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『クラス対抗デスゲームで最弱の歩兵だった俺、実は盤上最強でした』  作者: 水前寺鯉太郎


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第36話 殿

第36話「殿」


 〇七三〇。

 美琴が摺鉢山に向かって走り始めたその刹那、南の方向から、空気を引き裂く重厚な銃声が響いた。

 予定より三十分、早すぎる。

「グリフィンだ。本部の掃除クリーンアップが早まったな」

 木村は即座に断じた。地図を脳内で展開し、瞬時に状況を再構築する。「美琴、行け。交渉は任せる」

「でも、木村さんは……!」

「時間がない。走れ。……戻ってこい、美琴」

 昨夜と同じ、呪いのような、しかし確かな信頼を込めた言葉。美琴は強く頷き、瓦礫の海へと姿を消した。

 

 グリフィンの進撃は、昨日より遥かに暴力的な速度だった。誠一は、本部からの『本日中に決着をつけろ』という最後通牒を読み、苦い水を飲み下すように命じた。

「正面から叩き潰す。……予備弾薬はすべて使い切れ。時間を、火力で買え」

 

 廃ホテルの区画に一直線に進むグリフィン。その火線が廃ビルを捉えた時、ワイルドセブンは動き始めていた。

「北へ。美琴の後を追うぞ」

 木村が指示を飛ばすが、須藤がその腕を強く、そして静かに掴んだ。

「木村。……俺は、ここまでだ。この足じゃ、あんたらの秒読みを狂わせるだけだ」

「担いでいく。及川、手を貸せ」

「無理だ。グリフィンの速さを見ろ。……木村、楽しかったぜ、この五日間」

 

 须藤は笑っていた。ワイルドセブンの中で、常に毒を吐いていた男が、今、憑き物が落ちたような本物の笑みを浮かべている。

「死ぬほど怖かった。でも、あんたの隣で戦っている間だけは、自分が何かの『駒』じゃなく、須藤隆二だって思えたんだ。……安全な昨日より、ずっとマシだ」

 須藤は、鹵獲していた手榴弾を取り出した。木村はその覚悟を、ただ無言で飲み込んだ。

「……須藤。中沢に会ったら、伝えておけ。俺が、あの日言えなかったと」

 須藤は一瞬目を丸くし、それから一層、柔らかく笑った。「……伝えとくよ。あいつ、待ってるからな」

 

「行くぞ!」

 木村が踵を返し、全員が走り出した。須藤の背中を、誰一人として振り返ることはできなかった。

 

 二分後。廃ビルに突入したグリフィンの先頭が、窓際に立つ影を捉えた。

「止まれ! 武器を捨てろ!」

 須藤は振り返らなかった。ただ一言、「楽しかったぜ」とだけ呟いた。

 轟音。

 爆発音が南区画全体を揺らした。廃ビルの窓から黒煙が噴き出す。

 

 誠一は、黒田からの損害報告を聞き、しばらく石のように動かなかった。

「死亡二名、重傷二名。……高校生に、やられたな」

 独り言のように漏れたその声には、職業軍人としての敗北感と、一人の親としての凄惨な予感が混じり合っていた。

「全速での進軍は中止だ。重傷者の後送を優先する。……今日起きたことは、本部の命令に屈した俺の判断ミスだ」

 誠一は、かつて自分が捨てた「感情」が、息子の世代の「覚悟」によって撃ち抜かれたことを悟った。

 

 北へ走る木村たちは、爆発音を聞いても足を緩めなかった。

 及川は顔をぐちゃぐちゃにして泣きながら走り、浜田は唇を切るほど噛んで沈黙を守っていた。

 木村はただ、前を見据えていた。須藤が残した「自由」という名の時間を、一秒も無駄にしないために。

(俺も……楽しかったよ、須藤)

 言葉にすれば霧散してしまいそうなその想いを、木村は心臓の最も深い場所に叩き込んだ。

 

 摺鉢山では、盤がその爆鳴を聞いていた。

「南から来る。六名。……美琴を先頭に、ワイルドセブンだ」

 沼田の報告に、全員が盤の顔を見た。敵を迎え撃つのか、それとも。

(今日、歴史が動く)

 盤は、昨夜の澪の手の熱を思い出した。

「……塹壕を開けろ。入れてやれ。今日だけは、クラスの境界線を捨てろ。……『王』を迎え入れるぞ」

 

 南斜面を駆け上がってくる人影。

 先頭を走る美琴が、ボロボロになった制服の袖で涙を拭い、盤の瞳を射抜いた。

 

 午前〇七時四五分。

 廃墟の地獄で最も不条理な、そして最も美しい「合流」が果たされた。

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