ジュドー視点3
「エレノア嬢がっ!?」
突然の知らせが届いたのは、エレノア嬢に婚約破棄を言い渡して一週間ほど経った頃だった。
自室でまったりと午後のティータイムを満喫していたところにそのあまりにも信じられない突然の知らせが届いた。
信じられないことにエレノア嬢が自ら死を選んだというのだ。
私は俄かには信じられなくて、ティータイムを即座に切り上げ、着替えることもせずにオールフォーワン侯爵家に急いだ。
従者も置いて、一人馬の背に乗る。そのまま、馬をオールフォーワン侯爵家に向かって一直線に走らせる。
馬で急げば10分もたたずにオールフォーワン侯爵家にたどり着くことができるだろう。
馬が巻き上げた土煙が舞い上がり、後を追いかけている従者の視界を奪う。そんなことも気にならないほどに私は先を急いだ。
オールフォーワン侯爵家に着く頃には私の息は上がっていた。
震える手をなんとか抑えつけながら呼び鈴を鳴らす。
「これはっ!ジュドー皇太子殿下っ!」
家令が慌てて飛んできて、すぐに私を応接室へと案内しようとした。
けれど、私はいてもたってもいられず、エレノア嬢といつも談笑していた庭の東屋に急いだ。
そこにエレノア嬢がいるような気がしたからだ。
けれど、そこには誰もいなかった。
ただただ、いつもの薔薇が咲き乱れる庭が広がっているだけだった。
「……エレノア嬢は?」
後ろから追いかけてきていた家令に振り返ることなく静かに問いかける。
家令は静かに、
「自室で深い眠りおつきになられました。」
と、庭からエレノア嬢の自室を見上げた。
エレノア嬢の自室はこの庭がよく見える位置にあった。
私は、エレノア嬢の自室からこちらを見ている人物とバチっと目があった。
しばらく見つめ合っていると先に視線を反らせたのはエレノア嬢の部屋にいた人物……オフィーリア嬢だった。
オフィーリア嬢はエレノア嬢の妹で、エレノア嬢と違い非常に活発で天真爛漫な女性だ。
遠目だったからオフィーリア嬢の表情までは判別できなかったが、どこかエレノア嬢を探しているような雰囲気を感じた。
「……エレノア嬢。」
エレノア嬢は自室のベッドに静かに横たわっていた。
最後に見た時から一段と痩せたような気がする。肌が青白いのはすでに亡くなっているからだろうか。
「……エレノアお姉さまはあなたに婚約破棄されたから自ら死を選んだわっ!私のエレノアお姉さまを返してっ!!」
エレノア嬢の傍に行こうとする私は、オフィーリア嬢が目を吊り上げ涙を流しながら阻止してきた。
「……君たちは仲が良かったのかい?」
思わずそんな言葉がぽつりと口から零れ落ちた。
するとオフィーリア嬢は私のことをキッと睨みつけた。
「エレノアお姉さまはね皇太子妃になって私を贅沢させてくれるって言ったんだからっ!私も王宮に連れてってくれるって約束したんだからっ!!」
「贅沢?君を?今でも十分贅沢な暮らしをしているだろう?」
オフィーリア嬢の言葉に思わず低い声が漏れ出てしまった。
オフィーリア嬢のことは知っている。エレノア嬢と会おうとすると必ずといっていいほど邪魔をしてきたのだ。私は、オフィーリア嬢にあまりいい印象を持っていない。
「今よりもっと贅沢に暮らせるってお父さまもお母さまも言っていたわ。それなのに、あなたがエレノアお姉さまと婚約破棄なんてするからっ!!」
喚きたてるオフィーリア嬢を家令が必死に宥める。
それでもなおもオフィーリア嬢は泣きわめいていた。
「……オールフォーワン侯爵と侯爵夫人は?」
エレノア嬢の自室に彼女の父親と母親がいないことに気づいて家令に問いかける。すると、家令はそっと目を反らした。
「……自室にいらっしゃいます。」
「なんとっ!?自分の娘が亡くなったんだろうっ!?」
家令の言葉が信じられなくて思わず大きな声を上げてしまった。
家令は罰が悪そうに縮こまるばかりだ。
侍女がやってきてオフィーリアをエレノアの部屋から連れ出すと、家令が小さな声でぽつりと呟いた。
「エレノアお嬢様はあなた様の所為で自ら死を選んだわけではありません。旦那様と奥様、それからオフィーリアお嬢様がエレノアお嬢様のことを責め立てたのです。エレノアお嬢様が婚約破棄をされたことをそれはそれは酷く責め立てておりました。食事もエレノアお嬢様の分は用意するな、と。侯爵家の恥さらしだからと……。このようなこと、あなた様に告げるのはマナー違反だとは存じております。しかしながら、私どもはどうしても旦那様と奥様とオフィーリアお嬢様のことが許せず……。エレノアお嬢様は懸命にオールフォーワン侯爵家のために頑張っていらっしゃっというのに……。悔しくてなりませんっ……。」
初老に差し掛かった家令は口から今にも血を吐き出すのではないかと思うほど苦しそうに言葉を紡いだ。
その言葉にはオールフォーワン侯爵と侯爵夫人、オフィーリア嬢の手前、エレノア嬢のことを庇うことができなかった口惜しさがにじみ出ていた。
「ああ……エレノアお嬢様。申し訳ございません。私どもは旦那様を止めることができませんでした。」
「エレノアお嬢様。オフィーリアお嬢様の我が儘を止められなくて申し訳ございませんでした。」
家令の言葉を皮切りにその場にいた侍女たちが膝を折りその場に座り込むように涙を流し始めた。誰もが皆、後悔の気持ちでいっぱいだった。
私もまた、後悔の念で押しつぶされそうだった。
エレノア嬢のためと思って婚約を解消したことが、エレノア嬢の命を奪うようなことになるとは思わなかったのだ。
「……すまない。私の浅はかな思いが君を死においやってしまった……。」
もっとエレノア嬢のことを考えていればこのような事態を防げたかもしれない。
エレノア嬢だけでなく、オールフォーワン侯爵家の事情をもっとよく調べていれば、婚約を解消しなければ、いくつものたらればが頭の中を駆け巡る。
どうしたらエレノア嬢が笑っていられる世界を与えることができたのだろうか、と。
私は茫然としたまま、いつの間にか王宮の部屋に戻っていたようだ。
いつの間にか私は自室のソファーにもたれかかりながら虚ろな目で頭上のシャンデリアを見つめていた。
シャンデリアは私の心とは裏腹に、煌々と輝いていた。
あのシャンデリアのようにエレノア嬢の輝かんばかりの笑顔を見てみたかった。
そう思いながら、私はグラスにワインを注ぎ、いっきに口に流し込むのだった。
☆☆☆☆☆
ジュドー視点はこれで終わりとなります。
次回の更新は今度こそ、エレノアの幸せな世界になります。
是非、お付き合いいただければ幸いです。
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