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退職届を出したら異世界の村役場に配属されました 〜書類とハンコでヤンデレ村長と勇者を雇用しています〜  作者: 月神世一


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EP 5

勇者ユート・聖女クレア、税務申告漏れで、論破される

 ゴルド商会との、新たな契約が、結ばれてから、五日が、経った。

 ポポロ村は、活気を、取り戻し始めていた。

 休耕地だった畑が、次々と、耕されていく。

 村人たちが、月見大根の苗を、植え直していく。

 誰もが、笑顔だった。

 月見大根の、新たな買取価格は、市場相場の七十五パーセント。

 今までの、ほぼ二倍。

 この価格なら、生産しただけ、生産者が、潤う。

 玲は、村役場の窓から、その光景を、眺めていた。

 市役所時代、玲は、こういう光景を、見たことが、なかった。

 窓口に来るのは、いつも、困窮した人たちだった。

 書類を処理しても、その先で、市民が、笑顔になっているところを、玲が、直接、見ることは、なかった。

 でも、今は、違う。

 書類を、書いた。

 判子を、押した。

 そして、その結果として──。

 目の前で、村人たちが、笑顔で、畑を、耕している。

 市役所時代に、味わったことのない、達成感だった。

「玲さん」

 背後から、声がした。

 振り向くと、キャルルが、立っていた。

 いつものように、人参柄のハンカチを、手にしている。

 頭の上の、うさ耳が、嬉しそうに、ぴょこぴょこ、揺れていた。

 ただ──。

「まだ、抱きしめてるんですね、その書類」

「宝物ですから♡」

「……」

 業務書類を、宝物にしている、状態は、五日経っても、改善されなかった。

 玲は、もう、諦めた。

 諦める、というのも、公務員の、重要な技術だ。

「玲さん」

「はい」

「お昼ご飯、ご用意しました」

「ありがとうございます」

「今日は、肉椎茸の丼ぶりですよ!」

「……ありがとうございます」

 キャルルは、にっこりと、笑った。

 玲は、机に向かって、丼ぶりを、食べ始めた。

 キャルルは、向かい側に、座って、にこにこと、玲を、見守っている。

 例の、書類の束を、しっかりと、胸に、抱きしめたまま。

 玲が、肉椎茸を、ひと口、齧る。

 キャルルの、うさ耳が、ぴくり、と、動く。

 玲が、咀嚼する。

 キャルルの、うさ耳が、ぴく、ぴく、と、動く。

 玲が、飲み込む。

 キャルルの、うさ耳が、嬉しそうに、ぴょこん、と、動く。

 毎食、この、ルーティンだった。

 玲は、もう、慣れ始めていた。

(人間、何にでも、慣れる)

 市役所時代、灰皿を、七回も、投げられた玲が、言うのだから、間違いない。

「玲さぁん!」

 ばっ、と、ドアが、開いた。

 リリスが、ぱたぱたと、駆け込んできた。

「玲さん、玲さん、玲さーん!」

「リリスさん、どうしました」

「村の入り口で、変な人たちが、暴れてますぅ!」

「変な人たち」

「鉄の鎧を、ガチャガチャ鳴らした人と、その後ろにいる、白い服の、お姉さんですぅ!」

「……」

 玲は、丼ぶりを、置いた。

 頭の中で、【行政】スキルが、すっ、と、起動した。

『新規任務、検出

 案件名:勇者ユート・ディスパーダの、税務申告漏れ

 現在地:ポポロ村、入り口』

「来ましたか」

「えっ、知ってるんですかぁ!?」

「予測していました」

「えっ、なんでですかぁ!?」

「市役所時代の、勘です」

「意味分かんないですぅ!」

 玲は、丼ぶりを、急いで、平らげた。

 キャルルが、心配そうな顔で、玲を、見ていた。

「玲さん、お一人で、大丈夫ですか? わたくしも──」

「キャルル村長」

「は、はい」

「今回は、お一人で、大丈夫です」

「で、でも」

「今回は、書類だけで、解決できます」

 玲は、ジャケットを、羽織り、ネクタイを、締め直した。

 市役所時代の、覚悟の、仕草。

「キャルル村長は、村役場で、待機していてください」

「……分かりました」

「リリスさんは──」

「は、はい!」

「一緒に、来てください」

「えっ!? 私もですかぁ!?」

「あなた、女神でしょう」

「は、はい、見習いですけど」

「勇者の、ステータスを、見れますよね」

「あ、それなら、できますぅ!」

「では、いきましょう」

 玲は、村役場を、出た。

 リリスが、ぱたぱたと、後に、続いた。

 ポポロ村の、入り口で、その「勇者」は、暴れていた。

「さあ、魔王の手下よ! 出てこい! 俺、勇者ユート・ディスパーダが、成敗してくれる!」

 鉄の鎧をガチャガチャと鳴らした、青年が、剣を、振り回している。

 年齢は、二十歳前後。

 茶色い髪を、ボサボサに、しているが、顔立ちは、整っている。

 ただ──。

 目つきが、少し、悪い。

 遠目に見ると、頼もしい勇者に、見えるかもしれない。

 しかし、近くで見ると、ヤンキー上がりの、フリーターにしか、見えない。

「ユート、ちょっと、声大きい」

 彼の後ろから、一人の女性が、声を、かけた。

 ふんわりと、白い、聖女の衣装。

 長い、薄茶色の髪。

 優しそうな顔立ち。

 地球で言えば、お嬢様学校の、上品な女子大生、という雰囲気だった。

 ただ──。

 その手には、家計簿らしき、ノートと、ペンが、握られていた。

 しかも、なぜか、そろばんまで、持っている。

 なんとも、ちぐはぐな組み合わせだった。

「でも、クレア! 魔王の手下が、いるかもしれないんだ! 声を、上げないと、出てこないだろ!」

「ユート、村人さん、怖がってる」

 その通り、村人たちは、家の窓から、こっそりと、覗き込んでいた。

 全員、青ざめている。

 玲は、村の入り口まで、歩いていった。

「おう、来たな! お前が、村長か!?」

 ユートが、玲を、見て、剣を、構えた。

「いえ、事務官です」

「事務官!? そんなのに、用はない! 村長を、呼べ!」

「ご用件は」

「この村に、魔王の手下が、いると、聞いた! 出してもらおうか!」

「魔王の手下、ですか」

「そうだ!」

「具体的に、誰のことを、おっしゃっているんですか」

「……は?」

「魔王の手下、というのは、具体的に、誰のことを、指していますか」

「いや、それは、これから、調べるんだ!」

「……」

 玲は、深く、息を、吐いた。

(この勇者、馬鹿だ)

 市役所時代、玲は、こういう「証拠もなく、難癖をつけてくる市民」を、毎日のように、対応していた。

 扱い方は、知っている。

「ユート様」

「勇者様、と呼べ!」

「勇者様」

「……うむ、よかろう!」

「ご質問させてください」

「何だ!」

「あなた、ブレイブスキル、お持ちですよね」

「そ、そうだ!」

「ブレイブスキルは、民衆の支持が、高ければ、能力が、上がるスキルですよね」

「ま、まあ、そうだ!」

「で、今、あなたのブレイブスキルの、民衆評価は、いくつですか」

「……は?」

 ユートの顔色が、変わった。

「リリスさん」

「は、はい!」

「勇者様の、ステータス、お願いします」

「あ、はい! えっと、ちょっと、待ってください……」

 リリスは、エンジェルすまーとふぉんを、取り出した。

 画面を、操作する。

「えっとですねぇ……勇者ユート・ディスパーダ、ブレイブスキル、民衆評価……★2、ですぅ」

「……ぐっ!」

「借金残額、金貨80枚、ですぅ」

「……ぐっ、ぐぐぐっ!」

「所得税申告漏れ、過去三年分、ですぅ」

「……うわぁぁぁぁ! その情報、なんで分かるんだ!?」

 ユートは、思わず、剣を、取り落とした。

 その隣で、クレアは──。

 ぴたり、と、動きを、止めた。

 彼女の、家計簿を握っていた手が、ふっ、と、緩んだ。

「……所得税、申告漏れ?」

 クレアの声が、低くなった。

 彼女は、ゆっくりと、ユートの方を、向いた。

「ユート」

「な、なんだクレア」

「所得税、ちゃんと、申告してるよね?」

「え、いや、その」

「ちゃんと、申告してるよね?」

「……一年目だけ、申告した」

「……は?」

「二年目から、めんどくさくなって、やってない」

「……は? は? は?」

 クレアの顔から、表情が、消えた。

 彼女の手が、震え始めた。

 そして──。

 そろばんを、握りしめた。

「ユート」

「ひ、ひっ、ク、クレア、待って!」

「私が、ずっと、家計簿、つけて、NISA積立して、節約して、節約して、節約してきたのに」

「いや、その、悪気は──」

「あんた、税金、払ってなかったの?」

「……はい」

「この、馬鹿勇者がぁぁぁぁ!」

 クレアは、そろばんで、ユートの後頭部を、思い切り、叩いた。

 ガッ、と、いう音と共に、ユートが、頭を、押さえて、しゃがみ込んだ。

「いてててて! ク、クレア、暴力反対!」

「暴力じゃないわよ、これは、家計の指導よ!」

「いやいや、家計の指導で、そろばん使わないだろ!」

「じゃあ、何で叩けば、いいのよ!」

「叩くな!」

「叩くわよ! あんた、知らないでしょうけど、所得税の未申告って、追徴課税が、すごい額になるのよ!」

「……え?」

「……え? じゃないわよ!」

 クレアは、もう一度、そろばんを、振り上げた。

 その時──。

「お二人とも、落ち着いてください」

 玲が、静かに、間に入った。

 クレアが、玲を、見た。

 彼女の目には、まだ、怒りの色が、残っていた。

「あなた」

「白石玲と、申します」

「白石、玲さん」

「はい」

「この、馬鹿勇者の、追徴課税、いくらになりますか」

「こ、こら、クレア! いきなり聞くな!」

「黙ってなさい」

「……はい」

 玲は、ふっ、と、口角を、上げた。

 市役所時代に、滅多に、見せなかった、表情だった。

 【行政】スキルが、起動する。

『勇者ユート・ディスパーダ、税務分析

 過去三年間の、討伐報酬収入:合計金貨480枚

 雑所得として、所得税の課税対象

 未申告分の追徴課税:金貨80枚(元本金貨64枚 + 延滞税金貨16枚)』

「金貨80枚」

「……は?」

 ユートが、目を、丸くした。

 クレアは、ぴたり、と、動きを、止めた。

「……金貨80枚?」

「はい」

「ユート、あんたの、借金残額と、同じね」

「……あ、あ、あ」

「つまり、魔王、倒したとしても、追徴課税、払ったら、借金、増えるってこと?」

「……あ、あ、あ、あ」

「やっぱり、馬鹿じゃないの、あんた」

「……お、おう」

 ユートは、地面に、しゃがみ込んだ。

 頭を、抱えて、ぶつぶつと、独り言を、呟き始めた。

「ちきしょう……俺の、勇者人生、終わった……ちきしょう……ちきしょう……」

 クレアは、その隣で、計算を、始めていた。

 そろばんを、玉を、ぱちぱちと、弾く。

「でも、追徴課税は、過去の話よね。これから、ちゃんと申告すれば、未来は、明るいわよね?」

「そうですね」

「で、これからの、討伐報酬、ちゃんと申告すれば、毎月、いくらが、税金で取られるんですか」

「月の収入の、約二十パーセントです」

「……二割!? 二割も!? うちの家計、破綻しちゃう!」

「いえ、必要経費を、申告すれば、控除されます」

「必要経費って、何ですか?」

「鉄の鎧、武器、薬草、宿泊費、食費の一部、移動費、これらは、業務上の必要経費として、認められます」

「え、それも、認められるんですか?」

「ええ。きちんと、申告すれば」

「……ふむふむ」

 クレアの、目の色が、変わった。

 怒りの色から──。

 計算の色へ。

 彼女は、家計簿を、開いて、メモを、取り始めた。

「白石、玲さん」

「はい」

「詳しく、教えてくれませんか」

「もちろんです」

「特に、節税対策について、詳しく」

「節税、というのは、語弊があります。適切な経費計上、と、申し上げましょうか」

「……あなた、いい感じですね」

「ありがとうございます」

 地面に、しゃがみ込んでいた、ユートが、ふらり、と、立ち上がった。

「お、おい、お前ら、何の話、してるんだ」

「ユートには、関係ないわよ」

「俺の、税金の話だろ!? 関係あるだろ!?」

「あんたは、黙って、剣、振ってればいいの」

「ひでぇ!」

 玲は、二人の様子を、見ながら、心の中で、頷いた。

(この二人、思っていたより、面白い)

 市役所時代、玲は、こういう、コンビ漫才のような、夫婦を、何組も、見てきた。

 バカな夫、しっかりした妻。

 あるいは、その逆。

 どちらも、結局、長続きする。

 なぜなら、お互いの欠点を、補い合っているからだ。

 ユートとクレアは──。

 明らかに、前者だった。

 そして、その二人は、なぜか、玲の心を、わずかに、温かくした。

「で、あなた、ただの事務官じゃないですよね」

 クレアは、家計簿を、閉じて、玲を、見た。

 彼女の目には、もう、最初の上品な聖女の色だけでは、なかった。

 計算高い、商売人の色が、混じっていた。

「私は、ただの、元・市役所職員です」

「市役所職員」

「日本の、地方公務員、です」

「……日本?」

「転生者、です」

「ああ、佐藤太郎様のような」

「そうです」

「で、市役所で、何の仕事を、されていたんですか」

「福祉課、です。生活保護受給者の、申請対応、各種社会保障の、手続き、それと、市民の方々の、税務相談、消費者保護案件、行政指導案件、です」

「……それ、全部、私たちが、必要としているスキル、ですね」

「そうですね」

「ユート」

「な、なんだ」

「この方、私たちで、囲い込みましょう」

「……は?」

「離してはいけません」

「な、何の話だ、クレア!」

「ユート、あなた、勇者、続けたいんでしょう?」

「そ、そりゃあ、当たり前だ!」

「じゃあ、この方の、力が、必要なの」

「……?」

「白石玲さん」

「はい」

「私たちと、契約しませんか」

「契約」

「ユートの、税務処理、家計管理、それと、PR業務、全部、お任せしたいんです」

「……」

「報酬、いくらでも、お支払いします」

「クレアさん」

「はい」

「それは、できません」

「……え?」

 クレアの顔から、計算の色が、消えた。

「な、なぜ、ですか」

「私は、ポポロ村の事務官です。他の契約は、できません」

「……ぐっ」

「ただし、ご提案が、あります」

「……ご提案?」

「ユート様」

「お、おう」

「勇者業を、続けながら、税務上、合法的に、収入を増やしたく、ありませんか」

「そりゃあ、当然だ!」

「民衆評価★2、というのも、改善したいですよね」

「……ぐっ」

「借金残額金貨80枚、も、減らしたいですよね」

「……ぐぐっ」

「すべてを、解決する、方法が、あります」

「……ほ、本当か!?」

 ユートが、ぱっと、顔を、上げた。

 クレアも、興味深そうに、玲を、見た。

「何ですか、その方法」

「お二人で、こちらに、来てください」

 玲は、村役場の方を、指さした。

「ポポロ村の、村役場で、ご相談を、続けましょう」

 村役場の、応接室。

 オロチを迎えた、あの部屋に、今度は、ユートとクレアが、座っていた。

 二人とも、ポポロ・コーヒーを、ちびちびと、飲んでいる。

 ユートは、まだ、ぶつぶつと、独り言を、呟いている。

 クレアは、家計簿を、開いて、メモを、取る準備を、している。

 そろばんは、机の上に、置かれていた。

 いつでも、ユートを叩けるように。

 玲は、二人の向かいに、座った。

 その隣には、リリスが、座っている。

 キャルルは、村役場の、別の部屋で、待機していた。

「では、ご提案を、申し上げます」

 玲は、一枚の書類を、机の上に、置いた。

 上部には、こう、記されていた。

『仮認可勇者事業者制度・申請書』

「……仮認可、勇者、事業者?」

「は、はい」

「何ですか、それ」

「新しい制度です」

「新しい?」

「今、考えました」

「……は?」

「ご説明します」

 玲は、淡々と、説明を、始めた。

「現在、勇者は、登録制です。やる気と、登録料を、払えば、誰でも、勇者に、なれます」

「そ、そうだ!」

「しかし、この制度には、問題があります」

「問題?」

「勇者は、税務上、雑所得扱いです。経費の計上が、難しく、不当に、高い税率が、適用されます」

「……ぐっ」

「また、勇者は、各地で、トラブルを起こしがちです。今回のように、根拠もなく、村に乗り込む、ような」

「……ぐぐっ」

「結果として、ブレイブスキルの、民衆評価が、下がります」

「……ぐぐぐっ」

「つまり、現状の勇者制度は、勇者にとっても、村人にとっても、不利益です」

 ユートは、何度も、頷いた。

 クレアは、メモを、取り続けていた。

「そこで、私は、提案します」

「な、なんだ」

「ポポロ村が、勇者を、行政認可します」

「……は?」

「ポポロ村の、認可を受けた勇者、になる、ということです」

「な、何が、変わるんだ」

「色々と、変わります」

「例えば?」

「第一に、勇者業務が、ポポロ村の、行政委託業務になります」

「……?」

「つまり、雑所得ではなく、業務委託契約による、事業所得になります」

「……??」

「税務上、経費の計上が、しやすくなり、税負担が、約半分に、なります」

「……!」

「ぐっ……!! ユート、これ、すごい!」

 クレアが、思わず、家計簿を、握りしめた。

「第二に」

「まだ、あるのか!」

「ポポロ村の、認可を受けた、ということで、村の信頼を、背負うことになります」

「……?」

「結果として、ブレイブスキルの、民衆評価が、上がります」

「……!?」

「第三に」

「まだ、あるの!?」

「勇者業務における、各種事務処理を、ポポロ村が、代行します」

「……!?」

「つまり、税務、家計管理、PR、依頼受注、報酬精算、すべてを、私が、代行します」

「……ぐっ、ぐっ、ぐっ」

「第四に」

「ま、まだ、あるんですか!?」

「ポポロ村の認可料は、月、銀貨二枚、です」

「……銀貨、二枚? たった、二千円?」

「はい」

「……破格すぎる」

「……それで、何が、欲しいんだ、お前」

 ユートが、警戒する目で、玲を、見た。

 市役所時代の経験で言えば、こういう「条件が、良すぎる」案件は、十割の確率で、裏がある。

 ユートも、馬鹿ではあるが、その勘は、あるらしい。

「ご質問、ありがとうございます」

「……お、おう」

「お二人に、お願いしたいことは、二点です」

「は、はい」

「第一に」

「第一に?」

「根拠のない、村への、乗り込み、を、控えてください」

「……ぐっ」

「第二に」

「第二に?」

「ポポロ村に、何か、問題が、発生した時には、勇者として、ご協力ください」

「……協力?」

「ポポロ村は、ルナミス、レオンハート、アバロンの、緩衝地帯にあります」

「……はい」

「何かしらの、外部からの脅威が、発生する可能性が、あります」

「……あー、それで、勇者を、囲っておきたい、と」

「そういうことです」

「正直で、よろしい」

 クレアが、目を、細めた。

「じゃあ、私たちにとっては、税務処理、PR、信頼度、すべてが、向上」

「はい」

「ポポロ村にとっては、勇者の戦力を、安定確保」

「そうです」

「……Win-Win、ですね」

「そうです」

「でも、ちょっと、待ってください」

「はい」

「この制度、まだ、聞いたことがないんですけど」

「今、考えました」

「……つまり、まだ、存在しない制度ですよね?」

「そうです」

「じゃあ、なぜ、私たちが、それに、登録しないといけないんですか」

「いえ、登録は、自由です」

「……は?」

「ご縁です」

「ご縁、ですか」

「はい。ご興味が、あれば、いかがでしょうか」

 クレアは、しばらく、無言だった。

 彼女は、家計簿を、開いた。

 ぱちぱちと、そろばんを、弾く。

 計算を、始めている。

 数分後、彼女は、ふっ、と、笑った。

「……白石玲さん」

「はい」

「あなた、商人になっても、絶対に、成功しますね」

「ありがとうございます」

「でも、一つだけ、条件を、つけさせてください」

「何でしょう」

「仮認可、ではなく、即正式認可で、お願いします」

「……それは、できません」

「え?」

「お二人の、誠意を、見せていただきたいので」

「……誠意?」

「三ヶ月の、試用期間中に、適切な行動を、取っていただければ、正式認可と、致します」

「……ぐぐぐっ」

「条件は、フェアでしょう」

「……でも、私たち、信用されてないってことですか」

「いえ、信用は、構築するもの、です」

「……ぐっ」

「いかがでしょうか」

「……分かりました」

 クレアは、頷いた。

 ユートも、しぶしぶ、頷いた。

「……ただし、ユート」

「な、なんだ、クレア」

「この三ヶ月、絶対に、変な行動、するなよ?」

「わ、分かってる!」

「根拠のない、村への、乗り込み、絶対に、ダメよ?」

「わ、分かってる!」

「あんたが、暴走したら、そろばん、十回、ね?」

「……勘弁してくれ」

 クレアは、契約書に、判子を、押した。

 ユートも、しぶしぶ、判子を、押した。

 玲も、自分の【公印】を、押した。

 ぱぁっ、と、書類が、光った。

 神聖契約、成立。

「……これで、私たちは、仮認可勇者事業者」

「そうです」

「ふん、悪い気は、しないわね」

 クレアは、立ち上がった。

 ユートも、立ち上がった。

「じゃあ、白石玲さん」

「よろしくお願いします、クレアさん、ユート様」

「勇者様、と、呼べ!」

「ユート、勇者様、っていうのは、民衆評価が、上がってから、自称するものよ」

「……ぐっ」

「今は、ただの、★2勇者よ」

「……ぐぐぐっ」

 二人は、村役場を、出ていった。

 彼らの後ろ姿が、見えなくなってから、リリスが、ぽつりと、言った。

「玲さぁん」

「はい」

「勇者さん、可哀想でしたぁ」

「同感です」

「でも、なんか、面白かったですぅ」

「同感です」

「特に、聖女さんの、そろばん攻撃が」

「同感です」

 玲は、ふっ、と、笑った。

 市役所時代に、滅多に、見せなかった、素の笑顔だった。

 その時──。

 応接室の、隣の部屋から、すーっ、と、ドアが、開いた。

 キャルルが、立っていた。

 頭の上の、うさ耳が、ぴくり、と、動いた。

 ぴく、ぴく、と、もう一度、動いた。

「玲さん」

「は、はい」

「勇者様と、聖女様を、ポポロ村の、認可勇者に、されたんですね」

「は、はい」

「素晴らしい、ご判断、です♡」

「……あ、ありがとうございます」

「わたくしの、玲さんは、本当に、優秀ですね♡」

「……」

「わたくしの、玲さん、です♡」

「……」

 「わたくしの」、と、何度も、強調する、口調だった。

 玲は、ネクタイを、締め直した。

 市役所時代の、覚悟の、仕草。

 今、その仕草の、新たな用途を、彼は、悟った。

 これは、月兎族の村長の、所有欲から、自分を、守るための、防衛装備でも、あった。

 その夜。

 ポポロ村の、宿舎。

 玲は、ベッドに、横になりながら、天井を、見上げていた。

 今日、勇者ユートと、聖女クレアを、仮認可勇者として、登録した。

 彼らは、これから、三ヶ月の、試用期間を、過ごす。

 その間、彼らが、どう、変わっていくのか。

 あるいは、変わらないのか。

 玲には、まだ、分からなかった。

 ただ──。

 市役所時代の、経験で言えば、こういう「制度に組み込まれた人間」は、時間と共に、必ず、変わる。

 最初は、しぶしぶ。

 次に、慣れる。

 最後には、その制度に、馴染んでいく。

 ユートと、クレアも、きっと、そうなるだろう。

 玲は、そう、信じていた。

 そして、もう一つ、玲が、密かに、考えていたこと。

 仮認可勇者事業者制度は、今、ポポロ村だけのものだ。

 しかし、もし、これを──。

 三国全体に、広げることが、できれば。

 ポポロ村は、ルナミス、レオンハート、アバロンの、緩衝地帯にある。

 その緩衝地帯から、新しい制度を、発信する。

 それは、ポポロ村を、ただの辺境村から、新しい、何かに、変える可能性が、あった。

 玲は、ふっ、と、口角を、上げた。

(面白くなってきた)

 窓の外で、月が、輝いていた。

 今、月齢、二十二日。

 満月まで、あと、五日。

 玲は、まだ、知らない。

 その満月の夜に──。

 ポポロ村に、最初の、本物の、戦いが、訪れることを。

 そして、その夜に──。

 キャルルの、本当の姿が、初めて、玲の前に、現れることを。


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