表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『クラス対抗デスゲームで最弱の歩兵だった俺、実は盤上最強でした』  作者: 水前寺鯉太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/33

第26話 山猫、起こす

国家戦将棋適性試験〈通称:プログラム〉における役割付与について

参加者一人ひとりに駒の役割がランダムで与えられる(弱い順):

歩兵・弓兵

槍兵

騎兵

鉄砲兵

騎鉄兵

王将(最上位)

第26話「山猫、起こす」


 マリーンコープス極東派遣基地。

 広島県安芸郡海田町、かつて自衛隊が守護の要としていたその敷地は、いまや深夜の霧に包まれ、巨大な墓所のような静謐を保っていた。

 

 二一〇〇。

 司令室のモニターが、無慈悲な赤色で明滅する。

【プログラム第十一回 正規軍投入要請――承認】

 吉本誠二よしもと・せいじがその部屋に足を踏み入れたのは、通達からわずか十分後のことだった。五十二歳。白髪が混じり始めた短髪と、使い込まれた革靴のような皺が刻まれた顔。かつては「極東の山猫」と恐れられたその男も、この二十年間、手にした剣を一度も本物の血で汚してはいない。

 

「……また、あのクソみたいな遊戯プログラムの掃除番か」

 吉本は、モニターに映し出された生存者二十名のリストを一瞥した。四日間で五十四名の脱落。数字だけを見れば地獄だが、二十年もこのぬるま湯に浸かれば、それは書類上の「変数」にしか見えなくなる。吉本はそれを自分に言い聞かせ続け、牙を隠してきた。

 

「第一部隊から十名選抜する。……全員、〇四〇〇までに錆を落としておけと伝えろ。……空砲は置いていけ」

 北棟の兵舎。吉本は副長、松田曹長の部屋のドアを、三回、正確なリズムで叩いた。

 

「……入れ。吉本三佐。また子供たちの鬼ごっこに、本物の銃を持ち込むお仕事ですか。……国民様の要望は残酷だ」

 松田は眼鏡を拭きながら、冷ややかな笑みを浮かべた。山猫部隊――かつてゲリラ戦のスペシャリストとして名を馳せた第一部隊も、今や主な任務は災害時の瓦礫撤去と、デモ隊への威嚇射撃代わりの空砲。研がれることのない刃。それが、今の彼らの正体だ。

 

「松田。……今回の『獲物』は、少々質が違うぞ」

 吉本は端末を起動し、一つの映像を再生した。廃墟の柱の陰、狙撃の火線が走る直前。一人の少年が、物理法則を無視したかのような「静止」を見せていた。

「天城盤。……こいつは、撃たれてから避けているんじゃない。射線の根元を……死の予感を、あらかじめ演算している。……二十年前の『あの戦場』にいた連中の目だ」

 松田の眼鏡を拭く手が、ぴたりと止まる。

「……訓練は?」

「皆無だ。……だが、見てみろ、この瞳。……こいつは、とっくに自分の一部を切り捨てている。そうでなければ、これほどまでに透明な静止はできない。……俺の知っている山猫マリーンより、こいつの方がよほど山猫らしい」

 

 吉本の口角が、不自然なほど僅かに吊り上がった。それは、獲物を見つけた山猫の歓喜か、あるいは、自分と同じ「壊れた魂」を見出したことへの共鳴か。

「久々に……仕事のし甲斐がありそうだ。松田、橘と村田を入れろ。……手加減の仕方は忘れたと、奴らに言っておけ。……本物を教えに行くぞ」

 

 廊下に出ると、海田の冷たい夜風が吉本の頬を撫でた。遠く、安芸の山々を背にした住宅街の灯りが、平和という名の鈍い光を放っている。二十年間、吉本はこの平和を護るために、自分の牙を抜いてきた。

 だが今、廃墟の中にいる一人の少年の瞳が、彼の胸の奥で眠っていた山猫の喉を、激しく噛みちぎろうとしていた。

 

「……天城盤。お前が何者でも構わん。……俺を、元の場所に戻してみせろ」

 吉本は、闇の中で自分の指の震えを確かめた。それは恐怖ではない。

 使われることのなかった剣が、再び熱を帯び、産声を上げようとしている音だった。

 

 〇四〇〇まで、あと七時間。

 山猫が、錆びた爪を研ぎ澄ませ、静かに眠りから目覚めようとしていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ