幸せのかたち1
「オフィーリア。そろそろ朝よ。起きなさい。」
窓から差し込む朝日がオフィーリアの姿を優しく照らす。朝日の中で幸せそうに眠りこけているオフィーリアはとても愛らしく、まるで天使のようにみえた。いいえ、オフィーリアはいつだって天使だった。私だけの天使。
私はオフィーリアに近づくと、そっとオフィーリアの額に私の額をコツリとつける。そのまま、オフィーリアの体温を感じようと、オフィーリアの輪郭を確かめるようにそっと触れる。
「……っ。エレノアお姉さまっ!」
「おはよう。オフィーリア。」
オフィーリアがやっと気がついたようで大きな目をぱっちりと開けた。
私は、オフィーリアに向かってにこやかに微笑む。オフィーリアが大好きな女神様を意識して。
「もうっ!エレノアお姉さまは心臓に悪いのだわ。」
オフィーリアはぷぅっと頬を膨らませて私のことを睨みつけてきた。そうやって睨みつけてくるオフィーリアもとっても可愛いのだけれども。
「さあ、オフィーリア。今日は私が朝食を作ったわ。一緒に食べましょうね?」
「うっ……。エレノアお姉さまの朝食。」
食事を作ったと言うと、オフィーリアが顔をしかめた。
侯爵家でひたすら皇太子妃になる勉強をしていた私には、料理の心得がなかった。最初はなにを作っても焦がしてしまっていた。けれど、今はそれなりの見た目はしているはずだ。
「そうよ。オフィーリアが起きてこないから、たまには私が作ってみたのよ。」
にっこりと笑いながら言えば、オフィーリアは苦虫を噛みしめたような顔をした。それから、ベッドからひょいっと飛び降りる。
「オフィーリア。行儀が悪いわよ。」
「いいのよ。私はもう侯爵令嬢じゃないもの。」
思わず行儀が悪いと注意すれば、オフィーリアからはそう返事があった。まるでなんとも思っていないような言い方だ。
「侯爵令嬢じゃなくても淑女のたしなみよ?男性にもてなくなるわよ?」
「いいのよ。別に少しくらいがさつでも問題ないわ。それに、私は男どもよりもエレノアお姉さまが側にいればいいもの。」
「まぁたそういうことを言って。」
オフィーリアのむくれた頬をプスッと指先でつっつく。
オフィーリアの頬はとてももっちりとしており、さわり心地が良い。そのまま、なんども指先で突っつけば、もうやめてとばかりに、オフィーリアが私に抱きついてきた。
「エレノアお姉さまが笑っていればそれでいいの。」
「ふふっ。オフィーリアは可愛いわねぇ。」
抱きついてきたオフィーリアをそのまま抱きしめる。腕の中の少しだけ高いオフィーリアの体温を感じ、オフィーリアが腕の中で生きていることを感じて嬉しくなる。
居心地悪そうにもぞもぞと動くオフィーリアもとても愛おしい。
「ねえ、エレノアお姉さまは私と二人だけの生活で不自由していないの?」
「なぜ、そんなことを聞くのかしら?私は幸せよ。でも、私ももっと家事を覚えないとね。いつまでもオフィーリアにばかり頼ってはいられないわ。」
侯爵家を出てからの生活はすべてオフィーリア頼みのような気がする。なぜだかオフィーリアは侯爵令嬢だというのに家事全般が人並みにできる。どこで学んだのかしらと不思議に思うほどだ。
「ふふ。侯爵家の料理長に料理は教わったし、侍女たちに掃除や洗濯を教えてもらったのよ。いつかエレノアお姉さまをあの家から連れ出すために、ね。」
そう言ってオフィーリアはいたずらっ子のように笑みを浮かべた。
「まあ、知らなかったわ。侯爵家の使用人がオフィーリアにそんなに心を砕いていたなんて。」
皇太子妃教育でいっぱいいっぱいだった私は、使用人と会話らしい会話もしたことはなかった。だから、使用人がオフィーリアとなんとも微笑ましい交流を持っていたことに心の底から驚いた。
「そう。あんな家でもオフィーリアには居場所があったのね。安心したわ。」
「まあね。みんな、エレノアお姉さまのことを心配していてね。私がエレノアお姉さまを連れて侯爵家から出て行くって言ったらそれはそれは親身になっていろいろと教えてくれたわ。それに、この家を紹介してくれたのは家令のスチュワートよ?」
「まあ、彼が?」
オフィーリアの口から出てきた「家令」という言葉に私は目を見開いて、口に手を当てた。オールフォーワン侯爵家で雇っていた家令のスチュワートは融通が利かない初老の男性だ。見た目からして神経質で、いつもお父様の隣でしかめっ面をしている姿しか思い出せない。
「ええ。そうよ。スチュワートはね、お父さまの代わりに侯爵家を背負わされようとしているエレノアお姉さまのことを心底心配していたのよ。」
「そうだったの。そう……お礼を言いたいわね。」
「それだけじゃないわ。侍女のマリーもユリアもシンシアも、みんなエレノアお姉さまのことを案じていたわ。皇太子妃教育に打ち込むエレノアお姉さまのことをずっと心配していたんだから。」
オフィーリアの言葉を聞いて、私は熱い物が込み上がってくるのを感じた。全然気がつかなかったけれど、そんなにも私を案じてくださっていた人がいたなんて……。
「エレノアお姉さまがそれだけ頑張っていたから、みんなエレノアお姉さまのことを応援していたのよ。」
「……ふっ。」
ついに、耐えきれなくて両手で顔を覆った。
なんて、なんて、みんな優しいのかしら。
「ま、私も同じくらいみんなから愛されていたけどね。」
オフィーリアはそう言って茶目っ気たっぷりに微笑んだ。まるで、私を笑わせようとおどけて見せているようだ。
「私は誰よりもオフィーリアを愛しているわ。」
「私も、誰よりもエレノアお姉さまも愛しているわ。ジュドー様よりも、ね。」
「まあ。ジュドー殿下は私のことなどなんも思っていなかったわよ?」
「そう思っているのはエレノアお姉さまだけよ。」
「ふふ。嘘でも嬉しいわ。」
オフィーリアから聞かされる話はどれも新鮮で、どれも想いがたくさんこもっていて幸せを感じられた。
「きっと、そのうちジュドー殿下お忍びでやってくるわよ。」
「まあ。ジュドー殿下が?それは、無理でしょう?」
「あの人はやるわ。確実に。」
オフィーリアは何かを確信したように窓から外を見た。
「オフィーリア。どうしたの?」
急に外を気にしだしたオフィーリアに私は驚いて、オフィーリアの横顔をまじまじとみつめた。
「エレノアお姉さま。私、ちょっと勝負服を着なければなりません。着替えを手伝っていただけますか?」
「え、ええ。もちろんいいけれど、急にどうしたの?」
オフィーリアに尋ねるもオフィーリアは笑顔ではぐらかした。そうして、早く支度をしなければと、私を急かす。
何が何だかわからないまま、オフィーリアの着替えを手伝っていると、玄関の呼び鈴が鳴った。
☆つづく☆




