第46話 審判の赤
第46話『審判の赤』
三十秒。
それは、一億二千万人の意識を書き換えるには十分すぎる時間だった。
摺鉢山の頂、金山たちの手から離れたEMP装置が、最後の一筋の火花を散らして沈黙した。同時に、盤たちの端末も、運営による強制的な「沈黙」へと引き戻された。
だが、放たれた言葉は、もはや誰にも止められない。
「……盤」
澪が、自身の端末の画面を見つめたまま立ち尽くしていた。
画面には、先ほどまでの「接続が切断されました」という無機質な文字に代わって、血のような鮮赤色の警告灯が点滅し始めていた。
【緊急通達:運営本部】
プログラムの進行に対する重大な干渉を確認。
憲章第12条に基づき、フィールド内の全個体に対する『最終適性検査』を強制開始する。
目標:09:00までに生存者を1名に限定せよ。
条件未達の場合――全個体の『強制排除(首輪の作動)』を実行する。
静寂が、摺鉢山を塗りつぶした。
希望が見えた瞬間に突きつけられた、最悪のタイムリミット。運営は、国民の世論が「中止」で固まる前に、物理的にこのゲームを終わらせることを選んだのだ。
「……ハッ、わかりやすいな」
木村太一が、自嘲気味に笑った。その瞳には、再び「死神」の冷徹な光が宿っていた。
しかし、その手は震えていない。
「天城、国民投票のカウンターはどうなっている」
「……端末はロックされた。だが、EMPを起動する直前の推移から逆算すれば、中止票が過半数に達するまで、あと十五分はかかる」
「十五分、か」
木村は愛銃のボルトを引いた。金属音が、冷たく、鋭く響く。
「それまでに、この『検査』とやらを生き延びれば、俺たちの勝ちだな」
その時、上空から**「死の羽音」**が聞こえてきた。
運営が放った、殺戮専用の自律型ドローン群。これまでの偵察用とは違う、武装を剥き出しにした黒い鉄の塊が、雲を突き抜けて摺鉢山へと急降下してくる。
「野郎……話し合いの時間もくれねえってか!」
橋本が鉄パイプを握り直し、吠えた。
吉本誠二が、静かに一歩前へ出た。隣には、ジョー・ハヤシ。
「吉本、どうする。命令系統は死んでいるぞ」
「命令なら、さっきあの子たちからもらっただろ、ハヤシ」
吉本は、かつて部下を死なせた己の拳を見つめた。
もう、後悔はしない。
「『今日で終わらせる』。……それが、俺たちの新しい任務だ」
ワイルドキャット、第422連隊。三十九名の生存者たちが、一つの円陣を組む。
その中央で、盤は一点を見つめていた。
「全員、聞け!」
盤の声が、ドローンの風圧に抗うように響いた。
「運営は焦っている。これは、あいつらの敗北宣言だ。あと十五分、俺たちが一人も欠けずに生き残れば、一億人がこの門をこじ開けてくれる!」
「金山、科学部! 壊れた装置から予備のコンデンサを抜き取れ! 簡易的なジャミングならまだ撃てるはずだ!」
「種田、手帳を離すな! 最後に名前を書くのは、お前だ!」
盤は、隣に立つ澪の目を見た。
澪は、何も言わずに頷いた。その瞳には、一億人の視線よりも強い、たった一人のための「熱」が宿っていた。
08:45。
一億二千万人のスマートフォンの画面。
運営が用意した「公式映像」はノイズにまみれ、代わりにユーザーたちが自主的に立ち上げた**「中止を願うカウントダウン」**のサイトにアクセスが集中していた。
中止票:48,000,000……
中止票:52,000,000……
数字は、一秒ごとに数万という単位で加速していく。
同時に、摺鉢山の廃墟が、ドローンの機銃掃射によって火の海へと変わった。
死を消費してきた世界と、生を証明しようとする少年たち。
人類史上、最も残酷で、最も美しい**『十五分間』**が、ついに始まった。




