第39話 Go for Broke
第39話『Go for Broke』
2200。名古屋市郊外。
マリーンコープス第五部隊、第422連隊戦闘団の基地は、錆びた煉瓦造りの工場跡を改装した、巨大な墓標のような佇まいだった。他の基地のような派手な電飾はない。ただ、正門の上に、風雨に晒された一枚の額が掲げられていた。
【Go for Broke】
当たって砕けろ。かつて、家族を収容所に残しながら、忠誠と誇りのためにヨーロッパの泥を這った日系兵士たちの言葉。その血脈が、2026年のこの廃墟にも静かに息づいていた。
隊長、ジョー・ハヤシは受話器を置いた。44歳。がっしりした体格ではないが、彼が動くだけで部屋の空気が密度を増す。祖父は本物の442連隊の一員だった。戦場から戻った祖父が、死の間際まで繰り返した言葉。
『ジョー、戦う理由を、忘れるな。それだけが、お前を人間たらしめる』
ハヤシは窓の外、激しくなり始めた雨を見つめた。端末には、六日間の惨劇が記録されている。須藤が笑って散り、盤が澪の手を握り、木村が孤独な瞳で空を仰ぐ。最後に、種田が死者の名を刻む場面を、ハヤシは何度も見返した。
「……」
「隊長。人選を始めますか」
副官の田村が入ってきた。ハヤシは地図に指を置く。
「十二名連れて行く。田村、お前もだ」
「十二名? 少なすぎます。グリフィンは十五名で……」
「多ければいいわけじゃない。俺たちは囲まない。『浸透』する。外から囲むのではなく、内側から不条理を解体する。……少数の方が、あの子たちの『呼吸』に合わせられる」
ハヤシは手書きのリストに、名前を書き込んでいく。判断力、適応力、そして何より――「戦う理由」を胸の奥に隠し持っているかどうか。
「田村、お前は何のために戦う」
「……わかりません。でも、隊長についていくことは、間違いじゃないと思っています。あなたは戦う理由を、捨てない人だから」
「甘いな。……だが、悪くない」
ハヤシが選んだ十二名は、全員が日系人だった。出自はバラバラだが、共通して「日本語」を、そしてその背後にある情動を理解できる者たち。
「第422からは、一人も死なせない。……そして、あの少年、天城盤。終わらせると言ったあの『歩兵』に、会ってみたい。敵かどうかは、言葉を交わしてから決める」
0000。ハヤシは隊長室で、一枚の白黒写真を見た。軍服姿の祖父。
「じいさん。また、戦いに行くよ。……今度は、国家という名の神様を、黙らせるための戦いだ」
雨音が、名古屋の夜を塗り潰していく。
名古屋から廃棄都市へ。怪鳥たちが翼を広げるまで、あと八時間。
雨に濡れた正門の額が、明日という審判の刻を静かに待っていた。
【Go for Broke】
文字は、闇の中でも決して消えることはなかった。




