宝石の輝きと、妻への執着
棺で目を覚めましてから一ヶ月ほどは、体調を回復させるために屋敷の中で過ごした。
一度死んだせいか、しばらくは体調がすぐれなかったけど、不思議なことに、何年も重い病気を患っていたはずのセレナの体は今ではすっかり元気になり、医師からも健康体のお墨付きをもらった。
そんなある日の午後。太陽の光が大きなアーチ窓から差し込む応接間で、私は頭を抱えていた。
象嵌細工が施されたマホガニーの重厚なテーブルの上には、深紅のベルベットが敷かれ、その上に眩いばかりの宝石類が並べられている。
大粒のエメラルドのネックレス。
ダイヤモンドが眩しく光るティアラ。
大ぶりのサファイアのイヤリング。
どれをとっても、前世の私の年収では到底買えなさそうな超高級品だろう。
「気に入ったものはあるか? もし足りないなら、王都から別の宝飾商をすぐに呼び寄せよう」
テーブルの向かい側に腰かけたアレクシス様が、薄い磁器カップに入った紅茶を優雅に傾けながら言った。
今日の彼は、深いネイビーの仕立ての良い執務服を着ており、袖口の銀ボタンが陽光を反射してキラリと光っている。脚を組み、リラックスした様子で私を見つめる彼の姿は、絵画のように美しい。写真集を出したら、飛ぶように売れると思う。
「……アレクシス様。あの、お気持ちは大変嬉しいのですが……こんなにたくさんの宝石、私には身につけきれません。どうか、お返しください」
私は困惑しながら、エメラルドのネックレスが入った箱のフタをそっと閉じ、彼の方へ押し戻した。
前世の私なら、こんな高価な宝石を一つもらうだけでも腰を抜かしていただろう。
アレクシス様は紅茶を飲む手を止め、不思議そうにサファイア色の目を丸くした。
「遠慮しなくていい。君は以前、王都の流行の品をすべて揃えなければ気が済まないと言っていたじゃないか。このエメラルドだって、君の目と同じ色だから買い占めてと、つい先日、強く望んでいたものだ」
「それは……その……今の私の好みとは、少し違っておりまして……」
言葉に詰まる。前のセレナなら、嬉々として全部もらっていたのだろう。
私が困り果てて下を向いていると、アレクシス様が小さく声が聞こえた。視線だけ向けると、彼は怒るどころか、どこか愛おしそうな眼差しで目を細めた。口元に笑みを浮かべたまま、ゆっくりと立ち上がる。
「そうか。今の君は、こういう派手な飾りは好みではないのだな。控えめな君も、とても可愛らしい」
「……え?」
「この宝石類は一度引き取らせる」
彼が両手をパンと鳴らすと、壁際に控えていた老執事が恭しく礼をして、宝石箱を回収していった。
アレクシス様は私の隣に座ると、両手を私の肩に優しく置いた。彼の温かい体温と、かすかな香水の香りが服越しに伝わってくる。そのまま首筋に彼の吐き出した溜息が当たり、思わず肩をすくめた。
「君は着飾らなくても、綺麗だからな」
溶かした砂糖を飲まされたのかと思うほど甘ったるいセリフ。しかし、それさえも様になるイケメンである。
この盲目的な愛し方は、一度死ぬ前からずっとこの調子なのだろうか?
使用人からの反応を見ると、以前のセレナと私は全然違う言動をしているはずなのに、アレクシス様は私の変化を素直に受け止めていることが逆に不気味だ。
どれだけ私が前の人格と違う行動をとっても、彼の中では「生きて戻ってきた愛しい妻の気まぐれ」として処理しているように見える。
あんなに大々的な葬式をするくらいだから、確実に死んだと思われていた人間が、こうして生きているのだ。少しぐらいは気味悪がるものだろうに。
そのあたりは、壁際に立った執事や侍女たちの方が素直だ。
彼らの視線からは「気味が悪い」という気持ちが伝わってくる。
気持ちはわかるけど、親しい人なら少しくらいは……アレクシス様ほどではないにしろ「生きててくれてよかった!」と思う気持ちもあるはずだ。それが彼らからは全く感じられない。セレナはよほど嫌われていたのだろう。
「……アレクシス様。少し、風に当たってきます。庭園に一人で行ってもいいですか?」
「ああ。寒くなったらすぐに戻りなさい。上着を持ってこさせようか?」
「いえ、大丈夫です」
アレクシス様の優しい声を背に受けながら、私は逃げるように応接室を後にした。
胸の奥につかえた割り切れない寂しさと痛みは、庭の一角の花壇に咲いた色鮮やかなチューリップを眺めても、なかなか癒されることはなかった。




