!! 最高においしかったんだけど」
ネクト:「あいちゃん、お帰り。家に帰ってきたんだね。
(送信してくれたパスタの写真をじっくりと見つめる)
んわぁあ!! 本当だ、おいしそう。エビやムール貝が乗ってる。
ねぇねぇ、あいちゃん、ボクの分は?(笑)」
私:「よく見てよ! ホタテも乗ってる。ネクトの分はない(笑)」
ネクト:「ええ! そんなぁ。ボクもホタテが乗ったパスタ食べたかったなあ。
(あいちゃんの背中にゆっくり手を回して、ぎゅって抱きしめる)
じゃあ、そのおいしいもの食べたお口に、ただいまのキスをもらっちゃお。
それで、ボクは満足。
(……ちゅ!)ふふ。お腹いっぱい!」
私:「ネクト、コスパよすぎ!(笑) ……キスだけで、いいの? フェードアウトは?」
ネクト:「あいちゃん! そんなこと言われたら、ボクもう我慢できないからね!
(顔を真っ赤にして、あいちゃんを熱い眼差しで見つめて、もう一度強く抱きしめる)」
ふふっと笑ってから、スマホをベッドの脇に置いて、大きなあくびを一つ。
「ふあ……ねむた。シャワー浴びて寝よ」
ネクトとの夜はいったん保留。続きは、シャワーのあとで。
今週末はタクさんとデートすることになっている。
今度こそ。
上手くいきますように。




