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『クラス対抗デスゲームで最弱の歩兵だった俺、実は盤上最強でした』  作者: 水前寺鯉太郎


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第14話 捨て駒の戦場

からくりデス・ゲーム憲章

第13条(勝者の義務)

勝者は、自らの勝利によって生じた結果を受諾し、これを履行する義務を負う。

いかなる勝者も、その結果を拒否、変更、または放棄することはできない。

第14話「捨て駒の戦場」


 摺鉢山すりばちやま

 フィールドの北端、廃墟の残骸が砂礫となって吹き溜まるその場所は、まさに「世界の穿たれた穴」だった。えぐれた大地は、かつての採掘場跡。すり鉢状の底に沈めば、灰色の空は円形に切り取られた監獄の覗き窓のように見える。

 戦略的価値、皆無。王将も、狙撃手も、知略家も、ここには見向きもしない。

 だからこそ、そこには「こぼれ落ちた者たち」がいた。

 

 A組、宮本哲也は、腫れ上がった右足首の激痛に耐え、岩陰に身を潜めていた。捻挫。逃げ惑う最中に瓦礫に足を獲られた。

「……宮本くん、水。少しずつ飲んで」

 弓兵の伊藤さゆりが、震える手で水筒を差し出す。彼女の背には、一本の矢も放たれぬままの弓が、処刑を待つ罪人の首枷くびかせのように重く背負われていた。隣には石のように固まった沼田、そして震えの止まらない古賀。

 彼らは「選ばれなかった」のではない。存在そのものを、盤面の上に「カウントされなかった」のだ。ばんの描く最適解にも、種田たねだの抱える記憶の優先順位にも、彼らの居場所はない。ただの漂流物。

 

 ――その穴の縁から、二つの「敵影」が降りてきた。

 B組の橋本浩と、関口奈々。

 

 橋本は岩のような体躯を持ちながら、その瞳には木村太一に「鈍重」と切り捨てられた際の屈辱が、泥のように沈んでいた。関口は学年トップの知性を誇りながらも、木村の「感情を排せ」という冷酷な独裁に耐えきれず、自ら群れを離脱した、誇り高き敗北者だ。

 

「……B組」

 沼田が、掠れた声を絞り出した。反射的に橋本が鉄パイプを構え、伊藤が弓を引く。

 一四〇〇ミリの至近距離。殺し合いのルールに従えば、ここは血の海に変わるはずの局面だ。

 だが、誰の指も、最後の一線を越えようとはしなかった。

 

「……やめろ」

 宮本が、壁を這うようにして立ち上がった。「戦いたいなら、あんな穴の底じゃなく、もっとマシな場所でやるはずだろ。……あんたたちも、あいつに『不純物』だって言われたのか」

 

 橋本の眉間がぴくりと動き、鉄パイプを握る拳が白くなるほど強張った。

「木村太一は、人間を機能の種類でしか見ない。……俺たちは、あいつの盤面から掃き出された『余り物』だ。木村の隣にいても、俺の心臓は一秒も動かなかった」

 関口が、自嘲気味に笑いながら、橋本の腕を制した。

「四対二。ここでやり合って、どちらかが生き残ったとして、何になるの? 私たちはただ、次に死ぬ順番を少し遅らせるだけの権利を、血で買うだけよ。そんなの、数式としても美しくないわ」

 

 彼女は、A組の最年少に見える古賀に視線を向けた。古賀の瞳には、剥き出しの絶望が張り付いている。関口は、そこに昨日までの自分の鏡像を見た。

「……休みましょう。今は、風を凌ぐだけで精一杯よ」

 橋本が毒気を抜かれたように、鉄パイプを地面に放り出した。鈍い音が、すり鉢の底に空虚に反響する。

 

 六人は、互いに手の届く距離にいながら、それぞれの孤独を守るように腰を下ろした。敵同士。殺すべき相手。けれど、彼らの間に流れるのは、かつての教室で共有していた、退屈で平穏だった「空気」の残滓だった。

 

「ねえ、伊藤さん。天城あまぎくんって人……あんなに頭が良いなら、私たちみたいな『捨て駒』のことも、計算に入れているのかな」

 古賀が囁くと、伊藤は手元の弓の弦を、弦楽器を奏でるように指先で弾いた。

「……来ないと思う。あの子は、勝つために最適な一手を選ぶはずだから。私たちのところに来るのは、勝利から遠ざかる『悪手』よ」

「そうだよね。……でも、誰にも見られていないなら、ここで少しだけ、普通の人間に戻ってもいいよね」

 

 摺鉢山の縁に設置された監視カメラは、その光景を無慈悲に全世界へと配信し続けていた。画面の下、ネット民たちの嘲笑が流れる。

『なにこの談合試合。興ざめなんだよ』

『早くどっちか殺せよ。木村の狙撃シーンの方がマシ』

 スマートフォン越しに彼らを「消費」する観衆にとって、この人間的な慈しみは、単なる放送事故に過ぎない。画面端の『いいね』カウンターは、完全に静止していた。

 

 けれど、摺鉢山の底で。世界から拒絶された静寂の中で、六人は確かに呼吸を重ねていた。彼らは知らない。この「盤上から消えた六人」という不合理バグが、後に完璧な合理性を誇る木村太一の計略を、いかに狂わせる一手となるのかを。

 

 三日目、午前九時。

 メイン戦場の銃声が、遠い雷鳴のように彼らの耳に届く。

 宮本は、胸ポケットに忍ばせていた、昨日の昼休みに食べるはずだったシリアルバーを二つに割った。

「……食うか」

 B組の橋本に差し出されたそれは、かつてないほど無骨で、そして確かな「生」の重みを持っていた。

 

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