幸せのかたち2
「……来たわね。お邪魔虫が……。」
「オフィーリア……?」
オフィーリアが可愛らしい顔に皺を寄せてドアを睨みつけている。
いつも愛らしいオフィーリアがこのような表情をするだなんて、なにがあったのだろうというか、誰が来たのだろうかと不安になる。
迷っている間にもう一度呼び鈴が鳴った。
「誰かしら?」
私が立ち上がるとオフィーリアは私の腕をギュッと掴んだ。そうして、オフィーリアは上目遣いで、
「エレノアお姉さま、ここにいてくださらないかしら?」
と、私を引き留めてきた。
思わずくらりっと目眩を感じた。
なに、このオフィーリアとかいう可愛い生き物。
思わず私はオフィーリアの言葉に無言で頷いていた。
「よかった。じゃあ、エレノアお姉さま、ここで待っていらしてね。約束よ。お邪魔虫は追い返してくるからね。」
「あ、オフィーリア。変質者だといけないから知り合いじゃなければドアは開けてはだめよ。」
「わかっているわ。エレノアお姉さま。ちゃんとにお帰りいただくわ。」
オフィーリアは満面の笑みで部屋から出て行き階下にある玄関に向かって軽やかにかけていった。
不意にオフィーリアの満面の笑みをみて私はその場にへたり込む。
「……オフィーリア。本当にあなたは天使様のようだわ。」
「帰ってくださらないかしら?私とエレノアお姉さまの幸せな生活を邪魔しないでくださる?」
オフィーリアの不機嫌そうな声が階下から聞こえてくる。いつもよりワントーン低い声は怒りを押し殺しているようにも思える。
「君ばかりずるいな。私もたまにはエレノア嬢とお茶くらいしてもいいじゃないか。もちろん、君も同席してくれて構わない。」
「結構よ。」
「……センビュキーアのフルーツタルトをごちそうしようではないか。」
「……結構よ。」
どこか聞いたことがあるような男性の声がオフィーリアの可愛らしい声に混ざって聞こえてくる。どうも、相手はオフィーリアをデートに誘っているようだ。
それにしても、センビュキーアのフルーツタルトと言ったら、オフィーリアの大好物ではないか。侯爵家にいたころだったらいざ知らず、今ではセンビュキーアのフルーツタルトを買うなんて夢のまた夢だ。値段が張るだけに新鮮なフルーツがたくさんのったフルーツタルトは絶品の一品だ。
「君はいらないと言っても、エレノア嬢に食べさせてあげたいとは思わないかい?センビュキーアのフルーツタルトを。ああ、人気のラズベリータルトも追加してもいいぞ。」
「……くっ。やっぱりあなたは卑怯だわっ!!」
オフィーリアの悔しげな声が聞こえてくる。それと同時に軽やかに笑う男性の声も。
それにしても、私をダシにオフィーリアをデートに誘うだなんて、意気地なしな男性だわ。オフィーリアに気があるのなら、私をダシにせずにオフィーリアを誘えばいいのに。
そんな風に思いながら、オフィーリアにそんなに好意をよせている男性は誰だろうかと、そっと玄関を盗み見る。
すると、そこには想像もしなかった人がいた。
「ジュドー皇太子殿下っ!?」
そう。変装をしてはいるが、紛れもないジュドー皇太子殿下がそこに立っていた。
ジュドー皇太子殿下は平民の服を着てはいるが、その高貴なオーラはまったくといっていいほど隠せていない。
ジュドー皇太子殿下ともあろうものが、取り潰された侯爵家の元侯爵令嬢に何の用事だろうか。……ああ、オフィーリアを誘いに来たんだっけ。
昔を思い出してみれば、確かにジュドー皇太子殿下はオフィーリアと話していることが多かった。ジュドー殿下とお茶会をしたときも必ずオフィーリアが同席していたし。
そっか、ジュドー皇太子殿下はオフィーリアのことが好きだったのね。きっとオフィーリアも私という重荷がいなければジュドー皇太子殿下と幸せになったのかもしれない。
言われてみれば、オフィーリアはジュドー皇太子殿下の婚約者になりたいって言っていた時もあったし。あれば、私を皇太子妃にしないためのオフィーリアなりの優しい嘘かと思ったが、もしかして本当にオフィーリアはジュドー皇太子殿下の婚約者になりたかったのかもしれない。
「やあ、エレノア嬢。元気にしていたかい?」
「ああっ!エレノアお姉さまっ。部屋にいてくださいって言ったじゃないのっ!」
ジュドー皇太子殿下が先に私に気づいてにこやかに笑いかけてきた。次いで、オフィーリアが目を釣り上げて私のことを怒る。
そうよね。せっかくのジュドー皇太子殿下との逢瀬を邪魔してしまったのだものね。
「ジュドー皇太子殿下、ご機嫌麗しゅう。毎日がとても新鮮で楽しんでおりますわ。」
「そうか、それはよかった。エレノア嬢の元気そうな姿が見れて嬉しいよ。」
「ありがとうございます。オフィーリア、私はあなたたちの邪魔はしないから二人でセンビュキーアのフルーツタルトを食べていらっしゃい。侯爵令嬢ではなくなってしまったのだもの。こんな機会でもなければ、センビュキーアのフルーツタルトなんて食べる機会はないわよ。」
ジュドー皇太子殿下に礼をしてから、オフィーリアに向き合う。
オフィーリアには幸せになってほしいから。
と、言ってもその相手がジュドー皇太子殿下というのはちょっと……いやかなり不安だが。ジュドー皇太子殿下には婚約者がいるのだ。それに、オフィーリアは生まれは侯爵令嬢だけれども、今や没落した侯爵家の娘だ。ジュドー皇太子殿下とは身分が釣り合わない。
でも、一緒にいることはできなくても、些細な時間だけでも楽しめたらそれはそれでいいのではないかと思う。もちろん、一線を越えてしまうのはダメだけれども。
「エレノアお姉さまっ!?なにを言ってらっしゃるのっ!?」
私の言葉の何が不満だったのか慌てたようなオフィーリアの声。私に図星を指されたから慌てているのだろうか。
「そうだよ。エレノア嬢。私は君と一緒にセンビュキーアのフルーツタルトを食べたいんだよ。オフィーリア嬢はエレノア嬢を誘うおまけでしかない。」
「おまけっ!?おまけだなんて酷いっ!エレノアお姉さまっ。センビュキーアのフルーツタルトは食べたいでしょうけど、ここは我慢をしてくださらない?そのうち私がお金を稼いで、センビュキーアのフルーツタルトをエレノアお姉さまにごちそうするわっ!」
「まあ、二人とも。そんなに一生懸命誤魔化さなくてもいいのよ。大丈夫ですよ。私はすべてわかっていますから。」
二人の慌てっぷりが面白くて、私はクスクスと笑う。込み上げてきた笑いを抑えきれなかったのだ。
「いえ。エレノアお姉さまは絶対わかっていらっしゃらないわっ!」
「うん。エレノア嬢はなにか誤解をしているような気がする。私とオフィーリア嬢はなんでもないんだ。」
「いいんですわ。そんなに一生懸命に誤魔化さなくても。私はもう皇太子妃になりたいわけではありませんし、なれるわけでもないわ。いいのよ。オフィーリア私に遠慮しなくて。でも、あなたの身分だと皇太子妃は難しいから……お茶だけにするのよ。身体は許してはダメよ。あくまでジュドー皇太子が結婚するまでの思いで作りにとどめなさい。」
ジュドー皇太子殿下はオフィーリアには手の届かない存在だから。
そう言い含めると、オフィーリアは目を丸くして私を見てきた。ジュドー皇太子殿下もぽかんとした顔をしている。
「……エレノアお姉さま、それ本当に言ってらっしゃいますの?」
「え、ええ。私はオフィーリアには悔いなく幸せになってほしいの。」
「……ジュドー様に特大の釘を打ち付けていきますね、エレノアお姉さまは。」
「え?」
呆れたようにオフィーリアが呟いた。
私はオフィーリアが言ったことが理解出来ずに首を傾げるのだった。




