表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
退職届を出したら異世界の村役場に配属されました 〜書類とハンコでヤンデレ村長と勇者を雇用しています〜  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/13

EP 4

ゴルド会長オロチ、ポポロ村に現る

 ポポロ村の朝は、早い。

 玲が、村役場の窓を開けると、東の空には、淡い金色の朝焼けが、広がっていた。

 時刻は、午前五時。

 徹夜明けの体は、さすがに、重かった。

 だが、玲は、コーヒーを淹れて、机に向かった。

 今日も、仕事だ。

 昨日、書類の山を片付けた玲は、改めて、ポポロ村の経営状況を、調べ始めていた。

 村役場の、書庫。

 そこに、過去十年分の、村の出納帳簿が、保管されている。

 玲は、その帳簿を、一冊ずつ、めくっていった。

 【行政】スキルが、自動的に、起動する。

『収入分析:過去三年分

 ・月見大根:収入の四十二パーセント(最大)

 ・太陽芋:収入の二十二パーセント

 ・人参マンドラ:収入の十五パーセント

 ・その他(米麦草、ハニーかぼちゃ等):合計二十一パーセント

 異常検出:月見大根の単価が、市場相場の約四十五パーセント』

 玲は、その数字を、もう一度、見直した。

「……四十五パーセント」

 市場相場の、半分以下。

 単価が、安すぎる。

 玲は、別の帳簿を、引き出した。

 月見大根の、取引履歴。

 取引先は──。

 ゴルド商会。

 設定上、大陸屈指の大企業。会長は、オロチ。

 成金趣味で、コテコテの名古屋弁を話す、五十歳の蛇目族男性。

「ふむ」

 玲は、頷いた。

 市役所時代、こういう「相場の半額」みたいな、明らかにおかしい取引は、九割の確率で、業者の搾取だった。

 弱い立場の生産者が、強い立場の業者に、買い叩かれる。

 市役所では、こういう案件を、消費者保護課が扱っていた。

 玲は、消費者保護課の同僚と、何度か、仕事をしたことがある。

 その時の、知識が、頭の中に、残っていた。

「不当廉売、独占禁止法、優越的地位の濫用」

 地球の法律。

 異世界で、通用するかは、分からない。

 だが──。

 異世界にも、商取引の、ルールはあるはずだ。

 玲は、ジャケットの内ポケットから、ルナミス帝国の商法概要書を、取り出した。

 昨日、村役場の書庫で、見つけたものだった。

 ぱらぱらと、ページを、めくる。

 市役所時代、玲は、法律を読むのが、得意だった。

 いや、得意というより──。

 法律を読むのが、好きだった。

 文章の中に、論理が、あるからだ。

 筋道を、追っていけば、必ず、答えに、辿り着ける。

 市民の怒声と違って、法律は、絶対に、玲を、裏切らない。

「……あった」

 玲は、ぴたり、と、指を、止めた。

 ルナミス帝国商法、第三十七条。

『商業者は、生産者に対し、市場相場を著しく下回る価格で、継続的に取引を強要してはならない。違反した場合、商業ギルドからの除名処分、ならびに、損害賠償の対象となる』

 玲は、ふっ、と、口角を、上げた。

 市役所時代に、滅多に、見せなかった、表情だった。

(これは、勝てる)

 彼の指が、すっ、と、宙を、撫でた。

 【行政】スキルが、起動する。

 目の前に、白い羊皮紙が、一枚、ふわり、と、現れた。

 上部には、こう、記されていた。

『不当廉売是正勧告書』

「玲さぁん、玲さぁん」

 ぱたぱたと、足音が、聞こえた。

 ドアが、ぱっ、と、開いた。

 リリスが、寝ぼけ眼で、ジャージのまま、入ってきた。

 手には、みたらし団子の串。

「朝ご飯、まだですかぁ?」

「リリスさん」

「は、はい」

「家計改善指導計画書、お忘れですか」

「えへへぇ、忘れましたぁ……」

「忘れないでください」

「ふぁい……」

 リリスは、しょんぼりと、玲の横に、座った。

 玲の手元の、書類を、覗き込む。

「それ、なんですかぁ?」

「不当廉売是正勧告書です」

「ふとうれんばい?」

「不当な、安売り、です」

「安売り、いいんじゃないですかぁ?」

「いえ」

「お安いの、嬉しいですよぉ?」

「リリスさん」

「は、はい」

「あなたのスマホ課金、九十万円、思い出してください」

「……あっ」

「あれと、構造は、同じです」

「????」

「強い者が、弱い者から、不当に、お金を、巻き上げる」

「……あー、ルチアナ様、悪い人ですぅ!」

「そういうことです」

 リリスは、こくり、と、頷いた。

 玲は、ふっ、と、息を吐いた。

 ポンコツ女神でも、自分の身で、理解すれば、分かるらしい。

 その時、村役場のドアが、ぱっ、と、開いた。

「玲さん、おはようございます!」

 キャルルが、入ってきた。

 今日も、人参柄のハンカチを、手にしている。

 頭の上の、うさ耳が、ぴょこぴょこ、揺れていた。

「あの、朝ご飯、ご用意したんですが、お持ちしましょうか?」

「ありがとうございます。お願いします」

「わたくし、玲さんの食事、楽しみで♡」

「……」

 玲は、何も、言わなかった。

 昨夜から、キャルルは、玲の食事を、見守るのが、好きになっていた。

 昨夜の、夕食。

 今朝の、朝食。

 キャルルは、玲の目の前に、座って、にこにこと、玲の食べる姿を、見つめていた。

 その視線が、わずかに、玲の指の動きを、追っている。

 そして、玲がパンを、ひと口、齧るたびに、頭の上の、うさ耳が──。

 ぴく、ぴく、と、動く。

(まだ、その「業務書類」、抱きしめてるんですか)

 玲は、心の中で、ツッコミを入れたが、口には、出さなかった。

 昨日、抱きしめられた書類は、今日も、しっかりと、キャルルの腕に、抱きしめられていた。

 夜は──。

 たぶん、寝室に、持ち込まれた。

 玲は、考えないことに、した。

「玲さん、何の書類を、書いてらっしゃるんですか?」

「不当廉売是正勧告書です」

「ふ、ふとう、れん、ばい……?」

「ゴルド商会への、警告書、です」

「……えっ」

 キャルルの顔色が、ぴたり、と、変わった。

「ゴルド、商会、ですか」

「はい」

「あの……玲さん」

「はい」

「それ、本当に、出される、おつもりですか?」

 キャルルの声が、震えていた。

 玲は、彼女の顔を、見た。

 昨日まで、にこにこと、玲を見つめていた彼女の顔に──。

 明らかな、恐怖が、浮かんでいた。

「キャルル村長」

「は、はい」

「何か、ありますか」

「……」

 キャルルは、しばらく、無言だった。

 それから、ぽつりと、口を、開いた。

「あの……玲さん。ゴルド商会は、大陸屈指の、大企業、です」

「はい」

「村長クラスの、人間が、太刀打ちできる、相手では、ないんです」

「……」

「過去にも、月見大根の買い取り価格について、何度か、村から、交渉を、しようとしたことが、ありました」

「結果は」

「……」

 キャルルは、目を、伏せた。

「前の村長が、夜道で、転んで、亡くなりました」

「……」

 玲は、無言で、キャルルを、見つめた。

 彼女の目には、もう、紅い色は、混じっていなかった。

 純粋な、恐怖と、悲しみだけが、そこに、あった。

「以来、村は、ゴルド商会との取引価格について、一度も、交渉しなくなりました。買い叩かれていることは、分かっています。村の皆様も、分かっています。でも、村人を、これ以上、危険に、晒すわけには」

「キャルル村長」

「は、はい」

「ご心配、ありがとうございます」

「……」

「ですが、心配いりません」

「え?」

「これは、市役所時代の、私の、得意分野です」

 玲は、淡々と、言った。

「不当な取引を、行政の力で、是正する。それが、私の、本業でした」

「で、でも、玲さん。相手は──」

「キャルル村長」

「は、はい」

「私は、戦闘力ゼロ、です」

「は、はい」

「だから、夜道で、転んで、死ぬ確率は、確かに、高いです」

「ですから──」

「ですが、私には、書類とハンコがあります」

「……」

「夜道で、転ばないように、するための、書類を、書くことができます」

 玲は、机の上の、不当廉売是正勧告書を、ぽん、と、叩いた。

「この書類、ただの、警告書では、ありません」

「……?」

「ゴルド商会に対して、是正を求めると同時に──」

「同時に?」

「この書類の存在自体が、私の、身を守る、シールドになります」

 キャルルは、目を、丸くした。

「ど、どういう意味、ですか」

「商業ギルド、ルナミス帝国の商業監督庁、冒険者ギルド──全てに、この書類の、写しを、送ります」

「えっ」

「『もし、私が、夜道で、転んだ場合、ゴルド商会が、関与している可能性が高い』ということが、公的に、記録されます」

「……」

「私が、転べば、ゴルド商会が、商業ギルドから、除名されます」

「!」

「つまり、私を、転ばせることは、ゴルド商会にとって、自社の死活問題に、なります」

「玲さん……」

「これが、書類の、本当の、力です」

 玲は、にっこりと、笑った。

 市役所時代の、公務員スマイル、では、ない。

 もう少し、本気の、笑顔だった。

「キャルル村長、村人を、守るためには、村長が、覚悟を、決めるしか、ありません」

「……」

「ご決断を」

 キャルルは、しばらく、無言で、玲を、見つめた。

 頭の上の、うさ耳が、ぴくり、と、動いた。

 それから、ぴょこん、と、立ち上がった。

 力強く。

「玲さん」

「はい」

「お願い、します」

「了解しました」

「村を、守ってください」

「全力で」

 キャルルは、深々と、頭を下げた。

 その所作は、もう、ふんわりとした少女のものでは、なかった。

 元・近衛騎士隊長候補の、決断の、それだった。

 不当廉売是正勧告書は、その日の昼までに、完成した。

 玲は、四通の写しを、作った。

 一通は、ゴルド商会本部宛。

 二通目は、商業ギルド・ルナミス本部宛。

 三通目は、ルナミス帝国・商業監督庁宛。

 そして──。

 四通目は、冒険者ギルド・ルナミス本部、ミーナ宛。

 玲は、四通目に、こう、書き添えた。

ミーナ様

先日は、お世話になりました。

もし、私が、ポポロ村で、行方不明になった場合、この書類を、捜索の手がかりとして、お使いください。

ゴルド商会が、関与している可能性が、極めて高いです。

白石玲

 保険、というやつだ。

 市役所時代、玲は、危ない案件を扱う時、必ず、複数の関係先に、案件の概要を、共有していた。

 万が一の時、誰かが、気付いてくれるように。

 それは、市役所時代の、玲の、自衛策、だった。

 四通の書類を、村役場の、専用配送員に、託す。

 専用配送員は、ロックバイソンに乗った、犬耳族の若者だった。

「お預かりします、玲さん」

「お願いします」

「あ、玲さん」

「はい」

「ロード兄ちゃんからの伝言、預かってきましたよ」

「ロード?」

「ルナ・イーツの、配達員の、ロード兄ちゃんです」

 玲は、ぴくり、と、反応した。

「『ポポロ村で、何か、面白いこと、始めるんやろ? ワテも、ちょっと、見に行くわ』、だそうです」

「……」

「なんで、知ってるんでしょうね、あの人」

 配送員の青年は、首を、傾げながら、ロックバイソンに乗って、出発した。

 玲は、その背中を、見送りながら、ふと、思った。

(ロード)

 市役所時代の勘が、ささやいた。

(あの男、何か、知っているな)

 ジオ・リザード賢竜種、というのは、嘘ではない、らしい。

 だが、それだけ、ではない。

 ロードの正体は、もっと、深いところに、ある。

 玲は、その勘を、頭の片隅に、しまった。

 今は、目の前の、ゴルド商会の件、だ。

 不当廉売是正勧告書を、送ってから、三日が、経った。

 ポポロ村は、静かだった。

 いつもと、変わらない、平和な日々。

 玲は、村役場で、淡々と、業務を、こなしていた。

 住民台帳の、整理。

 税務記録の、修正。

 冒険者ギルドからの、依頼書の、返信。

 キャルルは、朝、昼、晩と、玲の食事を、見守っていた。

 うさ耳が、ぴょこぴょこ、揺れていた。

 書類の束は、相変わらず、彼女の腕に、抱きしめられていた。

 四日目の、朝。

 玲が、村役場に、出勤すると──。

 村の入り口の方から、騒ぎが、聞こえてきた。

「玲さぁん!」

 リリスが、慌てて、駆け込んできた。

「玲さん、玲さん!」

「リリスさん、どうしました」

「何か、すごい馬車が、村に、入ってきましたぁ!」

「すごい馬車」

「金色で、ピカピカで、何匹もの、ジオ・リザードに、引かれてて、すっごく、派手なんですぅ!」

 玲は、ふっ、と、口角を、上げた。

「来ましたか」

「えっ、知ってるんですかぁ?」

「来るのを、待っていました」

 玲は、ジャケットを、羽織り、ネクタイを、締め直した。

 市役所時代の、覚悟の、仕草。

「リリスさん、村役場で、待機していてください」

「えっ、玲さん、どこに行くんですかぁ?」

「お客様を、お迎えに」

 玲は、村役場を、出た。

 その時──。

 ドアの陰から、キャルルが、すっと、現れた。

 玲は、思わず、立ち止まった。

 キャルルの服装が、いつもと、違っていた。

 ふんわりとした、ラフな服では、ない。

 動きやすい、戦闘用の、軽装。

 そして、両手には──。

 ダブルトンファーが、握られていた。

「キャルル村長」

「お一人で、行かせるわけには、いきません」

「……」

「村のために、危険な書類を、書いてくださったのは、玲さん、です。だったら、その玲さんを、守るのは、わたくしの仕事です」

「……」

「ご一緒、させてください」

 玲は、しばらく、彼女を、見つめた。

 今、目の前にいる、キャルルは──。

 昨日まで、書類を抱きしめていた、ふんわりとした少女、では、なかった。

 元・近衛騎士隊長候補、月兎族の、キャルル・ムーンハート。

 その目は、揺るぎなかった。

「了解しました」

 玲は、頷いた。

「では、行きましょう」

「はい」

 二人は、村の入り口へと、歩き出した。

 キャルルの足取りは、力強かった。

 うさ耳は、いつもの「ぴょこぴょこ」では、なく──。

 ぴしり、と、立っていた。

 村の入り口に、その馬車は、停まっていた。

 いや、馬車という表現は、適切では、ないかもしれない。

 走るマンション、と、言った方が、近かった。

 全長、十メートルほど。

 外壁は、純金で、装飾されている。

 窓は、ステンドグラス。

 屋根の上には、なぜか、巨大な蛇の像が、乗っている。

 そして──。

 その馬車を、引いているのは、五頭の、立派なジオ・リザード。

 馬車の周囲には、護衛の、戦士たちが、十人ほど、囲んでいた。

 全員、ゴルド商会のロゴが入った、黒い、スーツのような装束を、着ている。

 まるで、地球の、ヤクザの組長の登場、だった。

「いや~、これがポポロ村だがゃ~! ええとこやんけ~!」

 馬車のドアが、ばたん、と、開いた。

 中から、一人の、男が、降りてきた。

 年齢は、五十歳前後。

 肌は、わずかに、緑色がかっている。

 目は、爬虫類のように、縦に長い瞳孔。

 蛇目族。

 服装は──。

 純金の、ジャケット。

 純金の、サングラス。

 純金の、ステッキ。

 純金の、靴。

 まるで、昭和のパチンコ屋の社長、そのものだった。

 玲は、無言で、その男を、観察した。

 【行政】スキルが、起動する。

『対象:オロチ・ゴルド

 年齢:五十歳

 種族:蛇目族

 役職:ゴルド商会会長

 資産:金貨百三十万枚(推定)

 経営能力:S級

 性格:成金趣味、強欲、しかし、義理人情にも厚い

 特徴:名古屋弁、商売勘は鋭い

 注意:怒らせると、商業ギルド全体を動かす力がある』

 玲は、頷いた。

 市役所時代に、何人も、見た、タイプ、だった。

 地方の、土建屋の社長。

 地元商工会の、会長。

 成金趣味で、声がでかくて、押しが強くて、しかし、話が通じれば、意外と、合理的な人間。

 扱い方は、知っている。

「おうおうおう! 誰だがゃ! うちの商売に、文句つけとるのは!」

 オロチは、玲を、見つけて、声を、張り上げた。

 その声は、村の入り口から、村の中心部まで、響き渡った。

 村人たちが、家の中から、こっそりと、こちらを、覗いている。

 誰もが、震えていた。

「ゴルド商会の、商売に、ケンカ売る奴は、どこのどいつだがゃ! 顔、見せろやぁ!」

「私です」

 玲は、すっと、前に、出た。

 深々と、頭を、下げる。

「白石玲と、申します。ポポロ村、事務官、です」

「……は?」

 オロチは、ぴたり、と、止まった。

 彼の、爬虫類のような瞳孔が、玲を、上から下まで、舐めるように、見た。

「お前、事務官だがゃ?」

「はい」

「事務官風情が、うちの商売に、ケンカ売っとるんかぁ!?」

「ケンカは、売っておりません」

「じゃあ、なんで、こんな書類、寄越したがゃ!」

 オロチは、ジャケットのポケットから、玲が送った、不当廉売是正勧告書を、取り出した。

 ばっ、と、玲の目の前に、突きつける。

「これ、なんだがゃ! お前、うちの会社、潰すつもりかぁ!?」

「はい」

「……は?」

「商業ギルドからの、除名処分を、受けてください」

「は、はぁぁぁぁ!?」

 オロチの、純金のサングラスが、ずれた。

「お、お前、本気で言っとるんかぁ!?」

「本気です」

「事務官風情が、ゴルド商会の会長に、何を言っとるんだがゃ!」

 オロチの、護衛の、戦士たちが、一斉に、武器を、構えた。

 十人の、屈強な戦士たち。

 全員、闘気を、纏っていた。

 玲は、戦闘力、ゼロ。

 しかし──。

 彼の隣で、キャルルが、ぴしり、と、ダブルトンファーを、構えた。

「待った」

 オロチの、護衛の中の、一番大柄な戦士が、キャルルを、見て、声を、上げた。

「お前、月兎族か?」

「はい」

「……まさか、お前」

 その戦士の顔色が、変わった。

「元レオンハート獣人王国、第三姫君兼近衛騎士隊長候補、キャルル・ムーンハート様か?」

「はい」

「……ボス! 退いてください!」

 戦士は、慌てて、オロチに、叫んだ。

「この、月兎族のお嬢さんは、ヤバいです! 獅子王アーサー様の、ご令嬢、ですよ! しかも、近衛騎士隊長候補だった、お方です!」

「は? あ、姫様だがゃ?」

 オロチの、顔色も、変わった。

 彼の、爬虫類のような瞳孔が、ぐっ、と、細くなった。

 市役所時代の、玲の経験で言えば、こういう時、成金は、必ず、立場を、変える。

 計算高い人間は、損得を、すぐに、計算し直す。

 オロチは、まさに、その、タイプだった。

「ま、待ってくれだがゃ!」

 オロチは、純金のサングラスを、外した。

「俺は、姫様と、争う気は、ないだがゃ!」

「ご丁寧に、どうも」

 キャルルは、淡々と、答えた。

 その声は、いつもの、ふんわりとした、声では、なかった。

 冷たい、王族の、声だった。

「ですが、ゴルド会長」

「は、はい!」

「わたくしの、村の、事務官に、無礼を、働かないでください」

「は、はい!」

 オロチは、思わず、敬語に、なった。

 玲は、心の中で、頷いた。

(キャルル村長、強い)

 昨日まで、書類を抱きしめていた少女が、今、大企業の会長を、敬語に、させている。

 これが、王族の、本気の姿、だった。

「では、ゴルド会長」

 玲は、淡々と、声を、かけた。

「腰を、据えて、お話ししませんか」

「お、おう、おう、いいだがゃ」

「村役場へ、どうぞ」

「お、お邪魔するだがゃ……」

 成金会長は、純金のステッキを、突きながら、トボトボと、村役場へ、歩き出した。

 玲は、その後ろ姿を、見ながら、心の中で、つぶやいた。

(戦闘は、回避できた)

(あとは、書類で、勝つだけだ)

 市役所時代に、培った、交渉技術。

 今、それを、初めて、本気で、使う時が、来た。

 村役場の、応接室。

 ポポロ村には、応接室、というほど、立派なものは、なかった。

 ただ、村役場の、二階の、一室を、玲が、急遽、整えたのだ。

 机を、磨き。

 椅子を、四脚、並べ。

 お茶を、淹れる、準備を、した。

 オロチは、その応接室に、案内された。

 彼の、純金のジャケットが、ポポロ村の、素朴な応接室の中で、異常に、浮いていた。

「……お茶、いいだがゃ」

 オロチは、ぽつりと、言った。

「ありがとうございます」

 玲は、キャルルに、お茶を、淹れてもらった。

 キャルルは、ダブルトンファーを、隅に、立てかけ、お茶を、淹れた。

 その所作は、もう、王族の、それ、だった。

 彼女は、玲の隣に、座った。

 オロチの、向かいに、玲と、キャルルが、座る。

「では」

 玲は、すっ、と、不当廉売是正勧告書を、机の上に、置いた。

「ゴルド会長。この書類について、ご説明させていただきます」

「おう、聞いてやるだがゃ」

 オロチは、腕を、組んだ。

 爬虫類のような瞳孔が、じっと、玲を、見つめている。

 玲は、淡々と、説明を、始めた。

「ゴルド商会は、ポポロ村の月見大根を、市場相場の約四十五パーセントの価格で、買い取っています」

「そうだがゃ」

「これは、ルナミス帝国商法、第三十七条に、違反します」

「……ふん」

「商業ギルドからの、除名処分の対象です」

「そりゃ、分かっとるがゃ」

 オロチは、平然と、頷いた。

 玲は、わずかに、目を、細めた。

(この男、自分が、違法行為をしている、自覚は、ある)

「では、なぜ、続けているのですか」

「儲かるからだがゃ」

「……」

「お前、商売の、基本が、分かっとらんがゃ。儲かることを、やめる商人なんて、おらんがゃ」

「では、もう一つ、お聞きします」

 玲は、別の書類を、取り出した。

「ゴルド会長。あなたは、月見大根を、市場相場の、何パーセントで、消費者に、売っていますか」

「は?」

「市場相場の、九十五パーセントです」

「……それが、どうしただがゃ」

「つまり、生産者から、相場の半額以下で買い、消費者には、ほぼ相場通りで売っている」

「当たり前だがゃ。中間マージンって、そういうもんだがゃ」

「マージン率、約五十パーセント」

「……」

「これは、商業ギルドの規定する、適正マージン率、二十パーセントの、二倍以上です」

 オロチの、爬虫類のような瞳孔が、ぴくり、と、動いた。

「お、お前、何が言いたいだがゃ」

「ゴルド会長」

「……」

「あなた、儲けすぎです」

「……ぐっ」

「商業ギルドに、報告すれば、二重の違反です。不当廉売と、過剰マージン」

「……」

「ゴルド商会、終わりですよ」

 オロチは、無言だった。

 彼の、爬虫類のような瞳孔が、玲を、じっと、見つめている。

 その目に、わずかに、興味の色が、混じり始めた。

「……お前、何者だがゃ」

「白石玲、と、申します」

「いや、本当に、ただの事務官か?」

「ただの、元・市役所職員です」

「……ふん」

 オロチは、純金のステッキを、机の上に、置いた。

「で、お前、何が、欲しいんだがゃ」

「ようやく、本題に、入れますね」

 玲は、にっこりと、笑った。

 公務員スマイルだった。

「ゴルド会長。私の提案は、シンプルです」

「言ってみろだがゃ」

「月見大根の買取価格を、市場相場の七十五パーセントまで、引き上げてください」

「七十五!? 高すぎるだがゃ!」

「相場の半額以下、というのが、異常なのです」

「……ぐっ」

「七十五パーセントなら、ゴルド商会のマージン率は、二十パーセント。商業ギルドの、適正基準、内です」

「でも、それじゃあ、利益が、減るだがゃ!」

「ゴルド会長」

「……」

「取引量を、五倍にしませんか」

「……は?」

 オロチの、目が、丸くなった。

 玲は、別の書類を、取り出した。

 ポポロ村の、月見大根、生産能力分析、だった。

「ポポロ村の、月見大根の、潜在的な生産能力は、現在の出荷量の、五倍以上、あります」

「……は?」

「現在は、ゴルド商会が、買い叩いているため、村人が、生産意欲を、失っています。畑の、半分以上が、休耕地です」

「……」

「もし、買取価格を、適正な水準まで引き上げれば、村人は、生産意欲を、取り戻します。畑を、再開させ、出荷量を、五倍に、できます」

「五倍、だがゃ……」

 オロチの、爬虫類のような瞳孔が、ぐっ、と、開いた。

 彼の頭の中で、計算が、始まっているのが、分かった。

「マージン率、二十パーセント。取引量、五倍」

「……」

「ゴルド商会の、利益は、現在の、二倍に、なります」

「……は?」

「生産者を、搾取するより、生産者を、豊かにする方が、儲かるんです」

「……」

「これが、市役所時代に、私が、消費者保護課の同僚から、学んだ、現代経済学の、基本です」

 オロチは、しばらく、無言だった。

 彼の、爬虫類のような瞳孔が、ぐるぐると、動いている。

 頭の中で、必死に、計算しているのが、見えた。

 そして──。

 オロチは、ばん、と、机を、叩いた。

「お前、ええなぁ!」

「……は?」

「お前、ええ男だがゃ! ワシ、お前、気に入ったがゃ!」

「……ありがとうございます」

「お前、うちで、働かんかぁ!? 給料、いくらでも、出すだがゃ!」

「すみません、ポポロ村の事務官、なので」

「もったいないだがゃ! お前、商人になれば、絶対、大成するだがゃ!」

「光栄です」

 玲は、にっこりと、笑った。

「では、ご契約、いただけますか」

「おう、おう、おう! 契約、するだがゃ!」

「契約書、こちらに」

 玲は、すっと、契約書を、差し出した。

 市場相場の七十五パーセントでの、月見大根の、新たな買取契約書、だった。

 オロチは、その契約書に、目を、通した。

 数秒、考えた。

 それから──。

 判子を、押した。

 玲も、自分の【公印】を、押した。

 ぱぁっ、と、書類が、光った。

 神聖契約、成立。

「ふん、ええ取引だがゃ」

 オロチは、純金のサングラスを、かけ直した。

「お前、書類で、ワシを、ねじ伏せた、初めての男だがゃ」

「光栄です」

「今後、何かあったら、いつでも、連絡しろだがゃ。ワシ、お前の、味方になるがゃ」

「ありがとうございます」

「ポポロ村も、よろしく頼むだがゃ、姫様」

 オロチは、キャルルに、深々と、頭を下げた。

 キャルルも、頷いた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「じゃ、ワシ、帰るだがゃ。ジオ・リザード、お腹空いとるだがゃ」

 オロチは、純金のステッキを、突きながら、応接室を、出ていった。

 玄関で、彼は、振り返って、玲に、こう、言った。

「白石玲! 覚えとけよぉ! ワシ、お前のこと、ずっと、見とるからなぁ!」

「光栄です」

「いつか、もっと、デカい仕事、一緒に、やるだがゃ!」

 オロチは、ニカっと、笑って、純金の馬車に、乗り込んだ。

 馬車が、走り出した。

 その後ろ姿を、見送りながら、キャルルが、ぽつりと、言った。

「玲さん」

「はい」

「勝ちましたね」

「はい」

「書類で、勝ちましたね」

「書類とハンコで、勝ちました」

 キャルルは、ふふっ、と、笑った。

 頭の上の、うさ耳が、嬉しそうに、ぴょこぴょこ、揺れていた。

「玲さん」

「はい」

「あの……」

「はい?」

「やっぱり、玲さんの書類、すごく、キレイ、ですね♡」

「……」

「しかも、強い、ですね♡」

「……」

「わたくしも、書類、覚えたいです♡」

 玲は、彼女の顔を、見た。

 瞳の色は、いつもの、ふんわりとした色、だった。

 ただ──。

 うさ耳の、揺れ方が、いつもより、激しかった。

「キャルル村長」

「は、はい」

「教えるのは、構いません」

「ほんとですかぁ!?」

「ただし──」

「ただし?」

「あなたの腕に抱きしめている、業務書類は、保管庫に、しまってください」

「えええっ!?」

「保管庫に、しまってください」

「だ、だって、これ、わたくしの、宝物で……」

「保管庫に、しまってください」

「う、ううっ……」

 キャルルは、しょんぼりと、書類の束を、抱きしめ直した。

 玲は、深く、息を、吐いた。

(勝負には、勝った)

(だが、まだ、戦いは、終わっていない)

 ポポロ村の、月見大根、問題は、解決した。

 しかし、玲には、まだ、もう一つ、戦う相手が、いた。

 書類を、宝物にする、月兎族の村長。

 彼女との戦いは、これから、長く、続くことに、なりそうだった。

 その夜、玲は、村役場の、宿舎で、ベッドに、横になった。

 窓の外には、半月が、浮かんでいた。

 満月まで、あと、一週間。

「ロード」

 玲は、ふと、口にした。

 配送員の青年が、伝えた、ロードの伝言。

『ポポロ村で、何か、面白いこと、始めるんやろ? ワテも、ちょっと、見に行くわ』

 あの男は、なぜ、玲のことを、知っているのだろうか。

 なぜ、玲の、これからの動きを、予測しているのだろうか。

 市役所時代の勘が、ささやく。

(あの男、ただ者では、ない)

(そして、いずれ、再会する)

 玲は、目を、閉じた。

 眠りに、落ちる、最後の瞬間、彼の頭の中に、一枚の書類が、ふっと、浮かんだ。

『新規任務、検出

 案件名:勇者ユート・ディスパーダの、税務申告漏れ

 緊急度:中

 処理予定:近日中』

 玲は、その書類を、見ながら、ぽつりと、呟いた。

「……勇者」

「税務申告漏れ」

 そして、彼は、ふっ、と、口角を、上げた。

「面白くなってきましたね」

 窓の外で、半月が、優しく、ポポロ村を、照らしていた。

、異世界を変えていく物語、勇者編、開幕。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ