繋いだ手と、芽生えた恋
熱が出たのか、頭が重くぼんやりする。
雨に濡れて冷え切った身体に、内側から燃えるような熱がまとわりついて離れない。
アレクシス様に抱えられてベッドに寝かされ、侍女たちが慌ただしく世話をしにきたことまでは覚えている。途中、医師にいくつか質問をされたような気もするけれど、その問いに答えたかどうかはよく覚えていない。
暗闇と熱の渦の中で、ただ一つだけ確かなものがあった。
大きな温かい手が、すがるように私の手を強く握りしめている感覚だ。
「頼む、私を置いていかないでくれ、セレナ……君を失ったら、私は……っ」
切羽詰まった声が、朦朧とする意識の中に何度も届く。
あぁ、アレクシス様が悲しんでいる。
大丈夫ですよと声を掛けたいのに、喉は渇ききり、指先ひとつ動かせない。
でも……その悲しみは、本当は誰に向けられたものなのか。
前のセレナか、それとも、今の私なのか。
そんな疑問が頭をかすめても、まともに考える余裕はなかった。
意識を保てない私を繋ぎ止めるように、アレクシス様の手はとても頼もしくて、その感覚だけが熱にうなされる私の中ではっきりしていた。
ゆっくりと意識が浮上し、重い瞼を開ける。どれほどの時間が経っただろう。
身体はいまだに怠く熱を帯びていたけれど、それ以上に喉の渇きを覚えた。何か飲み物をと身体を起こそうとした時、ベッドの脇で私の手を握りしめたまま、突っ伏して眠るアレクシス様の姿が目に入った。
この地を治める領主は、妻のこととなると見境がなくなる。それを体現するように、上質なシャツはシワになり、漆黒の髪も乱れていた。目の下にはうっすらとクマができている。
ずっと、ここで私の手を握り続けていてくれたのか。
指先を僅かに動かすと、アレクシス様は弾かれたように顔を上げた。
「セレナ!? 大丈夫か? 気分はどうだ、痛むところは!? すぐに医者を呼ぼう!」
「アレクシス様……申し訳、ありません……お手を、煩わせ……」
「何を言っている! 私のことよりも、君のことが心配なんだ!」
血走ったサファイアブルーの瞳に涙をためて、彼は私を強く抱きしめた。その大きな身体が、かすかに震えている。
「よかった……よかった……! もう一度君を失うかと思って……私は……っ」
背中に回された腕の強さに、胸が詰まる。
前世の私は一人暮らしで、体調を崩しても看病なんてされることもなく、ただ薄暗い部屋で一人じっと耐えるだけだった。
だけど今は、こんなにも必死に私の無事を祈り、涙を流してくれる人がいる。
こんなにも必死に抱きしめられて、それが嫌だなんて、少しも思わなかった。
以前の私なら「これは前のセレナに向けられた愛情なのだから」と自分に言い聞かせ、線を引いていただろう。
けれど今は、この腕の中から離れたくないと思ってしまっている。離れたくないと望むくらいには、もう私の心は決まっていた。
私は、この人のことが好きだ。
前のセレナの面影や記憶のせいじゃない。
私を大切にし、こんなにも愛おしそうに見つめてくれるこの人に、私は恋をしている。
気づくと、私は自然にアレクシス様の背中に手を回していた。
アレクシス様は驚いたように身体を少し離すと、その頬を赤く染めていた。彼は私の両手を愛おしそうに包み込み、濡れた目元でまっすぐに私を見つめた。
「……私はずっと間違っていた。生きていてくれさえすれば、姿形さえ同じなら、中身がどう変わっていても愛せると思っていた。たとえ別人だったとしても、妻のセレナという存在を愛し続けると。……だが、違ったんだ」
彼の手が、優しく私の頬に触れる。その指先が、私という存在を確かめるように撫でた。
「君は贅沢を拒み、手が荒れることも厭わず子供たちのために働き、私を気遣って温かいお茶を淹れてくれた。その優しさは、すべて君自身のものだ。私は以前のセレナの代わりとして君を見ているのではない。セレナという名前の……もう一人の君を、愛しく思っている」
息が止まりそうだった。
本当に……?
前のセレナのためのものだと思っていた愛を、私は騙して受け取っているのだと思っていた。けれど、アレクシス様が見ていたのは、もう前のセレナではなかった。そう悟った瞬間、涙がボロボロと溢れ出してきた。
「……アレクシス様」
私は溢れ出る涙を拭い、照れくささと、胸の奥から込み上げる愛おしさを込めて、彼の瞳を見つめ返した。
「私は……私のままで、いいのですか?」
「あぁ。今の君を、心から愛している」
「アレクシス様……私も、アレクシス様が愛おしいです」
「……! そうか……そうか……!」
アレクシス様は感極まったように声を漏らし、引き寄せる腕にぎゅっと力を込めた。
窓の外から差し込む穏やかな光の中で、私はようやく、この人の愛を信じてもいいのだと思えた。




