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『クラス対抗デスゲームで最弱の歩兵だった俺、実は盤上最強でした』  作者: 水前寺鯉太郎


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第12話 七対八

第11条(人間性担保条項)

「いかなるゲームにおいても、参加者は“人間としての意思決定”を行わなければならない。

これを放棄した場合、当該ゲームは無効とされる。」

第12話「七対八」


 三日目の朝。

 廃工場の天井から差し込む灰色の光は、舞い上がる埃を銀色に染め、澱んだ空気を静かに可視化していた。

 

 天城盤あまぎ・ばんは、錆びついた旋盤の影に集まった六人の顔ぶれを、冷徹な棋士の眼差しで検分していた。

 

 科学部の杉村、金山、小山。バレー部のエース、神楽坂澪。そして――澪が「ゴミ捨て場のようなコンクリートの隙間で、死んだ魚のような目をしながらナイフを研いでいた」と評して連れてきた女、橘凛たちばな・りん

 

 リベロ。守備の専門家。

 彼女は合流するなり、一言も発さず盤から奪った銃を点検し、マガジンの残弾を指先の感触だけで数え上げた。その無駄のない動作は、彼女もまた、この地獄に魂まで適応しきった「実戦の駒」であることを物語っていた。

 そしてその中央で、己の心臓の音に怯えるように膝を抱える、最弱の王――種田陸。

 

「作戦を共有する。耳を貸せ」

 盤の声は、湿り気を帯びた工場の空気を鋭く切り裂いた。

 

「勝利条件は、相手クラスの王将――木村太一の排除。だが、現在の火力差で正面衝突すれば、一分持たずに全滅する。奴にはドラグノフがある。この遮蔽物の多い廃墟でも、奴の射線は三キロ先から俺たちの頭蓋を正確に狙い撃つ」

 

 盤は床に広げた、煤けた工場の配置図を指さした。

「科学部の三人が作っているEMP装置。これが唯一の逆転手チェックメイトだ。起動まで、俺たちは『盤上から消える』。一切の戦闘を拒否し、敵の索敵を攪乱する。……橘、お前の『守り』に全員の命を預けるぞ」

 

 橘凛は盤を見ず、淡々と答えた。

「……あんたが歩兵ポーンなら、私の前に立ちなさいよ。死ぬときは、一番効率のいい弾除けにしてあげるから」

 

 澪が息を呑むが、盤は動じない。

「それでいい。……種田。お前は今日から、このクラスの『記憶』になれ」

「え……記憶……?」

「端末に、今朝の点呼で読み上げられたA組全員のデータを同期させた。お前は彼らがどこで死に、生き残っている奴がどんな癖を持っているか、そのすべてを脳に叩き込め。俺の指揮が届かない乱戦になったとき、最後に勝敗を分けるのは、現場にいる駒の『個別の特性』だ。それをお前が管理しろ」

 

 種田の手が、微かに震える。だが、彼は膝の上にあるボロボロの手帳――心中した二人から引き継いだ祈りの詰まったそれを、強く握りしめた。

「……わかった。俺、覚えておくよ。みんなが最後に何を言いたかったかまで、全部」

 

 同時刻。画面の外では、デジタル・コロッセオに詰めかけた観衆たちが、血に飢えた狂騒に身を委ねていた。

『A組の王将、種田とかいう陰キャ確定www 秒で溶けるだろ』

『木村様のギフト、今一分で十万ポイント突破したぞ』

『天城盤ってやつ、歩兵のくせにまだ生きてんのか。早く絶望の顔が見たいわ』

 

 種田陸の顔写真の下には、嘲笑を意味するピエロのスタンプが猛烈な勢いで積み上がっていく。平和なリビングでラテを啜る人々にとって、彼の震える肩は、最高のエンターテインメント(娯楽)だった。

 

 南区画。地下ワインセラー。

 木村太一は、自分に従う九人のうち、あえて六人だけを選び出し、その前に立っていた。

 前衛の須藤。狙撃の美琴。機動力の及川。連携の野口と田中。工作の浜田。そして、死神自身。

 

「ワイルドセブンか。古臭い名前だが、俺たちには似合ってるぜ」

 須藤がナイフを弄びながら笑う。木村はそれを一瞥もしなかった。

「名前など、墓碑銘にすらならん。……美琴、装填は」

 美琴はライフルの銃身を愛おしそうに撫で、微かに頷いた。彼女の瞳には、既に少女としての感情は存在しない。ただ、標的を破壊するためだけの純粋な光学レンズが嵌まっているかのようだった。

 

「A組には、一人だけ『指し手』がいる。天城盤。奴は、俺が撃つ瞬間に射線を読んだ。あれは本能ではない。俺の呼吸を盗み、弾丸の軌道を逆算していた。……面白い。久々に、殺すのが惜しい『駒』を見つけたよ」

 木村はドラグノフを肩に担ぎ、地下の暗闇から、光を拒む地上へと足を踏み出した。

「行くぞ。……王を殺す前に、まずはその『指先』をへし折る」

 

 廃工場の静寂の中、盤は窓の外を見つめていた。

 風の匂いが変わった。油の酸化した臭いが消え、代わりに、乾燥した火薬と、獲物を追い詰める捕食者の体温が混じり合った「死」の気配が、肌をチリチリと突き始める。

 

「澪、橘。……来るぞ」

 盤は自動小銃の安全装置を外し、静かにボルトを引いた。金属音が、宣戦布告のように廃墟に響く。

 

「三日目の初手。……向こうは精鋭の『七人』で攻めてくる。迎え撃つ俺たちは、種田を含めて『八人』。……数の上では勝っているな」

「……冗談はやめてよ。あいつら、全員が化け物じゃない」

 澪が苦笑しながら、バレーボールをトスするように銃を構え直す。

 

「ああ。だが、ここは将棋盤じゃない。……不条理エラーを味方につけた方が勝つ場所だ」

 

 盤の瞳が、青白い冷気を放ちながら変質していく。

 最強の七人。不揃いな八人。

 

 盤面は今、爆発的な殺意を孕んだまま、運命の第一手へと傾き始めた。


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