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『クラス対抗デスゲームで最弱の歩兵だった俺、実は盤上最強でした』  作者: 水前寺鯉太郎


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第2話 歩兵に、退路はない

からくりデス・ゲーム憲章

第0条(絶対原則)

国家・個人を問わず、すべての争いはからくりゲームによって解決される。

これに例外は存在しない。

第2話「歩兵に、退路はない」


 銃は、命の重さよりもなお、冷たく重かった。

 

 奪い取ったばかりの『一八年式自動小銃』。銃身に残る発砲の残熱は、つい数秒前までそこに宿っていたはずの敵兵の体温そのものだ。それはばんの両手に、異質な拒絶感を伝えてくる。

 コンクリートの支柱に背を預け、天城盤は、浅い呼吸を意識的に「整調」した。

 

 視界の外では、肉と鉄がぶつかり合う不快な不協和音が反響し続けている。

 鼓膜を叩く乾いた銃声。

 肺の底から絞り出された、あるいは途中で断ち切られた断末魔。

 

 盤はあえてその惨状から意識を切り離し、瞼の裏側に、冷徹な「盤面」を展開した。

 

(Eクラスの残存兵力は三。西側の瓦礫の山に二、北側の連絡通路に一。こちらの『持ち駒』は……)

 

 耳を澄ませ、生存者の呼吸を数える。

 響いてくるのは、わずか八人分。

 十分前まで、出席番号順に名前を呼び合っていた三十七人の級友たちは、今やそのほとんどが、回収不可能な「捨て駒」として廃墟の床に無価値に散らばっていた。

 

「――おい、化け物」

 

 背後から届いたのは、ドス黒い殺意に満ちた声だった。

 振り返ると、そこに神楽坂澪かぐらざか・みおが立っていた。バレー部のエースとして中学時代から名を馳せたその長身は、返り血を浴びて、夜叉のような凄絶な気品を漂わせている。その右拳は、握り締めすぎて指関節から血が滲んでいた。

 

「佐藤を……あいつを、ただの計測器モノみたいに使いやがったな」

 

 盤の胸倉が、暴力的な力で掴み上げられた。

 コンクリートの壁に叩きつけられ、盤の背骨が鋭い悲鳴を上げる。だが、至近距離で見据える盤の瞳は、凪いだ水面のように不気味なほど静かだった。

 

「彼は、最適解のために走った。敵の銃座を特定し、その『リロードの隙』を可視化するために、彼というリソースが必要だった」

「あいつは、人間だったんだぞ! 友達だったんだぞ……!」

「犬死にかどうかは、これからの俺が決める」

 

 盤は、自分を掴む澪の手首を、感情の失せた強さで握り返した。

 

「彼が稼いだ一・二秒。その間に俺が銃を奪い、敵の狙撃手を消した。その結果、今ここで君は、頭を撃ち抜かれずに俺の文句を言えていられる。それが、彼の死によって盤面に刻まれた『価値』だ。文句があるなら、生き残ってから言え。死体は抗議すらできない」

 

「……あんた、本当に人間なの?」

 

 澪の声が、絶望と嫌悪で震える。

 盤はコンマ数秒、思考の海に沈んだ。

 

「わかっているのは、今、君たちの首に嵌っているのは、感情を測る装置ではなく、命を計る『駒の首輪』だということだ。怖がっている暇があるなら、次の指し手を考えろ。俺たちが、全滅という『詰み』を回避するために」

 

 澪の指から、力が抜ける。盤は彼女を突き放すようにして離すと、視線を再び「戦場ばんめん」へと戻した。

 

 北側の通路。敵の『歩』が動いた。焦燥に駆られた、拙い足音。

 盤は躊躇なく、柱の影から身を乗り出した。

 

 ――二歩。

 

 敵の鉄砲兵が銃口を向けるよりも早く、盤の指が引き金を絞る。

 肩を叩く、暴力的な反動。

 放たれた弾丸は、正確に敵の胸部を穿ち、その心臓を停止させた。

 

 崩れ落ちた敵兵の胸元から、一枚の生徒証が滑り落ちるのが見えた。自分たちと同じ、他校の制服を着た、将来を夢見ていたであろう少年の顔写真。

 

(……思考するな。あれは駒だ。敵陣営の、最前列を埋める『歩』に過ぎない)

 

 脳の奥底で、感情の回線を強制的に遮断する。

 感傷は視界を濁らせ、ノイズは指先を狂わせる。そのわずかな「情」が、盤上の全員を殺すことを盤は知っていた。

 

「残るは西側に二。神楽坂、君の『跳躍』が必要だ」

 

 盤の言葉に、澪はまだ、足元の死体から目を逸らせずにいた。だが、盤の冷徹な視線が、彼女の逃げ場を塞ぐ。

 

「お前の脚力なら、あの崩落した二階のテラスへ三歩で届くはずだ。そこから西側の敵の背後――『王手』の掛かる位置へ回れ。俺が正面から注意を引きつける」

「……また、誰かを踏み台にする気?」

「違う。これは『両取り』だ。二方向からの同時制圧。俺が撃たれれば君が殺し、君が狙われれば俺が抜く。命を天秤に乗せるんじゃない。命を掛け合わせて、生き残る確率を最大化させるんだ」

 

 澪は、噛み締めた唇から血を滲ませながら、盤を射抜くような眼差しで見据えた。

 

「……わかったわよ。条件は一つ。この地獄を生き残ったら、あたしがあんたをぶん殴る。佐藤の、そしてこの手で殺すことになる奴らの分まで。……それでいいわね?」

 

 盤は、わずかに目を細めた。

 不合理な取引だ。だが、彼女という「最強の駒」の士気を引き出すためには、その憎悪すらも利用価値がある。

 

「……承知した。都度交渉コンサルは成立だ。澪。西の死角まで、二十秒で到達できるか」

 

 澪は、肺の中の酸素をすべて入れ替えるように、深く、重い息を吐き出した。

 その瞳に、コートの上で数多の強敵を沈めてきたであろう、真の勝負師の光が宿る。

 

「十五秒でやってやるわよ。その代わり……一秒でも計算を違えたら、その瞬間にあんたの首を折ってやるから」

「善処しよう」

 

 盤は短く応え、銃のボルトを引き、冷たい装弾音を響かせた。

 

「行くぞ。歩兵には、退路はない。一歩でも下がれば、そこは奈落――あるいは、処刑台だ」

 

 澪が、弾かれたように地を蹴った。

 瓦礫を砕き、驚異的な滞空時間で崩れた梁へと舞い上がる。その軌道は、盤の網膜において、鮮やかな燐光を放つ「と金」への進化の予兆に見えた。

 

(……使える駒だ)

 

 一瞬、そう思考した自分に対し、盤は胸の奥で鋭い痛みを感じた。

 それは、凍りついた湖の底で、まだ何かが生きていると告げるような微かな鼓動。

 その痛みこそが、自分がまだ、かろうじて「人間」という名の盤面に踏みとどまっている、最後で唯一の証拠だった。

 

 彼は銃口を西の闇へと向け、再び、死神のおもてを被った。

 

「さて――対局を続けようか。神の、指し手の及ばぬところで」

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