第23話 投票
国際からくり戦将棋法
第4条(強制執行)
敗北国が服従を拒否した場合、からくりゲーム運営機構は以下の措置を取る。
運営機構直轄軍による強制介入
敗北国首脳部の強制ゲーム投入
国家機能の完全停止と植民地化の強行
第23話「投票」
午後六時。戦闘終了の鐘は、皮肉にも三日間で一番の「静寂」を告げる合図となった。
摺鉢山の塹壕には、A組の生存者一一名が、泥にまみれた体を預けていた。種田が書き上げた手帳の中の「名前」たちが、今初めて一つの熱となって集結した夜。小川と山下の便箋を胸に抱く盤にとって、それは不合理な勝利の証に見えたはずだった。
だが、その安堵は一八時三〇分、国民全員のスマートフォンに届いた「一通の通知」によって、毒々しい赤色に塗り替えられた。
【緊急投票のお知らせ】
画面を覗き込んだ澪の指が、小刻みに震え始める。
『プログラム第四日目において、著しい戦闘の停滞を確認。……適正な進行のため、正規軍の投入を検討しています』
選択肢は二つ。投入か、否か。それは「娯楽としての死」を、安全な場所から消費する観衆に委ねられた、残酷な審判だった。
首都の居酒屋では、ジョッキを鳴らす男たちが「①投入」に親指を叩きつけていた。「戦わねえなら、掃除して当然だろ。俺たちの受信料が使われてんだぞ」。郊外のリビングでは、母親が「勉強の邪魔よ」と呟きながら、子供の頭を撫でつつ端末をタップした。
現場で流される血の一滴、泥にまみれた指先、震える声。それらすべてが、画面の外では「視聴率の低下」というデータに変換され、容赦なく切り捨てられていく。
一九時二〇分。投票が締め切られた。
【投票結果:①正規軍を投入する 71%】
突きつけられた数字。七一パーセントの国民が、自分たちの殺戮を加速させることを選んだ。その事実に、古賀舞が小さく呻き、膝を折った。
「……俺たちのせいだ」
種田の手帳を握る手が、白くなるほど震えている。「俺が、王将なんて役職を押し付けられたから。俺たちが、ルール通りに殺し合わなかったからだ……」
「違う。……運営という名の『指し手』が、俺たちに投了を許さないだけだ」
盤の声は、驚くほど冷静だった。だが、その瞳には夜の闇よりも深い、静かな怒りが宿っていた。
「盤、正規軍って……勝てる相手なの?」
「相手はプロだ。個の感情を去勢し、システムに従順な暴力の装置。……だが、そこにこそ勝機がある」
盤は、金山が抱えるEMP装置を見つめた。
「あいつらは、自分たちを『最強の駒』だと思っている。だが、システムに従順な奴らほど、予測不能な『個のバグ』には脆い。……七一パーセントが望んだ『エンターテインメント』を、根底からぶち壊してやる」
盤は端末を裏返し、コンクリートの床に置いた。
「寝ろ。〇八〇〇まで、あと一〇時間余りだ。……死神を迎え撃つのに、欠伸は似合わない」
誰も動けなかった。だが、盤が澪の隣に背中を預け、静かに目を閉じたのを見て、一人、また一人と、泥だらけの体を横たえていった。
摺鉢山の夜空に、雲の切れ間から星が覗いた。冷たく、遠い、何万光年も昔の死んだ光。
盤は、ポケットの中の便箋を強く握りしめた。
死を望む世界と、生を足掻く自分たち。
四日目、午前八時。
国家という巨大な指し手が放つ「清掃人」に対し、ゴミ箱から這い上がった「歩兵」たちが、史上最悪の『禁じ手』を盤上に叩きつけようとしていた。




