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第9話 覚悟という枷

「出ろ。買い手がついたぞ」


 僅かばかりの朝食が終わると、扉が開かれ、そう言われた。


 ──昨日今日でそんなすぐに買い手がつくものなのか?


 疑問はあるが、今の俺にはこいつ等に逆らうという選択肢は無い。

 頷き、扉を開けた昨日と同じ小男に連れられて館の中を進み──そして、どういう訳か中庭に出された。

 既に俺達を運んだ馬車の姿は無く、代わりに長い黒髪をした額の片側に角を持つ女性と、高級そうな服を着た紳士風の緑の男が立っていた。


「緑肌のオークが支配人だ。頭を下げろ」


 小声でそう言われ、素直に従い頭を下げる。

 緑の肌をしているのはオークか……なら、この赤い肌の小男はゴブリンか何かか?

 そして……あの女性。

 あの角だけで判断するなら、鬼とかか?


「確か、ガゼルといったな。喜べ、このお方がお前を買って下さるそうだ」


 支配人と思しき声がする。──まだ、頭は上げない。


「ただ──お客様がお前の実力の程を確かめたいと仰っておられる。頭を上げ、こちらへ来なさい」


 ……実力?実力って言われてもな……一体なんて言って売ったんだ?

 嫌な予感がする。


 中庭の中心辺りで『止まれ』と言われ、立ち止まると黒髪の女性が木の棒を持って俺の目の前まで歩いて来た。


「私はツバキという。君がどの程度なのか見せてもらいたい」


 凛とした声で、そう告げられる。

 腰には刀が下げられているのが見えるが……まさか、その木の棒で刀を持ったこの女性に立ち向かえと、そう言うのだろうか?


 ──そう思っていると……


「支配人、彼に剣を貸してやってくれ」

「……よろしいのですか?」

「ああ、問題ない」


 支配人の指示で、小男が俺の元にロングソードを一本持って来た。


「……いいんですか?俺がこれを持っても」

「いいよ。見ての通り、私はこの棒で君を叩く。君はそれを防いでもいいし、避けてもいい。もちろん、そちらから斬りかかるのもかまわない」

「そんな事を言って、怪我をさせたから罰を、なんて言うつもりなんじゃ……」


 もし、これでウィステリアに危害が及ぶなんて事になったら……それは、駄目だ。


「言わないよ。もし、私に一太刀でも入れる事が出来たら、ここを出てすぐ奴隷からは解放すると約束してもいい」

「一太刀って……それで死んじゃったら約束も何もないだろ……」


 俺のその言葉に、ツバキは一瞬キョトンとした顔をして、笑い出した。


「あっはっはっは!確かにそうだね。なら、もし私を殺せたらその時点で君は自由だ。これでいいだろ?支配人!聞こえてるな!?」

「ええ。委細承知いたしました」

「だ、そうだ。さ、かかってくるといい」


 軽く言ってくれる。

 一体命をなんだと思っているのか……。

 ──だが、チャンスであることは確かだ。

 ウィステリアを助ける為に、ここで自由を勝ち取る──!


 小男から剣を受け取り、鞘から引き抜く。

 ……間違いなく、真剣だ──。


 今から、これを人に向けて振るう……。

 当たりどころが悪ければ……いや、悪くなくとも大怪我になるし、下手をすれば死ぬ。

 それを……俺が、この手で……。


「……来ないなら、こちらから行くぞ」

「え──ぐぁっ!」


 剣を持ったままボーっとしてしまっていたところを、棒で叩かれる。


「こんな棒切れでも、殺そうと思えば出来る。死にたくないなら、かかってこい」

「ぐ……この──」


 横薙ぎに剣を振るうが、ツバキはサッと後退し、剣は空を斬る。

 深呼吸を一つ。剣を正面に構えた。


「死んでも、知らねぇからな!」


 剣を振り上げ、突撃して力いっぱい斬りかかる。

 しかし──また避けられ、剣先が地面にめり込んだ。


「力はそれなり……動きは素人そのもの……だけど……」

「クソッ!──オラァ!」


 今度は下から斜め上に斬り上げる。

 これもヒラリと躱され、カウンターに棒で腹を横薙ぎに叩かれ──バキッという音と共に棒が折れた。

 

 棒が折れたのが予想外だったのか、ツバキの動きが一瞬止まる──。

 ──ここしか、ない。


 痛む身体を無理矢理動かし、斬り上げ伸びていた腕を引き戻し──ツバキを袈裟斬りにした──と、思った。

 だがそれすら躱され、がら空きになっていた顎を蹴り飛ばされ、俺は倒れ伏した。


 うつ伏せに倒され、起き上がろうとするも背中を踏みつけられる。


「間違いなくド素人。だが、思い切りはいい。悪くない」

「うぐ……クソ……退けよ!」


 なんとか抵抗しようと力を込め、ツバキの体ごと自分の体を持ち上げようとするもびくともしない。

 

「……こんなもんか」


 ──こんな……こんなもんじゃあない!

 

「俺はっ!自由になるんだっ!!」


 ──力を入れ直す。

 ──拳から血が流れ出るほどにキツく握り込んで全身の筋肉を総動員させ、ゆっくり、今度こそツバキごと体を持ち上げる。


「俺は──!ウィステリアを助けるんだ!!」

「……はは。いいね」


 無理矢理、身体を捻って背中を踏みつけていたツバキを下から斬りつけた。

 それは、あっさりと避けられてしまう──だが!その勢いのまま、掴んでおいた地面の土を顔めがけて投げつけた。


「む……!?」

「おおおりゃああ!!」


 今度は投げつけた勢いのまま、ツバキに剣を振るおうとして──当たる!と思った一瞬、本当に斬るのか?斬って、いいのか?──なんて事が頭をよぎり、その一瞬の躊躇いのわずかな隙に、ツバキは俺の、剣を振るう手を掴んだ。

 そして、俺はそのまま投げられ、また地面に転がされる。

 立ち上がろうとするも、いつの間にか奪われた剣を眼前に突きつけられてしまった。


「最後のは、悪くなかったけど……どうして躊躇したんだ?」

「うるせえ。別に躊躇なんかしてねぇよ!」


 クソッ!せっかくのチャンスを……俺は──俺はここまで、覚悟が出来ない奴だったのか?!


「そうか……。ま、残念だったね。これで自由にする話は無しだ」

「……ああ……わかってるよ」


 ……ウィステリア……俺は……


「まぁ思ったよりは頑張ったから、敢闘賞って事で、私が君達を買った額を私に返してくれたら、解放してあげるよ」

「はぁ?そんなのどうやって……ていうか、いくらで買ったかも知らないし──いや、ちょっと待った……君達?」

「そう。私は君ともう一人、ウィステリアって娘を買ったんだ。ていうか、ウィステリアが本命で、君はオマケだね」


 は?え?いや、俺がオマケだとかは、別にどうでもいいんだが……。


「じ、じゃあウィステリアとまた会えるのか!?」

「そりゃ二人とも私の奴隷って扱いだ。会えるとも」

「ツバキ──いや、ツバキさん!俺、頑張って金返してみせるよ!ありがとう!」

「……意外と現金な奴だな」


 まだ自由になったわけでもないし、まだどれだけの金額を返さないといけないのかもわからない。だけど……少なくとも、今までのように何をすればいいのか、どうすればいいのかわからない、ずっと暗闇の中に居るような、そんな感覚ではなくなった。


「それでは、お試しも終わったようですし、ウィステリアを連れてまいります」

「ああ。頼む」 


 感慨に浸っている俺を置いて、ツバキさんと支配人が話を進めていた。


「そちらの奴隷の首輪はどういたしますか?」

「外してやってくれ。無くても問題ないだろう」

「かしこまりました。おい」


 支配人の短い一言で、近くに居た小男がしゃがめと俺に言ってくる。

 素直に従うと、慣れた手つきで鉄の首輪の鍵が外され、重苦しいそれから俺は解放された。

 

 ふぅ…とため息と共に身体を伸ばしたその時、支配人の元に一人、慌てた様子で別の小男が駆け寄って来た。


「支配人、脱走です」

「なに?詳細を」

「例の連中が裏切り者に私刑を行い、治療の為に移動していたところ、隙をつかれたようでして……現在捜索中です」

「……まだ外には出ていないな?」

「はい。外に通じる箇所は全て押さえております」

「すぐに確保しなさい。……失礼、少々問題が起きたようでして今しばらくお待ちを……」


 その時、本当に小さくだが、ウィステリアの悲鳴が聞こえた気がした。

 ──気づけば、俺は走り出そうとして──


「ガゼル、待つんだ」


 ツバキさんに肩を掴まれていた。


「でも、ウィステリアの声が……」

「わかった。支配人」

「従業員を一人付けましょう。最悪、殺してもかまいませんので協力をお願いします」


 どうか……どうか無事でいてくれ──!

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