表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『クラス対抗デスゲームで最弱の歩兵だった俺、実は盤上最強でした』  作者: 水前寺鯉太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/55

第49話 王の自裁、あるいは歩兵の祝祭

第49話『王の自裁、あるいは歩兵の祝祭』


 0850。

 摺鉢山の空気は、昨日までの硝煙と泥の匂いを残しながらも、どこか凛とした静寂に包まれていた。

 停止したからくり兵の赤いセンサーが、死の灯火を消す。

 運営本部からのゲートが開き、フィールドのマスター管理権限が盤の端末へと転送された。

【完全勝利者:天城盤。憲章の改変権を行使してください】

 盤は、端末に表示された「第0条」の文字列を見つめた。

 隣に立つみおが、盤の震える指先を、そっと自分の手で包み込む。

「……盤。あんたがやりたかったこと、全部ここに書き込みなさい。一億人が、あんたの指先を見てるわ」

 盤は、ゆっくりと文字を打ち込み始めた。

 彼の脳裏には、この七日間で消えていった者たちの顔が、走馬灯のように、しかし鮮明な「個」として去来していた。

 

 山下の不器用な笑顔。小川の震える手。

 須藤の「楽しかったぜ」という叫び。

 岡田が読んでいた文庫本の焦げた匂い。浅野がパンを分ける時の公平な眼差し。

 

 そして。

 泥だらけの手帳を抱え、ただひたすらに彼らの名を刻み続けてきた種田の、あの「最弱の王」としての震え。

「……第0条。……改変」

 盤の声が、一億二千万人のスマートフォンに、スピーカーに、そして摺鉢山に響き渡った。

【憲章第0条:修正】

すべてのからくりゲームを本日、この瞬間をもって廃止する。

人を駒として扱うすべての評価基準、および統計的選別を無効とし、個人の生は、その個人にのみ帰属するものとする。

――本プログラムの「王」とは、他者を支配する者ではなく、他者の名を忘れない者である。

 一瞬。

 世界が真っ白な光に包まれたような感覚。

 

 ドローンの羽音が止まった。

 首輪の警告音が消えた。

 フィールドを囲んでいた見えない壁が、砂のように崩れ落ちていく。

 種田が、手帳をゆっくりと開いた。

 最後のページ。白かったその場所に、彼は力を込めてペンを走らせた。

 

『本日、対局終了。――生き残った者十九名。忘れない者、一億二千万人』

 

 及川が、その文字を見て、顔を覆って泣き出した。

 古賀が関口に抱きつき、橋本が鉄パイプを放り投げて空を仰いだ。

 

 ハヤシが、吉本と目が合い、短く頷いた。

「吉本。……じいさんに、ようやく土産話ができたよ」

「ああ。……不味いカップ麺以外の話をな」

 木村は、美琴を連れて、ゆっくりと摺鉢山の斜面を下り始めた。

 彼の手には、裏蓋の歪んだ古い銀時計があった。止まっていた針が、カチリ、と小さな音を立てて動き始める。

「……美琴。腹が減ったな」

「はい。……木村さんの奢りですよ」

「……善処しよう」

 盤と澪は、最後に残った。

 廃墟の向こう、水平線から昇る太陽が、二人の影を長く、強く伸ばしている。

「盤。……結局、あんたは完全勝利者になったわけね」

「……計算外だ」

「嘘おっしゃい。……あんた、最初からこれ、狙ってたんでしょ」

「……直感だよ、澪」

 盤は、澪の手をもう一度、強く握り直した。

 それは他者の意思を支配するための力ではなく、ただ、隣にいる体温を確かめるための、不合理で温かな重みだった。

 国民のスマートフォン。

 いいねのカウンターは、ついに一億を超えた。

 だが、その数字はもはや誰かを殺すためのエネルギーではなく、新しい世界を祝福するための、星の瞬きのように見えた。

 日曜日の戦争は、終わった。

 

 廃墟に、新しい風が吹く。

 

 少年はもう、歩兵ではなかった。

 少女はもう、部品ではなかった。

 

 彼らはただの、どこにでもいる「人間」として、

 朝焼けの中を、真っ直ぐに歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ