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『クラス対抗デスゲームで最弱の歩兵だった俺、実は盤上最強でした』  作者: 水前寺鯉太郎


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第13話 0800

からくりデス・ゲーム憲章

第12条

 からくりゲームにおけるすべてのルールは、解釈の対象となる。最終的な解釈権は運営団体に帰属する…ただし、これはプレイヤーによる別の解釈を排除するものではない。

第13話「0800」


 その日は、鉄錆と硝煙の匂いが混じり合う、重苦しい静寂から始まった。

 天城盤あまぎ・ばんの体内時計が、午前七時五十七分を指した瞬間に、泥のような眠りの底から意識を浮上させた。

 

 視界が開ける。廃工場の薄暗い天井。錆びた鉄骨が、死後の肋骨のように並んでいる。その下で、死の予感に喉を焼かれながら、六人の仲間たちがそれぞれの武器を握りしめていた。

 科学部の三人は、一晩中、電子の海と格闘し続けていた。金山の目の下には、病的なまでの隈が刻まれている。はんだごての熱気と、焦げた配線の鼻を突く匂いが、彼らの「知性の籠城」を物語っていた。

 

 リベロの橘凛たちばな・りんは、壁の影に融け込むようにして、剥き出しのナイフを研いでいる。砥石と刃が擦れる規則的な音が、葬送曲の拍子のように響く。その瞳は、獲物を待つ獣のそれだ。

 そして、種田陸たねだ・りく。彼は自分自身の命よりも重いであろう手帳を、宝物のように抱きしめ、うとうとと首を揺らしていた。

 

 午前七時五十九分。

 壁のスピーカーが、静寂を切り裂く高周波のノイズを吐き出した。

 

『おはようございます、受験者の諸君。……三日目の、点呼を始めます』

 

 無機質な女の声。それは生き残った者への祝福ではなく、不要になった駒をリストから除外するための、事務的な処理だ。

 種田が弾かれたように目を開ける。慌てて手帳を開き、皮の剥けた指でペンを握り直した。

 

『A組。……天城盤、生存。神楽坂澪、生存。……橘凛、生存』

 自分たちの名前が読み上げられる間、工場内には誰の吐息も聞こえなかった。

 

『安田圭、除駒デリート。田辺朱里、除駒。森川隼人、除駒。中野誠、除駒。上田彩花、除駒』

 澪が、苦しげに瞳を閉じた。

 中野誠。種田と中学時代、図書室の隅で漫画を貸し合っていた親友。上田彩花。いつも種田に消しゴムを貸してくれた、おっとりした少女。彼らは今、この盤上から物理的に抹消され、一文字のデータへと成り果てた。

 

 種田は狂ったようにペンを走らせた。名に横線を引く。その単純な動作が、彼の心を薄く削り取っていく。

「……森川は、隣の席だった。……中野は、一緒に卒業しようなって言ったのに。上田さんの消しゴム……まだ、返せてないのに……」

 種田の呟きは、工場の冷たい床に落ちて、砂埃に消えた。

 

『A組現時点生存者、十四枚。……対してB組、九枚。……以上、点呼を終了します』

 

「一四対九。……盤面だけを見れば、王手チェックをかけているのはこちら側だな」

 橘凛が、冷たく、だが確かな殺意を瞳に宿して言った。盤は窓の隙間から差し込む、刺すような朝日を見つめ返し、首を振った。

 

「質が違う。木村太一は、一駒で戦局を塗り潰す『竜王』だ。十四枚の歩兵など、あいつの射線一つで霧散する。……金山、装置はどうだ」

「……夕方までには、必ず。ぶっつけ本番になりますが、これに賭けるしかありません」

 金山の指先は、火傷と油でボロボロだった。その痛ましさが、反撃の唯一の根拠だった。

 

 午前七時五十五分。盤は全員を工場の中心、最も遮蔽物の厚い区画に集めた。

「ルール上の戦闘時間は、〇八〇〇から一八〇〇までだ。勝負は、この十時間で決まる」

 

 盤は、澪の瞳を真っ直ぐに見据えた。

「今日、誰か死ぬかな」

 震える澪の問いに、盤はかつてないほどの熱を込めて、自らの「意志おう」を表明した。

「死なせない。……この盤面は、俺が支配する。うんえいが投げた賽すら、俺が指し直してやる」

 

 午前八時零分。

『戦闘時間を、開始します』

 

 無慈悲なアナウンスが響き渡った瞬間、廃墟の空気が劇的に変質した。昨日までの「不慣れな殺戮」は淘汰され、そこには洗練された、純粋な「狩り」の時間が始まった。

 

 どこか遠くで、カラスが鳴く。

 それと同時に、廃工場の入口から重い足音が近づいてきた。

 複数。一歩一歩が、相手の退路を確実に断つような、計算され尽くした死の歩法。

 

「全員、伏せろ。……呼吸を止めろ」

 盤は自動小銃を構え、錆びた鉄扉を見据えた。

 

 ――コン、コン、コン。

 

 廃工場の重厚な鉄扉を、何かが三回、規則的に叩いた。

 それは掌の音ではない。銃口の先で、金属を小突いた音。

 

 死刑執行人の、礼儀正しい挨拶。

 

 盤は引き金に指をかけ、己の心拍を「盤面」の一部へと溶け込ませた。

(――来たか、死神)

 

 扉の向こうから、聞き覚えのある、透き通るような声が響いた。

「盤くん、おはよう。……三日目の『詰め将棋』を始めようか」

 

 三日目、第十時間の対局。

 王手をかけるのは、どちらか。

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