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『クラス対抗デスゲームで最弱の歩兵だった俺、実は盤上最強でした』  作者: 水前寺鯉太郎


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第18話 偵察者たち

国際からくり戦将棋法

(正式名称:国際紛争解決のためのからくり戦将棋法)

前文

人類はもはや国家間戦争を放棄した。

しかし、国家間の利害対立・領土問題・資源紛争を完全に消滅させることはできなかった。

よって国際連盟は定める。

すべての国家間紛争は、「からくり戦将棋」によって決着させる。

これを以て、国際社会の恒久的な平和秩序を維持する。

第18話「偵察者たち」

 午前七時三十分。

 世界が白々と明けていく中、摺鉢山すりばちやまを包んでいたのは、墓所のような、研ぎ澄まされた静寂だった。

 瓦礫を積み上げた即席の見張り台に立つ沼田が、その瞳を一箇所に固定した。南斜面、八十メートル。崩れ落ちたコンクリートの塊と、赤錆びた鉄板の隙間。そこに、背景の影とは明らかに「密度の違う影」が三つ、流れるように這い出た。

 

「……来てる。三枚」

 平坦な、だが鋭く研がれた声。宮本哲也は、塹壕の泥の底で、反射的に自分の肺にある空気をすべて吐き出した。

「全員、伏せろ。……首輪のライトを殺せ。瞼を閉じろ。……死体になりきれ。俺たちが土の一部になるんだ」

 六人が、掘りたての湿った土の壁に身を寄せた。古賀舞は、手汗でふやけたシリアルバーの袋を胸に抱きしめ、奥歯が鳴るのを必死に堪えている。

 

 及川翔おいかわ・しょうは、指先でライフルのグリップを軽く叩きながら、斜面を慎重に詰めていた。背後には須藤、そして田中。木村太一という「王」が放った、三つの冷徹な感覚器。

「……おい。あの土の色を見ろ」

 須藤が低い声で促した。摺鉢山の縁。黒い土が、めくれた皮膚のように盛り上がっている。一晩のうちに、誰かがこの大地を無理やり抉り、壁を作ったのだ。その「新しさ」が、かえって不気味な生命力を放っていた。

 

「塹壕か。……あの『捨て駒』ども、墓穴を掘って冬眠するつもりかよ」

 須藤が嘲笑気味に銃口を向ける。だが及川は、その銃身を手で制した。

 二十メートルの地点で、及川は足を止めた。そこは、弓の射程内であり、かつこちらの銃火が確実に届く、生死の境界線。

 

 塹壕は、無言だった。

 風が吹き抜け、掘り返された土の匂いが及川の鼻腔を突く。それは、昨夜ここで誰かが血と汗を流し、爪を剥がしながら抗った「生存の臭い」だった。

(……いる。隠しきれない熱が、そこにある)

 及川の網膜が、土壁の端に付着した「一片の繊維」を捉えた。制服の切れ端。それは、自分たちが纏っているのと同じ、灰色の布地だった。

 隠れている。息を殺し、心臓の音を抑え、自分たちが通り過ぎるのを待っている。

 

「及川、どうする。中にいるかどうか、一発撃ち込んで確かめるか?」

 須藤の指が、引き金にかかる。その瞬間、及川は感じた。見えない土壁の向こう側から放たれる、祈りに似た、静かで強烈な「拒絶」を。それは木村太一が持つ支配の冷気とは違う、泥にまみれた者だけが持つ、重苦しい執念だった。

 

「……いや、引くぞ」

「はあ? まだ人影も確認してねえんだぞ」

「確認は済んだ。……あそこには、一晩かけて『自分の居場所』を作った奴らがいる。……奴らは、もう『駒』じゃない。偵察としてはこれで十分だ」

 及川は踵を返し、一度も振り返らずに斜面を下り始めた。須藤はその横顔に宿る、説明のつかない「気圧された色」に毒気を抜かれ、舌打ちしながらそれに従った。

 

 足音が遠ざかり、風の音だけが戻ってきた。

「……行ったぞ」

 宮本の言葉に、六人が一斉に、肺に溜まっていた毒を吐き出すように呼吸を再開した。古賀が目を開けると、睫毛に溜まっていた涙が、泥だらけの頬を一筋の線となって伝った。

「気づかれたかな」

「……ああ。及川という男は、俺たちの『気配』を食った。……だが、あいつは撃たなかった。あいつの瞳の中にある『木村太一の論理』が、俺たちを前にして、わずかに狂ったんだ」

 

 斜面を下りながら、田中の問いに及川は廃墟の空を見上げた。

「及川さん、木村さんにはなんて報告するんですか」

「……『摺鉢山は無人。戦略的価値なし』。……そう、報告するよ」

 須藤が驚いて及川を見た。「嘘を吐くのか? お前が?」

「……嘘じゃない。木村さんの盤面上では、あいつらはもう『死んでいる』はずなんだ。なら、あそこにいたのは、俺が見た幻覚でいい。……盤面は、綺麗なほうがいいだろ?」

 

 及川は、自分の心の中に芽生えた不合理な温かさを噛み締めた。

 木村太一という完璧な「王」が支配する世界の、その裂け目で。泥を噛み、穴を掘り、互いの体温を分け合う駒たちが、確かに鼓動を刻んでいた。

 

 四日目、午前八時。

 偵察者たちが持ち帰ったのは、情報の断片ではなく、完璧な合理性を誇る木村太一の計略を、いずれ内側から腐食させることになる「毒」――。

 人間としての、どうしようもない共鳴だった。


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