第48話 第七条
第48話『第七条』
0840。
摺鉢山の斜面で、鋼鉄と肉体が激突した。
吉本誠二率いるワイルドキャット十名が、急斜面を滑り降りながら射撃を開始する。対する十体のからくり兵は、一切の遮蔽物を使わず、弾丸の雨の中を無機質な等間隔で歩み続けた。
「目標の装甲、通常弾では貫通不可!」
松田の叫びと同時に、からくり兵の一体が右腕を変形させた。展開されたのは、高周波振動ブレード。
「山猫、近接戦闘(CQB)に切り替えろ! 関節を狙え!」
吉本のナイフが、からくり兵Bの膝関節に深く突き刺さる。金属の軋む音が響くが、機械に痛みはない。赤いセンサーが吉本の顔を至近距離でロックした。
同時刻。
及川と橘は、廃墟の隙間を時速120キロで駆け抜けていた。
背後に積まれた155ミリ榴弾砲の巨体が、夜明けの光を浴びて黒く光っている。
「及川、あそこだ! オペレーターが三名、発射シークエンスに入ってる!」
「わかってる! 橘、舌を噛むなよ……飛ぶぞ!」
瓦礫をジャンプ台にし、バイクのような咆哮を上げて高速移動装置が宙を舞う。
砲兵たちの驚愕した顔が、ヘルメットのシールド越しに迫った。
摺鉢山の内側。
金山の手は、油と汗で汚れきっていた。
杉村と小山が、震える手で懐中電灯を照らし続ける。
「金山、あと何分だ」
「……あと、五分。……いや、四分三十秒」
背後の塹壕では、種田が手帳を抱きしめたまま、祈るように目を閉じていた。
盤は、木村と共に双眼鏡で戦況を見守っていた。
山猫たちが削られていく。プロの技術をもってしても、疲労を知らない機械の物量には限界がある。
「天城。……国民投票のカウンターが、また跳ね上がった」
木村が、自分の端末を盤に見せた。
画面には、一億二千万人が熱狂的に検索し、拡散し続けているキーワードが、不気味な赤色で踊っていた。
【検索急上昇:からくりデス・ゲーム憲章 第七条】
「第七条。……運営が隠している、本当の『投了』の方法か」
「国民が見つけ出せば、システムが書き換わる可能性がある。……だが、田所たちがそれを許すはずがない」
その時。
摺鉢山全体を、耳を劈くような電子音が包み込んだ。
運営本部からの、全フィールドへの強制放送。
『国民の皆様、並びに参加者の諸君。……第七条に興味をお持ちのようだね』
田所の冷徹な声が、スピーカーから流れる。
その声には、追い詰められた焦りではなく、完成された悪意が含まれていた。
『第七条――通称【王の自裁】。……国民の過半数が中止を望み、かつ、プログラムの“王”が自らの意思でシステムを停止させた場合、からくり兵は即座に停止する』
盤が、種田の背中を見た。
種田が、ゆっくりと顔を上げた。
『ただし、王よ。システムを止めるには、その心臓部――摺鉢山の地下にある制御ユニットに、お前の“首輪”を直接接続しなければならない。……接続と同時に、首輪の安全装置は解除され、お前の全生命データが消去の対価として捧げられる。……つまり、王が死ねば、全員が助かる。……それが、第七条だ』
一億二千万人の前で、究極の選択肢が突きつけられた。
「……種田」
及川の声が、無線越しに震えた。
山猫たちの動きが、一瞬止まった。
からくり兵が、摺鉢山の縁まであと十メートルに迫る。
砲兵の指が、155ミリ榴弾砲の引き金にかけられた。
盤は、種田の震える手を見つめた。
「……盤さん」
最弱の王が、泥だらけの手帳を地面に置いた。
残り、四分。
歴史上最も残酷な「詰将棋」が、最後の一手を求めていた。




