二度目の誓いと、光あふれる未来
疑惑の騒動から、季節は足早に過ぎ去っていった。
まだ肌寒い日が続くとはいえ、眠っていた草花も咲き始める春のような日。私はアレクシス様に連れられて馬車に乗っていた。
車窓から見える景色は、あの冷たい棺の中で目覚め、知らない場所へ運ばれていく時とは全く違って見えた。見慣れた街並み。そこで生活している人たちの温もりを、今の私は知っている。
しばらく街の中を走ってから、馬車がゆっくりと停まる。アレクシス様のエスコートで馬車を降りると、そこは教会の前だった。
ちょうど中から出てきたのか、見覚えのある顔の女性が私たちに気づいて声をかけてきた。
「公爵様、こんにちは」
「あぁ、こんにちは」
「今日は旦那様とご一緒なのね」
アレクシス様に話しかけていたと思ったら、女性は私を見て親しげに微笑んだ。この人は……いつも「レーナ」として通う市場で、日用品を売ってくれている顔馴染みの女性だ。
一瞬で血の気が引き、指先が凍りついたように冷たくなっていく。
変装用の素朴な服ではなく、公爵夫人としての身なりを見られてしまったのだ。正体を偽って街を歩き、彼女たちを騙していたことがついにバレてしまったのだと、胸がざわつく。
「どうして……気づいてらしたのですか? 私、ずっと嘘を……」
「ええ、知っておりますよ、セレナ様。あんなに仕草も手も綺麗なお嬢さんが、そこらの平民なわけがないでしょう」
まさか、最初から気づかれていた?
セレナは平民を毛嫌いしてあまり姿を見せなかったから、街の人には顔を知られていないと思ったのに。
呆然とする私とは裏腹に、隣にいるアレクシス様は静かに微笑みを浮かべ、私たちのやり取りを見守っている。
「そうだ、今、教会の修復をしている……ほら、あの人。孤児院を直したって言ってましたよ」
女性が視線を向けた先では、教会の屋根の補修作業をしていた体の大きな男性——あの孤児院の修繕を引き受けてくれた大工さんが、梯子の上からこちらを見ているようだった。
彼はそのまま梯子を降りてくると、作業着の泥を大雑把に払い、頭をかきながらこちらへ歩み寄ってきた。
「アレクシス公爵様、セレナ様」
恭しく頭を下げて、私を見る。
「何も知らずに引き受けたんで、後から公爵夫人だって聞いた時は驚きましたよ。あの高慢で有名だった人が、自分の宝石を売ってまで俺たちに孤児院の修理を頼んできたってんですから。『本物のお貴族様だったんだな』って、みんなで話していたんです」
「私の噂を……知っていたのに、どうして……」
「そりゃああれだけ必死にやって、子どもたちと楽しそうに過ごしてるの見りゃ、噂なんて関係ありませんよ」
「そうよ、セレナ様が街へ来てからというもの、とても活気が出てきましたし。おかげさまで、私たちも安心して暮らしています。きっと、あの孤児院の子供たちも同じ思いですよ。本当にありがとうございます」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。返事をしようと口を開いたのに、言葉が喉に引っかかって出てこない。
一人の人間として受け入れてもらえたことが、ただ嬉しかった。
こんなふうに誰かから感謝される日が来るなんて、あの棺の中で目覚めた時には思いもしなかった。
私はずっと、自分が「本物のセレナではない」ことに怯え、正体を隠して周囲を騙しているのだと後ろめたさを抱えていた。
けれど違ったのだ。
この人たちが知っているのは、偽名のレーナとして市場に通い、子どもたちと笑い合っていた私だった。
街の人たちに認めてもらえたような気がして、目元が熱くなる。
「とはいえ、公爵様。セレナ様に無理をさせてはいけませんよ」
「あぁ。私の代わりに妻を支えてくれたこと、感謝する。これからは私も妻と共に訪れよう」
「えぇ。いつでも遊びに来てくださいな」
涙を拭い、二人に会釈をして別れると、私たちは静かな教会の中へ入っていく。
「……ここに来るのは、あの日以来ですね」
かつて、重々しい抹香の煙と黒い喪服に包まれ、冷たい棺の中で私が目覚めた、この教会。
けれど今日の教会は、高いアーチ状のステンドグラスから色鮮やかな光が差し込み、祭壇には色とりどりの花が飾られていた。
「……アレクシス様。なぜ、今日ここに?」
私が尋ねると、アレクシス様は私と向き合い、サファイア色の瞳を真摯に輝かせた。
「今日は……もう一人のセレナが眠りにつき、君が私の元へ来てくれた大切な節目の日だ」
アレクシス様は祭壇の前で足を止めると、静かに目を閉じた。
静寂の中、彼は祈るように胸の前でそっと手を組む。
病に苦しみ、最後には心が歪んでしまったセレナ・ヴァルハイト。私が言うのもおかしいけれど、どうか安らかに。そう祈らずにはいられなかった。
やがて静かに目を開けたアレクシス様は、再び私のもとへ歩み寄ると、私の前に優しく膝をついた。
「私はかつて、彼女を守れなかった罪悪感から愛する方法を見失っていた。……だが、君と出会い、君の優しさに触れ、私は新たな愛を見つけた」
彼はポケットから、小さなベルベットの箱を取り出した。開かれた箱の中に収まっていたのは、派手な宝石ではなく、細やかな彫刻が施されたシンプルで美しい銀の指輪だった。
「以前のセレナも愛していることに変わりはない……しかし、これは今、私の前にいる愛しい『君』に贈りたい。セレナ……私と本当の夫婦として、これからの人生を一緒に歩んでくれないだろうか」
これは「今の私」に向かって差し出された、二度目の愛の誓い。
視界が溢れる涙で滲む中、私は深く、何度も頷いた。
「はい……! はい、アレクシス様……! 喜んで……!」
アレクシス様は愛おしそうに指輪を私の薬指にはめると、ゆっくりと立ち上がり、私を愛おしそうに抱きしめた。
重なる互いの体温。近づいた彼の顔を見つめ返し……私たちは静かに唇を重ねた。
ステンドグラスから降り注ぐ光が、二人を優しく包み込んでいく。
アレクシス様は私の涙を優しく拭うと、愛おしそうに耳元で囁いた。
「私の光となってくれて、ありがとう。愛している」
「私も……私も愛しています、アレクシス様」
そう応えて、私は彼の手をギュッと強く握り返した。
もう、どこへ運ばれるかも分からないまま、誰かの手に引きずられていくのではない。
私自身の意思で、この人の隣を歩んでいくのだと。
冷たい棺と煙から始まった私の新しい人生は、いま、あたたかな光に満ちていた。
巡り会えた大切な人の手を取り、私たちは新しい未来へ歩み出していく。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
ブクマ、評価とても励みになりました。
次回作は書き終わり次第、投稿いたしますので、また機会がございましたら、よろしくお願いします!




