雨音の温室と、二人きりの時間
広い庭園の奥には、ガラス張りの温室がある。
庭園の木々はすっかり黄金色や朱色に染まり、冷たい秋風が吹き抜けるたびに枯れ葉が舞い落ちるというのに、温室の中は湿った土の匂いと、珍しい亜熱帯の花々の甘い香りで満ちていた。
「暖かいですね」
「温水を通した管で温められているそうだ。温室の中では季節に関係なく、一年中草花を枯らさずに咲かせることができる。ここには王都や遠国から取り寄せた珍しい植物が集められているんだ」
アレクシス様が優しく微笑みながら、珍しい青い花の前に私を案内してくれた。
「綺麗な色ですね」
「両親が、私の誕生を記念して植えた花だそうだ。ブルーサファイアというらしい」
「アレクシス様の目の色ですね」
ひと区画すべてこの花を並べているあたり、アレクシス様はご両親から愛されていたのだろう。
アレクシス様はしゃがんで、その花弁に触れようと手を伸ばした時。
ザァァァ、とバケツをひっくり返したような雨が降り始め、ガラスの天井を叩きつける音が響いた。遠くで雷が落ちた。温室のガラスは雨粒で濡れて、外の景色を白くぼやけさせている。
「すごい雨……! しばらく止みそうにありませんね」
「参ったな。少しここで待つしかない」
私たちは温室の真ん中に置かれた、白いアイアン製の小さなベンチに並んで腰かけた。三人は座れそうなゆったりとしたベンチなのに、アレクシス様は肩が触れそうなほど近くに座っている。彼が動くたびに、嗅ぎ慣れた香水と体温がダイレクトに伝わってきて、脈が早くなっている。
ガラスを叩く雨音は強くなるばかり。閉ざされた二人だけの空間。何をするでもなく、二人でぼやける温室の外を眺めているとアレクシス様がふっと柔らかく微笑んだ。
「……不思議だな」
私が首を傾げると、アレクシス様はサファイア色の瞳で私を愛おしそうに見つめた。
「以前は、雨の音を聞くだけでどこか憂鬱な気分になったものだが……こうして君と二人でいると、とても穏やかな気持ちになる」
そう言って、彼はそっと自分の大きな手を私の手に重ねてきた。彼の体温がじわりと手の甲から伝わってくる。
「君が笑って側にいてくれるだけで、この屋敷は温かく、明るくなった気がするよ」
「アレクシス様も笑っていてくださいね。そうしたら、もっと明るくなりますよ」
そう笑って手を握り返すと、アレクシス様は息を呑み、サファイア色の瞳を細めた。それから、顔を近づけたと思うと、私の額に自分の額を重ねた。キスでもしそうな距離感に、心臓はこれ以上ないほど早く鳴っている。アレクシス様の顔を至近距離で見る勇気がなくて、目を伏せていると、ふっとまた笑う声がした。
「……セレナ。君に出会えて、本当に良かった」
低く、柔らかい声が耳に届いて、そしてスッと胸の中に溶けていく。
優しく手を引かれて、そのままアレクシス様に体を預ける。
抱きしめられていると周りが見えなくなって、世界で二人きりしかいないような錯覚に陥る。そう、庭園の奥深く、屋敷から離れたこの温室で、雨が上がるまでは二人きり。




