10話 拳を握る
「どうして……ここに?」
わたしは立ち上がり、枷のついた両手を持ち上げる。
「あ?迎えに来てやったんだから、まずは"ありがとうございます"だろ?……ま、いいや。さっさとこっちに来いよ」
「………」
ランタも、ここに囚われ奴隷とされているはず。昨夜叩かれていたのだから間違いない。
なら、どうして……。
ふと、視線を下ろすとランタの右手が血塗れになっていて、左手には鍵の束が握られているのが見えた。
「来いって言ってんだろ!…っち、しょうがねぇな……先に済ませちまうか」
そう言いながら中に入って来る。
逃げたいけれど、この狭い部屋では……
近づいてきたランタにあっさり追い詰められ、血塗れの右手がわたしの首輪を乱暴に掴んだ。
その瞬間、首輪が一瞬弱く光った。
『よし』と言いながら手を離すランタ。
……何を、されたの?
「その首輪はな、主人の言う事を聞かせる為の魔道具なんだよ。血で誰が主人か認識するんだ」
「え……」
「わかるか?わかるよな?つまり、これでお前の持ち主はオレって事になったんだ!──ようやくだ……ようやくオレのモノになったぞ!ハハハハハハハハハハ!!!」
───今すぐに、逃げなければ!……でも!
「逃げようとしたな?せっかくオレが相手してやってるのに、お前はいつもそうだった。あの時だって、もう少しだったのに……いや、過去の事はもういい。もうオレのモノになったんだ。
まずはそうだな……命令だ、そこに跪け」
そう言われると、わたしの体は勝手に跪こうと動き出す。
体を動かさないよう、抵抗する。
そこまでの強制力は無いのか、かなり抵抗は出来ているけど、頭の中に『従え』と圧がかかって頭痛がしてきた。
「なんで抵抗すんだよ!オレの命令だぞ!」
「イヤ!もうやめてよ!」
「口答えするな!」
「キャッ──!」
頬をぶたれ、倒れ込む。
意識がそれたせいか、体を止めていられず、ランタに跪く。
───涙が、溢れてきた。
「ハハッ……イイぞ……!」
「……なにが!……助けて!!誰か!!」
「な──!」
手段なんて、選んでられない。
わたしは、大声で助けを求めた。ここなら、お店の人が来てくれると信じて──!
「誰か──キャ!」
「だだだだ黙れ黙れ!!なんでそんな事するんだ!!!クソッ……もういい!続きはここを出てから───」
「───ナニ、やってんだ?お前」
◇
案内役に先導され、急いでウィステリアの部屋に駆けつけた俺が目にしたのは、ランタが彼女を殴りつけている瞬間だった。
───自分の血が、本当に逆流を始めたかと思った。だが、不思議と感情は冷えきり、頭だけが妙に冴えている。
「───ナニ、やってんだ?お前」
自然と、先導役もツバキさんも押し退けて前に出ていた。
「──チクショウ!この出来損ないが!お前のせいで──ぐぺっ」
なにか、どうでもいい事を言いながらウィステリアを足蹴にしやがって──気づけば思いきり顔面を殴っていた。
「ブッ殺すぞテメェ」
さっき、人を斬るのを躊躇ったのはなんだったのか……コイツ相手なら、なんの躊躇いも無いと確信出来る。
胸倉を掴んで立たせようとして、強く掴み過ぎたのか服が破れて叶わなかった。
仕方がないので、首輪を掴んで無理矢理立たせる。
「何をやってんだ?お前」
「グ……ア……命令だ……オレを、助け…ろ……」
「ああ?命令?」
ランタの意味不明な言葉の後、突然ウィステリアが俺の腰に抱きついてきた。
「ご、ごめんなさい!わたし、首輪に操られてて……!」
「そのまま、コイツを──グぇ」
余計な事を言わせないよう、壁に押し付け黙らせる。
「すみません、ウィステリアをお願いします」
「お任せください」
案内役をしていた従業員が鍵を持って、手早くウィステリアの首輪を解除してくれた。
「終わりだな、ランタ。……お前、ウィステリアの事を心配してたんじゃなかったのかよ」
少し、怒りが収まってきた俺は疑問を口にしていた。
「アレは…オレのなんだ…!お前みたいな偽神なんかに捧げた親父が馬鹿なんだ!お前から解放して、オレの元に戻さないといけないんだ!!」
──なんだそれは?
「出来損ないが……オレのモノにしてやるって言ってるのに!なんでだ!」
「ふざけないで!!」
◇
「ふざけないで!!」
わたしは、そう叫んでいた。
「わたしは物じゃない!!勝手なことばかり……!ずっと……!」
「真なる人間のオレに、混ざり者が──」
「黙れ」
ランタの言葉を、ガゼル様が締め上げ黙らせる。
結局、ランタは変わらない。
人族こそ真の人間で、それ以外は全て人間擬きだという考えのまま……。
──今更、わたしはどうして欲しいのだろう。
謝ってほしい?反省してほしい?
……どれも違う気がする。
──恨み言を言えば、少しは気持ちが晴れるのかな?
そう悩むわたしに、片角の鬼の女剣士さんが声をかけてきた。
「難しく考えなくていい。思うままにしていい。なんにしても、アイツはもう終わりだ」
……そう…か。これで、もう最後なんだ……。
……なら───。
わたしは、ランタへ近づく。
「ガゼル様、少しこっちへ向けててください」
「え?あ、ああ……」
「ウィステリア!ようやくオレの言う──」
「ヤァアア!!」
「グボァ?!」
先程のガゼル様を真似して、拳を握ってランタの顔面を思いきり殴りつけた。
バキリッ!と、小気味良い音がした。
「ふぅ……ガゼル様、ありがとうございました」
そう言って、わたしはその場を離れる。
ランタを殴った手が痛い。手首や肩も、少し……けれど……
「スカッとしました」
はじめて、悪夢に抵抗できた気がした。




