幕間② ウィステリア
わたしは、いつこの悪夢から目覚めるのだろう……。
◇
わたしは、お母さんの顔も、お父さんの顔も、思い出せなくなってしまった。
……忘れてしまいたいのに、記憶から消えてくれないのは、笑う村長が乱暴に掴みあげるお父さんの頭と、わたしとお父さんの名を叫びながらどこかへ連れて行かれ、そして冷たくなり埋められる寸前のお母さんの姿。
優しく、わたしを呼んでくれていたはずの二人の声を、どうしても、思い出せない───。
おぼろげな記憶でしかないけれど、幼い頃は大きなお屋敷で暮らしていた……と、思う……。
お母さんとお父さん……それに、もう一人のおかあさんとおにいちゃんが、いた……はず……。
お母さんの故郷へ行くことになって、とても長い─長い距離を旅して、そして……わたしの悪夢がはじまった──。
わたしは、神再臨の祭壇にある小屋に押し込められていた。
外を歩くと、大人たちの汚いものを見るかのような視線にさらされた。
子供たちは近づいてくることもなかった。
……一人、村長の子供のランタだけは、わたしをなにかとかまってきた……。
最初は、少しうれしく思ったような気もする……すぐに、そんなことはなくなったけれど……。
ランタは、わたしを強引に連れまわそうとするばかりで、すこしでもわたしがついて行けなかったり嫌がったりすると、大声で怒鳴り、わたしを殴ったり蹴ったりした。
すっぱくて、とても食べられないような果物を持ってきて無理矢理わたしに食べさせたり……嫌がるわたしを、ひっぱたいて……。
そして必ず言うのだ。『お前の為だ』『感謝しろよ』『オレたちの将来の為だ』
……いったい、なにを言っているのか、わからなかった。
そんな彼がわたしを見るとき、年々気持ちの悪い感情が視線にのるようになってきていた。
村長をはじめとした大人たちは、子供たちがわたしに近付くのを、"ある事件"から固く禁じてはいた。
けれど、わたしもそれが何なのか、どういう感情で何を考えているのか、わかるようになっていた。
……そして、お母さんがされた事も───。
───はやく、目が覚めて欲しかった。
ある日から、少しずつ人が減り出した。
これまでもたまに人攫いの被害はあったが、その数が異常なほど増えたのだ。
戦士達まで減りはじめた頃、村長が心底嫌そうな顔でやって来て言った。『神の再臨の儀を行ってもらう。もし、神が現れたのならお前を解放してやろう』
──とても信じられなかった。
でも、けれど────この悪夢から解放されたい一心で、わたしは儀式に臨み、祈りを捧げた。
────わたしを、たすけて────
そして、わたしの目の前に突然、黒い髪をした男の人が、現れた。
喉がカラカラになって、うまく声が出せなくなるほど異様な雰囲気と本能的な恐怖が沸き上がってくるのと同時に、"本物の神様"だと確信した。
……そのはずだった……。
小屋に戻って見た神様からは何も感じず、ただの優しそうな男の人だった。
正直、がっかりした。これじゃきっと、わたしは解放されないし、また口汚く罵られる。
そんなわたしに、彼は『俺はガゼルだ。願い事を言ってくれ』と言ってくれた。
わたしの傍にいてくれて、色々と考えて動いてくれた。
ランタとの間に立ってくれて、守ってくれた。
ちょっと頼りないし、不器用だけど、それでもわたしの為に……
……わたしは、自分のことばかりで……それがとてもはずかしくて、申し訳なかった。
──解放する約束のはずが、勝手に神様に捧げられたことについて村長に聞いた時に言われたのが『ああ……そうだったな。だが、巫女の血が無くなるのは困る。あの神との子を差し出すまでは保留だ』と……。
その時の怒りと失望は、言い表せない。
────だというのに……今はそれも……それがいいと思い始めている自分の浅ましさに嫌気がさす。
でも、少なくとも、お母さんみたいになるよりは────。
……結局、わたしは自分のことばかりで…………。
その後しばらくして、集落は囲まれ滅ぼされた。
──心の底から、いい気味だと、そう思った。目の前で刺された村長の苦し気な顔を見た時は胸がすく思いだった。
そんなわたしだから、罰がくだったのかもしれない……。
わたしは今、捕まり、奴隷として売られようとしている。
神様は……ガゼル様も、立ち向かってくださったけれど、今やわたしと同じ、囚われ奴隷となってしまわれた……いや、わたしのせいで奴隷にしてしまったのだ。
あの人だけでも、なんとか……そう思っても、わたしにはなにも出来なかった。
枷をつけられ、狭い部屋で独りでいると、どうしても色々なことを考えてしまう。
扉を開き、あの人が迎えに来てくれる──。
そんな、浅ましすぎる都合のいい妄想まで、よぎってしまう。
ああ────なんて、身勝手な女なんだろう。これでは穢れた巫女なんて言われても仕方ない……。
扉が、開かれる。
従業員の方が来たのはわかっていても、すこし期待してしまう自分がいた。
「ウィステリア!待たせたな!」
その声にわたしは驚き、顔をあげる──。
そこには、ボロボロの姿で扉を開く──ランタの姿があった────。




