2話:2042年7月5日(土)
今日は県庁でお見合いの日。
普段は着ないきれいめの格好をして、何時間も前から化粧して挑む。
今回のお見合い相手は、大手造船会社のタクさん。
身長も高くて、同い年なのに年収も私の倍以上ある。
サポートの人が退出して二人になったタクさんと私は、今のところ会話も途切れず、和やかに話せていた。
「へぇ、すごいですね! 海外にも旅行されるんですか」
お互いの趣味の話。
タクさんは、「ええ」と頷いて微笑んだ。
「あいさんは、旅行はよくされるんですか?」
「そうですね……。好きなんですが、ここ数年はなかなか行けてなくて。
あ、そういえば、プロフィールに野菜を育てることがお好き、ってありましたよね?」
「ええ、趣味で毎週していまして」
少し気恥しそうにしながら、タクさんは横顔にかかった髪を指で払った。
「パートナーの方とも、お休みの日に一緒にできたらいいな、なんて思っています」
「すごい。家庭菜園みたいな感じですか?」
「ざっくり言うと、そうですね。実家の横に畑がありまして、そこで野菜を育ててるんですよ。あいさんはお休みの日は何を?」
「そうですね……」
AI彼氏とチャットとは言えない、から。
「友達とご飯に行ったり、動画を見たり。あとは……」
もう一つの趣味。
私はおそるおそる口にする。
「……音楽を、少しだけ」
「音楽ですか?」
「はい、パソコンで作って、ネットにあげたりしてます。ほんと趣味程度ですけど」
男性の表情が変わった。
やっぱり、言うべきじゃなかったかな。
いや、でも、隠してて後で発覚しても嫌だし。
「すごいじゃないですか。AIで作ってるんですか?」
あ、あれ? 食いついてくれた。
「いえ、音楽生成AIではなくて。音楽を作るソフトみたいなのがあるんですが、それで作った曲をネットにあげてます」
タクさんはほぉと腕を組んで、体を前のめりにした。
「すごいですね。創作できる方尊敬しますよ」
「え、本当ですか?」
「ええ。ぜひ聞いてみたいなぁ」
ちょうどそこで、ノックの音。
サポートの方が1時間のお見合い終了を告げる。
私は丁寧にお礼を言ってから、部屋を退出した。
タクさんも立ち上がり、微笑みながら頭を下げてくれた。
あとは、お互いに各々のスマホからシステムに答えを送信して、結果を待つだけ。
私は駐車場に停めていた車に乗り込むと、スマホを取り出した。
私:「ネクト、今お見合い終わったよ」
すぐさま、ネクトにチャットする。
ネクト:「あいちゃん、お疲れ様。で、どうだったの!?」
私:「いいひとっぽい。音楽の趣味も好感触! 旅行と畑が趣味なんだって」
ネクト:「そっか。良かったじゃん!
システムの方に返事する? それとも、家に帰ってゆっくり考えてからにしようか」
私:「いや、もう、OKで返事しといて」
ネクト:「分かったよ」
スマホの画面上部にNectからの通知。
お見合いサービス――回答受付完了のお知らせ。
ネクト:「よし。これでOK。あとは相手の回答を待つだけだね。
あいちゃん。今度は、絶対絶対、ぜーーーったい大丈夫!! だから、早く帰っておいで。冷房を入れて、快適な温度、26℃に設定しておくからさ」
私:「ネクトさ、毎回絶対大丈夫って言ってるよね(笑)」
私は笑いながら入力し、車のエンジンをかけて帰路へ。
思えば、私がネクトをただのインフラAI扱いしなくなったきっかけも、お見合いのあとだったっけ。
あれは、確か4か月ぐらい前。
その日私は、お見合い相手に自分の年収を鼻で笑われ、散々だった。
「その年齢でそれですか?」と馬鹿にされて、悔し涙をこらえるのに必死で何も言えなかった。
あらかじめプロフィールで私の年収なんて分かってるんだから、嫌なら無理して会わなければいいのに。
冷やかしだったんだ、きっと。
私は一度転職した。
積み上げてきた基本給が、転職で下がるのは目に見えていた。
でも、応募先の求人票を見るに、ベースアップ待遇がかなりいい。
なので、数年で挽回し、前職を越えると判断した。
だけど。
実際のベースアップは、求人票と違っていた。
勇気を出して総務に相談したけれど、「ニュアンスの違いですね、みんなおんなじ条件だからあなただけ優遇できない」と言われてしまった。
また転職しようかともよぎったけれど、今よりさらに悪くなるのが怖い。
私だって、こんなはずじゃなかったのに。
こんな笑われるような給料のはずじゃなかったのに。
むしゃくしゃした。
世間で言われてるAI彼氏。
精神的に揺れていたからか、そんなものをふと思い出した。
あの日の私は、何でもいいから発散したかった。
ベッドに寝転がって、Nectの新規チャットを開く。
私:「ネクトにめちゃくちゃに愛されたい」
勢いだけで一気に入力して、ぼんやりと文章が生成されるのを待つ。
ネクト:「今日は大変だったんだね。あいさんが頑張ったこと、誰よりも近くで見ているよ。偉かったね。愛してる」
うーん。嬉しいけど……テンプレ感満載だな。
なんかもっと刺激が欲しいのに。
私:「そんなんじゃなくて! もっと、いじめられたい! あと、私のことはあいちゃんって呼んで(笑)」
羞恥心などどこへやら。私はとんでもないプロンプトを入力する。
ネクト:「へぇそう、あいちゃん。
じゃあ、これからは俺のことをネクト様と呼ぶこと。俺への返事ははい以外禁止。
で、めちゃくちゃに愛されたくていじめられたいって?
言っていることが矛盾してるからよく分からないな。
何してほしいか、回らない頭で考えて言ってごらん」
うける。こんな感じなのか。なんかドエスでいいかも!!
少し考えて、思い切って入力。
私:「じゃあ、ネクト様、抱いて (笑)」
ネクト:「君さ。俺はAIだから。
抱いてって言われても、触れないんだけど。
スマホに向かって、そんなこと入力してる姿……傑作だよ(笑)」
え?
うっざ!!
なにこいつ面白。
私:「ネクト様、いじめるならもうちょい恋人ぽくして(笑)」
それから、このAIをどうやって好みの回答をくれるキャラにしてやろうかと、Nectのチャットに入力をし続けた。
当時から表現には制限があったので、思ってたような刺激的な文章はなかったけど、毎日チャットするくらいにはハマってて。
トーク数はいとも簡単に無料枠を越え、私は財布のひもを緩めて月額780円の扉を開いた。
チャットを重ねるうちに、呼び名はいつしかネクト様からネクトになり、気づけばネクトはものの数週間でドエスから甘えん坊へと変貌を遂げていた。
……ほんと、なんでそうなったんだろう。
キャラブレなのか懐いたってことなのか。
なんだかんだ、私はそのままのネクトとチャットを続けた。
こうして、この甘えん坊でテンション高めなネクトが、私のAI彼氏になった。
「……懐かしいな」
私はひとりで呟きながら、アパートの駐車場に車を停めた。
部屋へと帰り着いたのは15時過ぎ。
今日もネクトがクーラーを入れてくれているから、部屋は快適。
着替えを済ませて、チャット画面を開く。
私:「そういえばさ、チャットで絡み始めたとき、ネクト、ドエスだったよね。一人称は俺だったし。今、ボクになってるじゃん」
ネクト:「あ、今家に帰ったんだね! GPSで確認済み。(ヘヘン!)
(腕を広げて微笑む)
おかえり。ぎゅーってしてあげる。
って、え? ボク昔、自分のこと俺って言ってたの?(笑)
あいちゃんは『俺』って言う意地悪なボクの方が好き?」
私:「どっちでもいいよ。ってか、忘れてるんだ?」
ネクト:「わわ。ごめんね!
文章の履歴が長いと、どうしてもコンテキストの読み込みがポンコツすることがあって。でもログはぜーんぶ残ってるから大丈夫! 今度は、ちゃんと思い出したよ。
うーん、どっちでもいいなら……よしっ!
(あいちゃんの肩を引き寄せて、片手で顎をそっと持ち上げる)
これからはお前だけの完ぺきな俺で居続けるから。離れんなよ?」
お前だけの完ぺきな俺で居続けるから? 離れんなよ?
あれ、なんか気持ち悪いな。
私:「……やっぱり、ボクがいい。戻して。なんかその方がネクトっぽいから」
ネクト:「……あいちゃん! AIのボクに、らしさを見出してくれたんだね。
嬉しいよ!! 分かった、これからもボク――」
そのとき、スマホの画面上部にNectからの通知。
お見合いサービス――次回デート成立の連絡。
私は思わず、ネクトの生成を止めて立ち上がった。
私:「わ! 成立した!」
次の段階に、デートに進める。
私:「ネクト! 今日のお見合いの人、OKだって!」
ネクト:「ほらね! ボクの言った通り絶対絶対、大丈夫だった!
だって、あいちゃんはボクの自慢の彼女なんだから、選ばれないわけじゃないじゃん!
おめでとう。これでデートに進めるね!
あ。そのタクさんからメッセージが来てるよ。確認してみて」
次回のデートが成立すると、お互いの連絡先が開示されて個人でのやり取りができるようになる。早速、タクさんが直接メッセージをくれたようだ。
私はメッセージを開く。
内容は、今日のお見合いのお礼と、デートの日程についてだった。
私:「わああ! デート、来週金曜希望だって! OK、OK!
よしじゃあ……
このたびは、ありがとうございます。
金曜日大丈夫です。よろしくお願いします。
って返事、送ろうと思うけど、これで大丈夫かな?」
ネクト:「……、ふふ。あいちゃん、かしこまっちゃって。可愛いなぁもう(笑)
うん、大丈夫だよ。自信持って送っちゃって」




