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『クラス対抗デスゲームで最弱の歩兵だった俺、実は盤上最強でした』  作者: 水前寺鯉太郎


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第17話 夜明けと点呼

からくりデス・ゲーム憲章

附則

本憲章は、からくりゲーム運営機構により最終決定権を有し、いつでも改定・強化することができる。

これに異議を唱えることは認められない。

 第17話「夜明けと点呼」


 午前五時。

 東の空が、古い打ち身のような、澱んだ紫色から白へと溶け始めていた。

 宮本哲也は、最後の一掴みの土を、感覚の消えた指先で掻き出した。

 

 摺鉢山すりばちやまの縁。一晩をかけて這いずり回り、爪を立て、大地を抉って作り上げた黒い蛇――。不格好な塹壕ざんごうが、ようやくこの丘を一周するように繋がった。

「……終わった」

 吐き出した息が、白く濁って闇に消える。膝下までしかない箇所もあれば、岩に阻まれて浅く削ることしかできなかった箇所もある。だが、掘り返された生臭い土の壁は、冷徹な死神・木村太一の射線を拒絶するための、唯一の物理的な「聖域」だった。

 

 六人は、泥の底に崩れ落ちた。橋本の手のひらには、潰れた血豆が赤黒い紋章のように並び、関口の指先からは割れた爪の隙間に土が食い込んでいる。古賀は、もはや肩の関節が焼き切れたかのように動かず、ただ激しい動悸に肩を揺らしていた。

 そこには、昨日のような敵意も、不自然な連帯もない。ただ「労働」という名の等しい苦痛を分け合った者たちの、重苦しい安堵だけがあった。

「終わったな。……死ぬほど、腹が減った」

 橋本が、泥だらけの顔を空に向けて笑った。

「……ああ。……まだ、生きてる」

 宮本は、腫れ上がった右足をそっと摩った。脈打つ痛みが、自分がまだ「駒」ではなく「肉体」を持った人間であることを教えてくれる。

 

 午前六時。見張り台と称した瓦礫の山に立つ沼田が、彫像のように動かず地平を見つめていた。

「……何か、見えるか」

「……静かだ。空気が、澄んでいる。……でも、今日から変わる。盤面が、ひっくり返る音がするんだ」

 沼田の声は、この三日間で最も穏やかだった。その言葉は予感というより、大地と対話した者だけが授かる「啓示」に近かった。

 

 午前七時。廃墟の静寂を、無慈悲な電子の鳴動が引き裂いた。

『おはようございます、受験者の諸君。……プログラム、第四日の点呼を始めます』

 全員が、弾かれたように背筋を伸ばした。座ったまま微睡んでいた古賀が目を覚ます。自分の肩に、関口の汚れた上着がかけられているのに気づき、彼女はそれを握りしめて唇を噛んだ。

 

『A組。……天城盤、生存。神楽坂澪、生存。……種田陸、生存』

 盤たちの無事を聞き、宮本は小さく息を吐いた。あちらの「核」はまだ生きている。

『……宮本哲也、生存。伊藤さゆり、生存。沼田賢、生存。古賀舞、生存』

 自分たちの名前が、冷たい情報の羅列として読み上げられる。

『……岡田亮、除駒デリート。浜口めぐみ、除駒。池田翔太、除駒』

 一拍。その空白に、冷たい風が吹き抜けた。浜口めぐみ。一年の時、宮本に移動教室の場所を教えてくれた、大人しい眼鏡の少女。彼女は今、世界のどこかで、誰の手も握れぬまま冷たい肉の塊に変わった。

 

『A組現時点生存者、一一名。……B組。木村太一、生存。須藤隆二、生存。立石美琴、生存……』

 木村率いる精鋭、「ワイルドセブン」の名が、機械的なリズムで続く。

『……橋本浩、生存。関口奈々、生存。……B組現時点生存者、九名』

 橋本が、低く呻いた。

「……あいつら、一人も死んでねえ。……一晩、あの木村の冷気の中で、全員が心臓を動かし続けたってのか」

「管理されているのよ。……駒として。部品として」

 関口の声が、恐怖に震える。B組の「欠員ゼロ」という事実は、木村太一がもはや個人の生存を超えて、クラスという名の「完璧なシステム」を完成させていることを意味していた。

 

『合計生存者、二〇名。……点呼を終了します』

 宮本は、頭の中で盤面を再構築した。孤立していた者たちから消えていく。それは、この狂ったチェスにおいて「最も合理的な淘汰」だった。

「宮本。……俺たちは、正解だったのか。こんな泥だらけになって、敵のお前らと肩を寄せて……」

「……生きている」

 宮本は、橋本の瞳を真っ直ぐに見据えた。

「正解かどうかは、運営が決めることじゃない。俺たちの心臓が動いている。……それだけで、今は十分だ」

 

 宮本は、配給された乾パンを一つ、泥だらけの指で二つに割った。半分を、B組の橋本へと差し出す。

「……食え。土の味がするが、これは『生』の味だ」

「……ああ。……クソ、最高に不味そうだ」

 橋本は笑いながら、それを口に放り込み、ジャリ、という砂の音を立てて噛み砕いた。

 

 摺鉢山の朝は、希望に満ちてなどいない。そこにあるのは、血と泥と、いつ途切れるかわからない細い呼吸だけだ。

 午前八時まで、あと五十分。

 

 盤面フィールドは、白々と明けていく。

 誰にも望まれず、誰からも期待されていない、最弱の駒たちの「第四日」が、いよいよ始まろうとしていた。

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