第40話 林の中で
第40話『林の中で』
〇四〇〇。
小牧基地。
格納庫の灯りが、雨の中に滲んでいた。第422連隊の十二名が、C-2輸送機に乗り込む。音もなく、呼吸を合わせるように。ハヤシは最後に乗り込む前、一度だけ、低く垂れ込めた雨の空を見上げた。かつて祖父が見たであろう、異国の戦場の空を重ねたのかもしれない。
格納庫の扉が閉まり、鈍いエンジン音が夜の静寂を塗り潰し始めた。
その知らせは、〇四一〇に各勢力に届いた。
【第422連隊戦闘団 小牧を出発。フィールド到着予定:〇七五〇】
ワイルドキャット・キャンプ。吉本は天幕の下、地図に落ちる雨漏りの音を聞いていた。「……〇七五〇か。松田、時間がなくなったな。雨の方が、静かに動ける。……天城盤に、俺たちの『遺言』を届けるぞ」
摺鉢山。木村太一は、雨の音を聞きながら思考の海に沈んでいた。盤面が変わる時の、あの特有の「風の匂い」を感じていた。
「木村さん。……盤と澪が、林の方に。……歩哨に出ています」
美琴の言葉に、木村は静かに目を開けた。
林の縁。雨が木の葉を叩く音が、世界を包み込んでいた。
盤と澪は、並んで濡れていた。盤は銃を抱えたまま、東の空を見つめている。
「盤。……眠れなかったんだろ」
「……計算が、止まらなかっただけだ」
澪は無言で、自分の袖を盤の顎に当てた。雨水を拭うその指先は驚くほど熱かった。「濡れてる」
「お前もだろ」
「私はいい。……黙れ。……ねえ、本当に、終わらせられるの?」
「……国民が、プログラムの中止を投票で決める。からくり憲章の第六条。それが唯一の、非合法な『勝ち筋』だ」
「国民が? ……あんなに殺し合いを喜んでいる人たちが?」
「……国民が、これ以上見ていられないと思う瞬間を、俺たちが作る。須藤さんが死んだ時、世界は笑いながら泣いていた。その『ノイズ』を、怒りに変えるんだ。……一億人を、俺たちの共犯者にする」
その時だった。
林の奥で、濡れた枝が折れる音がした。盤が即座に銃を構え、澪が身を低くする。
「撃つな。……言葉を交わしに来ただけだ」
低い声。日本語だが、どこか遠い海を渡ってきたような抑揚。林の奥から、見たことのない軍服を纏った男が一人、現れた。
「第422連隊、ジョー・ハヤシだ。……早めに来た。お前という『歩兵』と、話し合いたくてな」
盤は、男の瞳を見た。そこには木村のような虚無も、誠一のような拒絶もない。ただ、使い込まれた剣のような、静かな誇りだけがあった。盤はゆっくりと、銃を下げた。
「……直感が、下げろと言っている」
「賢いな。……盤、お前はなんのためにプログラムを終わらせたい。……世界を救うためか?」
「……これ以上、種田の手帳の名前を、増やしたくないだけだ。……あれが厚くなるたびに、俺の心臓は削られていく気がする。不合理だが」
林の中を、深い雨音だけが満たした。
ハヤシは静かに、目を閉じた。
「……Go for Broke。当たって砕けろ。……盤、お前の言葉は、筋が通っていた。……俺も、同じだ。これ以上、自分の魂を汚すだけの『清掃』は御免だ」
ハヤシは踵を返した。「北から摺鉢山に入る。木村太一にも、俺の『理由』を伝えてくる。……天城盤、お前の指し手、信じてみる価値はありそうだ」
男が消えた後、澪が盤の隣に寄った。「信用するの?」
「……ああ。……帰るぞ、澪。作戦を組む。木村を、叩き起こしてくる」
「……濡れて寒い。……次会うときは、布団の中がいいわね」
二人は雨の中、肩を並べて歩き出した。
〇八〇〇まで、あと三時間五十分。
国民のスマートフォンには、嵐の前の静止を告げる通知が届く。
【第422連隊 進行中。本日、最終局面へ】
カウンターが静かに回り続け、世界中の一億人が、まだ見ぬ「破滅」を心待ちにしていた。




