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その顔が見たくて


 一刻も早くアイリスに完成品を渡したくて仕方のなかったリラは、【月猫亭】に一番余裕のできる時間、昼前に冒険者ギルドに『消臭ポーション』と名付けた完成品を届けに向かった。

 冒険者ギルドの場所は、【月猫亭】のはす向かいにある。ほんの数秒で冒険者ギルドに辿り着いたリラは勢いよく冒険者ギルドの扉を開けた。

 汗と泥、そしてほのかに感じる甘ったるい香り。それら全てがごちゃ混ぜになった様な冒険者ギルド特有の臭い。以前リラが訪れた時はそのツンとした臭いのせいで、鼻が曲がりそうになった。

 でも今は違う。多少空気の淀みを感じる程度で、不快感はほとんどない。

 そう、アイリスに『消臭ポーション』を渡す前の最終確認として、リラ自身で『消臭ポーション』の性能テストをしているのだ。これでもし、冒険者ギルド内部の臭いが『消臭ポーション』に込めた『浄化の魔力』を上回ってきたら、一からやり直さなければいけない所だった。

 ひとまずは『消臭ポーション』が所定の性能を発揮したと言えるだろう。

 ホッと胸を撫で下ろしながら、冒険者ギルドの受付へと向かう。

「いない……?」

 受付にアイリスの姿は無かった。この時間なら確実にいると考えたのだが、どうやら当てが外れたらしい。

「こんにちは、どうかされましたか?」

 きょろきょろとしていたのが気になったのか受付の女性から声を掛けられた。今アイリスがどうしているのか、同僚であれば知っているだろう。鉄壁の笑みを浮かべたその女性にアイリスの所在を訪ねる事にした。

「あの~……今日ってアイリスは来てないんですか?」

 アイリスの名前が出た途端、鉄壁の笑みにヒビが入った気がしたのはきっと気のせいだろう。

「アイリスでしたら、ちょうど休憩中ですね。二階の方に行けば会えると思いますよ」

 やはり気のせいじゃないかもしれない。心なしかさっきより声がワントーン低い。単にこの受付の人が特に嫌っているのか、他の同僚もこんな感じなのか……。少し心配になってしまった。


受付の横の階段を上がると、ほとんど誰もいない酒場らしき場所に見知った顔がいた。アイリスとそれにダリアもいる。手間が省けてラッキーだ。

「二人とも~!」

 手を振って駆け寄る。アイリスとダリアの二人もリラの姿を見つけ、笑顔で手招きしてきた。

「やあリラ。今日は一段と元気そうだね」

「へへっ、やっぱりそう見える?」

「そうね、何かいい事でもあったの? わざわざ冒険者ギルドまで来るなんて」

「それはですね~……」

 腰に下げていた革のバッグから小瓶を二つ取り出して、目の前のテーブルへと置いた。

「リラ……これはもしかして?」

「うん! アイリスに頼まれてた物、完成したから持ってきたんだ!」

「私が頼んだ……って?」

 アイリスが一瞬目線を斜め上方へと向けて、首を傾げた。ブロンドの髪がさらりとなびく。

「あ! もしかしてこの前話した臭いの事⁉」

「そうだよ! 錬金術で作ったんだ」

「いや……驚いたわ。あったらいいな……とは思ってたけどまさか本当に作ってくるなんて……」

「私は、信じていたけどね」

 ダリアがパチンと目を瞑る。あ……、これもしかしてウインクのつもりだったのかな。片目だけ閉じるつもりだったのかもしれないけど、実際はただのまばたきにしか見えなかった。

「疑ってる訳じゃないんだけど……これって本当に大丈夫なやつなの?」

「大丈夫! 今自分に使ってるけど、冒険者ギルドに入った時からずっと臭いが気にならなくなってるから」

 二人の目の色が変わる。テーブルの上に置いた『消臭ポーション』を凝視している。

「……これ早速使っても?」

「あ、ダリアずるい! ねぇリラ、私もいい?」

「もちろん! だって二人のために作ったんだから!」

 アイリスとダリアが我先にと小瓶に手を伸ばす。

「あ、これポーションって名前にしてあるけど飲まないでね⁉ 香水みたいに軽く振りかけるくらいで効果が出る様にしてあるから!」

 二人が口元に『消臭ポーション』を運ぼうとしたのを見て慌てて訂正する。

「本当に……それだけでいいの?」

「うん、多分この小瓶一本で十日分の量はあると思うから大丈夫だよ」

「すごいなその……錬金術というのは」

 ダリアが目を丸くして、小瓶をまじまじと見つめる。

「ね、ね! 早くつけてみてよ!」

 逸る気持ちが抑えられず二人を急かしてしまう。アイリスとダリアは顔を見合わせて笑うと、『消臭ポーション』を体に振りかけた。

「どう……かな?」

 スンスンと鼻を鳴らしている二人に問いかける。二人は何かを確かめる様に、しきりに臭いを嗅いでいる。

「凄い……」

 アイリスが感嘆の声を漏らした。ダリアもうんうんと頷いている。

「混沌とした世界に秩序がもたらされたかの様だ……」

「ダリア、あんたそのよく分からない例え止めなさいって言ってるでしょ? ほら、今だってリラがキョトンとしてるじゃない」

「あははは……ごめんダリア、分かる様で分からないや」

 おそらく褒めてくれてるんだろうな、というのが辛うじて分かる程度だ。だけど知っている。ダリアが難解な例えで褒めるのは、ダリアにとって最大級の賛辞だって事に。

「ほらリラも! そんなダラしない顔しない!」

「えへへ……。ってぶへぇ! ちょっとアイリス、何するにょ!」

 アイリスに顔を掴まれて、情けない声が漏れる。アイリスの語気は強かったが、その表情は柔らかかった。

──照れ隠しだ。

「それで二人とも、使ってみてどう? ちゃんと臭いは気にならなくなってる?」

「効果ならバッチリよ。まさかこんなにちゃんとしたのを持ってくるなんて思わなかった」

「にしても素晴らしいよこれは……。ありがとう、リラ」

「えへへ……」

 二人の笑顔を見る事ができただけで、ここ数日の苦労が全て報われた様な気がした。誰かのために本気になって、そしてできた物で誰かを笑顔にする事ができた。本気で錬金術を学んでいくと心に誓った今日の事を、一生忘れる事はないだろう。



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