少年の事情
アレックスはお風呂から上がり、ホットチョコレートを飲んだ。やっと落ち着いた様子だった。
ポツリポツリと事情を話し始めた。
「あのおじいさん、マルコムさんはボクの恩人なんです」
小さなケイはメラニーの膝で寝ていた。
ぼくたちはアレックスを囲むようにして、リビングルームのソファに座っていた。
「血のつながった家族じゃないってことね」
メラニーはそっと言った。
「そう、ボクはサマージプシーだったんだ。夏の地域で働き、そこが冬になると移動して、夏のとこで仕事をする」
それは聞いたことがあった。みんなが冬眠できる権利があるのに、それを無視して夏のところへ行き、ずっと働く人たちがいるってこと。冬眠をバカにしている人たちがいるってことに驚いたんだ。
冬眠をしないと百歳くらいしか生きられない。きちんと冬眠した人たちは、健康を維持できて、その倍の二百歳くらいまで充実した人生をおくれるっていうのに。
「長生きしてどうなる、それなら楽しく遊んで、金を稼いで短く燃え尽きたいっていう親父様に拾われて育てられたんだ。ボクはマルコムさんに会うまで、そう思っていた。冬眠なんかして、長生きしているようでその人生の半分は眠っているんだ。同じことだろうってね」
まあ、そう考えたらそうなるんだろう。でも、眠る幸せってなにものにもかえがたいって思わないかな。
「マルコムさんはボクにこうしろ、ああしろ、こんなことをするなとも何も言わなかった。ただ、自分は寿命がもうすぐ尽きる。そのわずかな年月を一緒に過ごしてくれないかって」
アレックスは懐かしそうな優しい目になった。
「それまでがむしゃらに働くことだけで、誰かと一緒に食べることがそんなに重要な事だなんて思ってもみなかった。出かけることとか話をして笑い合うなんてことがなかったんだ。今までの楽しいって思ってたことは見せかけだった、そんな気がした。あのおじいさんはどんな時でも熱心にボクの話をきいてくれた、一緒にいることだけでたのしかったんだ」
アレックスは、ぼくとたった四歳しか違わないのに、ずっと年上のような気がした。苦労していた。それがいいことなのか、わるいことなのかわからないけど、ぼくとずいぶん違うってわかる。
アレックスはまた、涙していた。
ぼくには彼にかけるべき言葉がみつからなかった。
それまでずっと黙ってきいていたメラニーが口を開いた。
「ねえ、だからあなた、パニックになって死のうって思ったの。おじいさんの後を追うつもりで」
アレックスは一瞬、考え込んでいたけど、その言葉の意味を考え、うなづいた。
「知ってる? この冬眠中に亡くなるお年寄りって多いこと」
アレックスは首を振った。彼は知らなかったらしい。ぼくは知っていた。年寄りはみんな、眠っている間に死ねたら本望だって思ってることを。
「マルコムさん、アレックスくんと一緒にいられてよかったって思ってるよ」
「そんなこと、どうしてわかるっ」
アレックスがかみつくようにどなった。その声の鋭さにびくっとした。
「まだボクはおじいさんに何もしていないんだっ。ちゃんとお礼も言っていないんだよっ。こんなボクに人並みの生活をプレゼントしてくれたっていうのに。恩返しをする前に、遠くまでいっちまった。そのショックがわかるかっ」
少しの間があく。ぼくたちはアレックスがむせび泣くのを聞いていた。
「人って、どんなお金持ちでも偉い人でも、いい人でもいつかはこの世を去る日がくる。その日をどうむかえられるか、あなたのなげき方で、マルコムさんと一緒にいて楽しい、有意義な時間を過ごしたってわかる。マルコムさんも同じことを思っていると思うの。そして誰もが望む冬眠中に静かに逝きたいということ」




