EP 11
満月の夜、月兎族の真の姿(前編)
満月の、当日。
その日は、朝から、ポポロ村が、静かだった。
いつもの、活気が、なかった。
村人たちは、どこか、そわそわと、していた。
そして──。
キャルルは、朝から、姿を、見せなかった。
「玲さぁん」
村役場で、リリスが、不安そうに、玲の袖を、引いた。
「村長さん、今日、見ないですねぇ」
「ええ」
「どこに、行ったんでしょう」
「ネギオさんに、聞いてみましょう」
玲は、ネギオを、呼んだ。
毒舌の、ポーン教師は、村役場に、やってくると、ふん、と、鼻を、鳴らした。
「村長か」
「ええ。今日、姿を、見ないのですが」
「満月だからな」
「満月、ですか」
「村長は、満月の夜は、自宅で、過ごされる」
ネギオの、声が、いつもより、低かった。
「月兎族の、本能が、最大化される夜だ。普段は、自宅に、籠もって、誰とも、会わない」
「……なぜですか」
「コントロールが、効かなくなるからだ」
「……」
「満月の、月兎族は、人が、変わる。普段の、穏やかさは、消える」
「……」
「だから、村長は、自分から、人と、距離を、置く。村人を、巻き込まないために」
玲は、無言で、頷いた。
昨夜、キャルルが、言っていたことと、一致していた。
「明日の夜は、わたくしから、離れていてください」
「わたくし、玲さんを、傷つけたくないんです」
キャルルは、自分の、本能を、恐れていた。
だから、自宅に、籠もっている。
誰も、傷つけないように。
「ネギオさん」
「なんだ」
「満月の夜、村に、危険は、ないのですか」
「……普段は、ない」
「普段は」
「ああ」
ネギオの、目が、細くなった。
「だが、今夜は──」
「今夜は?」
「何か、嫌な予感が、する」
玲は、ぴくり、と、反応した。
「ネギオさんも、ですか」
「貴様も、か」
「キャルル村長も、言っていました。『何か、大きなものが、近づいている』、と」
「……月兎族の、勘か」
「ええ」
「月兎族の、勘は、当たる」
ネギオは、ふん、と、鼻を、鳴らした。
「特に、満月の、前後はな」
「……」
「貴様、今夜は、警戒しておけ」
「分かりました」
玲は、頷いた。
市役所時代の勘も、ささやいていた。
今夜、何かが、起きる。
その予感は、確実に、強まっていた。
夕方。
玲は、村役場で、その日の、書類を、片付けながら、窓の外を、見ていた。
空が、藍色に、染まっていく。
そして──。
東の空に、満月が、昇り始めた。
完全な、まんまるの、月。
その光が、ポポロ村を、煌々と、照らし始めた。
その時──。
「玲さん」
ドアが、すっ、と、開いた。
ユートと、クレアが、入ってきた。
二人とも、旅装束だった。
「お、玲さん。報告に、来たぞ」
「ユート様、クレア様。お疲れさまです」
「隣村の、魔獣討伐、完了したわ」
クレアが、報告書を、差し出した。
「ゴブリン、十五体。問題、なかったわ」
「ありがとうございます」
「で、これから、宿に、戻るんだけど──」
クレアが、ふと、窓の外を、見た。
満月が、輝いていた。
「……今夜、満月、ね」
「ええ」
「村長さん、大丈夫?」
「……?」
「いえ、月兎族って、満月の夜、特殊って、聞いたから」
玲は、頷いた。
「ええ。今、自宅に、籠もっておられます」
「そう」
クレアは、ふっ、と、息を、吐いた。
「じゃあ、私たちも、宿に──」
その時──。
村の、入り口の方から、悲鳴が、聞こえた。
「きゃあああ!」
「な、なんだ!?」
玲は、立ち上がった。
ユートも、クレアも、はっと、した。
「玲さぁん!」
リリスが、村役場に、駆け込んできた。
「村の、入り口に! 変な人たちが!」
「変な人たち?」
「武器を、持った人たちが、いっぱい、来ましたぁ!」
玲は、窓の外を、見た。
村の、入り口に──。
松明の、明かりが、いくつも、並んでいた。
その数──。
目算で、五十。
武装した、男たち。
明らかに、堅気では、ない。
盗賊団だった。
「ユート様、クレア様」
「お、おう!」
「戦えますか」
「当たり前だ!」
「私たちが、いるわ」
玲は、頷いた。
そして、ジャケットの内ポケットから、書類を、取り出した。
「リリスさんは、村役場で、待機を」
「は、はい!」
「ユート様、クレア様。私と、一緒に、村の入り口へ」
「了解!」
玲、ユート、クレアは、村の入り口へと、向かった。
村の、入り口。
そこに──。
五十名の、盗賊団が、整列していた。
全員、武装している。
剣、斧、槍。
そして、その先頭に──。
一人の、大男が、立っていた。
身長、二メートル近く。
全身、筋肉の塊。
手には、巨大な、剣。
そして、その身体には──。
無数の、鎖が、巻き付いていた。
【査定眼】が、起動する。
『対象:ガロ
通称:「鎖の」ガロ
元・A級冒険者
現・盗賊団リーダー
特殊体質:闘気喰らい。相手の闘気を、吸収し、無力化する
危険度:A』
玲の、目が、細くなった。
闘気喰らい。
厄介な、体質だった。
「よう」
ガロが、にやり、と、笑った。
「ポポロ村が、最近、儲かってるらしいな」
その声が、低く、響いた。
「月見大根で、大儲けしてるって、聞いたぜ」
「……」
「だから、来てやったんだ。俺たちに、儲けを、分けろや」
「お断りします」
玲は、すっと、前に、出た。
「あ?」
「ポポロ村、事務官の、白石玲です」
「事務官?」
「あなた方の、要求には、応じられません」
「……は?」
ガロが、玲を、上から下まで、見た。
「お前、武器も、持ってねえじゃねえか」
「戦闘力は、ゼロです」
「は?」
「ですが──」
玲は、書類を、構えた。
「書類で、対応します」
「……はあ?」
ガロが、ぽかんと、した。
それから──。
げらげら、と、笑い出した。
「書類で、対応!? わはははは! 何だそりゃ!」
「事実です」
「お前、頭、おかしいんじゃねえか!?」
「よく、言われます」
玲は、淡々と、答えた。
ガロは、笑いを、収めると、剣を、構えた。
「まあ、いい。お前みたいな、変な事務官は、最初に、殺してやる」
「ユート様、クレア様」
「お、おう!」
「いるわ」
「応戦してください」
玲が、命じた。
その瞬間──。
「ライトニング・ブレイク!」
ユートが、剣に、闘気と、雷魔法を、纏わせ、突進した。
しかし──。
ガロが、それを、片手で、受け止めた。
「な!?」
ユートの、剣が、ガロの、剣に、阻まれた。
そして──。
ガロの、身体に、巻かれた鎖が、青白く、光った。
ユートの、闘気が、吸い取られていく。
「な、なんだ、これ!?」
「ユート!」
ユートの、力が、急速に、抜けていく。
ガロが、にやり、と、笑った。
「俺の、体質はな。闘気を、喰らうんだよ」
「……っ!」
「お前みたいな、勇者の、闘気は、特に、美味い」
ガロが、ユートを、蹴り飛ばした。
ユートが、地面を、転がった。
「ユート!」
クレアが、ユートに、駆け寄った。
すぐに、シールドを、展開する。
「大丈夫、ユート!?」
「く、くそ……闘気が、出ねえ……」
「ユート、立てる?」
「……ああ、なんとか」
ユートは、よろよろと、立ち上がった。
しかし、その動きが、明らかに、鈍かった。
闘気を、吸われたせいで、力が、出ない。
「クレア、お前は!?」
「私のシールドは、闘気じゃ、ないわ。聖魔法よ」
「じゃあ!」
「ええ。私が、前に、出る」
クレアが、シールドを、纏ったまま、前に、出た。
ガロに、向かって、突進する。
「シールドメリケン!」
クレアの、拳に、シールドが、集中した。
ガロに、向かって、繰り出す。
しかし──。
ガロが、その拳を、剣の腹で、受け止めた。
「ほう、聖魔法か」
「……っ!」
「だが、遅えな」
ガロが、剣を、振るった。
クレアが、シールドで、防ぐ。
ガキィン!
しかし──。
ガロの、剣の、威力が、あまりにも、強かった。
クレアの、シールドごと、彼女が、吹き飛ばされた。
「クレア!」
クレアが、地面に、叩きつけられた。
シールドが、彼女を、守ったが、質量で、ふっ飛ばされたのだ。
「く……っ」
「クレア! 大丈夫か!?」
「……なんとか」
クレアが、立ち上がった。
しかし、その顔に、焦りが、浮かんでいた。
「ユート……あいつ、強いわ」
「ああ……」
「A級冒険者崩れって、聞いてたけど、想像以上よ」
「……どうする?」
二人は、ガロを、睨んだ。
ガロは、にやり、と、笑った。
「どうした? 勇者と、聖女が、その程度か?」
「……っ!」
「まあ、いい。さっさと、片付けて、村を、いただくぜ」
ガロが、剣を、構えた。
そして、盗賊団に、命じた。
「お前ら、村を、襲え! 金目のものは、全部、奪え!」
「「「おう!」」」
五十名の、盗賊団が、村に、向かって、突進し始めた。
村人たちの、悲鳴が、響いた。
絶望的な、状況だった。
ユートは、闘気を、吸われて、力が、出ない。
クレアの、シールドも、ガロの、剣の前では、心許ない。
村は、丸裸だった。
その時──。
玲が、すっと、前に、出た。
「待ってください」
「あ?」
「まだ、戦いは、終わっていません」
「お前、まだ、いたのか。事務官」
「ええ」
「お前なんか、闘気を、吸う、価値も、ねえな」
ガロが、玲に、剣を、向けた。
「死ね、事務官」
ガロが、剣を、振り下ろそうとした。
その時──。
村の、中心部の方から、建物の窓が、ぱっ、と、開く音が、した。
ガロの、動きが、止まった。
玲も、ユートも、クレアも、その方向を、見た。
満月の、光の中で。
一つの、建物──村長の、自宅の、窓が、開いていた。
そして、その窓辺に──。
一人の、人影が、立っていた。
小柄な、人影。
頭の上に、白くて、長い、うさ耳。
手には、ダブルトンファー。
キャルル・ムーンハート。
ただし──。
その姿は、いつもの、彼女では、なかった。
月明かりが、彼女を、照らしている。
その瞳は──。
完全に、紅く、染まっていた。
爛々と、輝く、紅い瞳。
頬は、わずかに、紅潮している。
うさ耳は、ぴしり、と、垂直に、立っていた。
そして──。
彼女は、にっこりと、笑った。
いつもの、温かい笑顔では、ない。
恍惚とした、笑顔だった。
「ふふ……」
彼女の声が、響いた。
いつもの、ふんわりとした声では、ない。
低くて、甘くて、ぞくりとする声だった。
「ふふふっ……♡」
キャルルは、窓辺から、ふわり、と、飛び降りた。
その動作が、異様に、軽やかだった。
着地の、瞬間──。
地面が、わずかに、揺れた。
彼女が、ゆっくりと、顔を、上げた。
紅い瞳が、盗賊団を、見据えた。
「わたくしの、村に……」
彼女が、ダブルトンファーを、構えた。
「近づくな♡」
その瞬間──。
キャルルの、姿が、消えた。
「は!?」
盗賊団の、一人が、目を、見開いた。
次の、瞬間──。
その盗賊の、顎に、膝蹴りが、突き刺さっていた。
月影流、顎砕き。
ゴキィン!
骨の、砕ける音。
盗賊が、宙を、舞った。
誰も、キャルルの、動きを、見ることが、できなかった。
あまりにも、速い。
「な、なんだ!?」
「敵か!?」
盗賊団が、混乱した。
そして──。
キャルルが、再び、消えた。
次の、瞬間──。
回し蹴りが、別の盗賊を、薙ぎ倒していた。
月影流、鐘打ち。
特注の、安全靴が、盗賊の、頭部を、捉えた。
ドゴォン!
盗賊が、吹き飛んだ。
そして、また、消える。
また、現れる。
乱れ鐘打ち。
連続の、回し蹴りが、盗賊団を、次々と、薙ぎ倒していく。
一人。
二人。
三人。
四人。
五人。
まるで、嵐のように。
月明かりの中で、キャルルが、舞っていた。
その動きは、優雅で、しかし、暴力的だった。
紅い瞳を、輝かせながら。
恍惚とした、笑みを、浮かべながら。
「ふふ……ふふふっ……♡」
「楽しい……♡」
「もっと……もっと、来て♡」
玲は、その光景を、呆然と、見ていた。
これが、満月の、月兎族。
これが、キャルル・ムーンハートの、真の姿。
「……すごい」
ユートが、つぶやいた。
「村長さん、あんなに、強かったのか……」
「……ええ」
「俺たち、いらなかったんじゃ……」
クレアも、呆然と、していた。
キャルルの、戦闘力は、圧倒的だった。
盗賊団の、半数が、すでに、地に、伏していた。
残りの、盗賊たちは、恐怖で、震えていた。
「ば、化け物だ……」
「に、逃げろ……」
盗賊たちが、後ずさり、始めた。
その時──。
「待て」
ガロが、剣を、構えた。
「お前ら、逃げるな」
「で、でも、ボス! あの、月兎族、化け物です!」
「……月兎族か」
ガロが、にやり、と、笑った。
「ちょうど、いい」
ガロが、キャルルに、向き直った。
「おい、月兎族の、お嬢ちゃん」
「ふふ……?」
「お前の、力、いただくぜ」
ガロの、身体に、巻かれた鎖が、青白く、光った。
「闘気喰らい」
「玲さん!」
クレアが、叫んだ。
「あいつ、闘気を、吸う体質よ! 村長さんの、力も!」
玲は、はっと、した。
キャルルの、月兎族の力は、闘気に、依存している。
もし、ガロが、その闘気を、吸えば──。
「キャルル村長! 気をつけて!」
玲が、叫んだ。
しかし、満月の、キャルルは──。
恍惚として、聞いていなかった。
「ふふ……大きいの、来た♡」
キャルルが、ガロに、向かって、突進した。
「月影流、破衝撃!」
ダブルトンファーに、闘気を、乗せて、ガロに、叩き込もうとする。
しかし──。
ガロが、その一撃を、受け止めた。
そして、鎖が、光る。
キャルルの、闘気が、吸い取られていく。
「ふ……?」
キャルルの、動きが、止まった。
彼女の、闘気が、急速に、抜けていく。
「な……んで……?」
キャルルが、初めて、戸惑った。
彼女の、月兎族の力が──。
通じない。
ガロが、にやり、と、笑った。
「お前の、闘気、美味いな」
「……っ!」
「もっと、よこせ」
ガロが、剣を、振るった。
キャルルが、咄嗟に、ダブルトンファーで、防ぐ。
しかし──。
闘気を、吸われたせいで、力が、出ない。
ガロの、剣の、威力に、押し負けた。
キャルルが、吹き飛ばされた。
「キャルル村長!」
玲が、叫んだ。
キャルルが、地面に、叩きつけられた。
彼女の、紅い瞳が、わずかに、揺れた。
「な……んで……わたくしの、力が……」
キャルルが、よろよろと、立ち上がろうとした。
しかし、ガロが、その前に、立ちはだかった。
「終わりだ、月兎族」
ガロが、剣を、振り上げた。
「お前の、力、全部、いただくぜ」
その時──。
キャルルが、血を、吐いた。
しかし──。
彼女は、それでも、立ち上がろうとした。
「村を……守らなきゃ……」
「村を……」
満月の、キャルルは、コントロールを、失っていても。
村を、守る、その一念だけは、消えていなかった。
彼女は、よろめきながら、ガロに、立ち向かおうとした。
しかし──。
もう、力が、出なかった。
闘気を、吸われ尽くしていた。
ガロの、剣が、振り下ろされる。
その瞬間──。
「待ってください」
玲が、ガロの、前に、立ちはだかった。
「あ?」
「お前、また、お前か」
「ええ」
「邪魔すんな」
ガロが、玲を、睨んだ。
「お前なんか、闘気も、ねえ。喰らう、価値も、ねえ」
「ええ」
「だから──」
ガロが、剣を、玲に、向けた。
「ただ、死ね」
ガロが、剣を、振り下ろそうとした。
その時──。
玲が、すっと、一枚の、書類を、構えた。
ガロの、動きが、止まった。
「……何だ、その紙」
「書類です」
「は?」
「ポポロ村への、不法侵入につき」
玲の、声が、響いた。
月明かりの中で。
倒れた、キャルルの、前で。
戦闘力ゼロの、男が。
たった一枚の、書類を、構えて。
「当村の、正当防衛権を、ここに、発行します」
その書類に──。
玲が、【公印】を、押した。
ぱぁっ!
書類が、眩い光を、放った。
その光が、村全体に、広がっていく。
そして──。
何かが、変わり始めた。
第11話・了
【次回予告】
満月の夜。
倒れたキャルルの前で、玲が、構えた、一枚の書類。
【公印】が、放つ、眩い光。
その光が、村全体に、広がった、その時──。
ポポロ村の、自警団全員の、闘気が、跳ね上がる。
「な、なんだ、これは!?」
ガロが、初めて、動揺する。
そして、玲は、もう一枚の、書類を、構える。
「ガロ。あなたに、逮捕状を、発行します」
「……は?」
「神でも、破れない契約。それは──」
「あなたの、闘気喰らいの体質をも、無力化します」
「な、なんだと!?」
闘気を、喰らう、男。
その体質が、神務契約の前に、無力化される。
そして──。
闘気を、取り戻した、キャルルが、立ち上がる。
紅い瞳を、輝かせて。
「玲さんが……守って、くれた♡」
月兎族の、最強の一撃が、ガロに、向かって、放たれる。
「超電光流星脚!」
書類が、戦局を、変える。
戦闘力ゼロの、男が、ヤンデレ村長を、守る。




