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第6話 新たなる闇 ②

24歳にして家出を決行した、お元気ガチニートの仁科明美は、渋谷の街で謎の黒髪イケメンに声をかけられる。

その男は、かつて明美が倒した筈の存在であった。

 信号機が青に変わる。人々が一斉に歩き始めた。

「久しぶり。ずいぶんと可愛い魔力なのね。お前、そんな弱った状態で、今の私に勝てるとでも思ってるの?」

 冷静にならなければ。例え復活をしたのだとしても、何故わざわざ実影体が、堂々と私の前に現れるのか。何か目的があるはずだ。

「いいや、絶対に勝てねぇな。だがお前も、このゴミ溜めの中じゃ変身すら出来ないだろ?」

 確かにそうだ。不用意に変身をすれば、()()に捕まる可能性がある。変身時をカメラにでも撮られて、映像を拡散でもされれば、魔法少女の能力を奪いに奴らはやってくるだろう。

「明美、再会の記念にプレゼントをやるよ」

 シンがポケットを手を入れる。無意識のうちに、目で追ってしまった。背筋に悪寒が走る。魔法少女から抉り取った目玉でも手渡してくるのではないか。目玉から涙の様に血が滴る様子が、容易く想像出来てしまう。


 シンは明美に口づけをした。

「お前と戦うのは、俺が力を取り戻してからだ」

 

 明美は咄嗟にシンを突き放し、左手で口を拭う。

 左手の薬指に、ジワリと違和感を感じた。

 薬指には、黒い刻印が焼き付いて血が滲んでいた。

 

 ――これが近づいて来た目的か。

 

 シンは明美に背を向けて走り去っていた。僅かな人の隙間を風の様に走り抜け、全くスピードは落ちない。

 何やってるんだ私は!!油断した。動揺していた!

 慌てて明美も後を追う。右手に持っていたスマホに話しかける。

「廣瀬!!実影体だ!スクランブル交差点に居る!」


 ◇

 

「……んん?はい?」

 廣瀬は代々木公園に居た。人気のないベンチに座り、ケースからベースを取り出して居る所だった。

「今、センター街の方に逃げた!!まだ人間の姿をしてる!建物の中と、狭い路地に入れないようにして!!」

 画面がバキバキに割れたスマホから、明美の声がする。

 ゾクゾクしてきた。人間に化けている状態のダークマターを遠隔で追い込む。そんなことはした事がない。

 二日酔いで割れそうな頭と、めちゃくちゃになった胃袋に血が巡る。面白ぇじゃん!!

「任しといて下さい!そこは私が作った、地獄の底ですよォ!!」

 ベースに魔力を強く込める。廣瀬のベースに貼られたステッカーが強く光った。


 渋谷区一帯に貼られた魔術印には、魔法少女達が定期的に魔力を供給している。魔術印はダークマターに取り憑かれた存在や、覚醒したダークマターを退ける機能があり、虚影体のような弱いダークマターは渋谷で覚醒状態を保つ事すら難しい。

 この魔術印には特殊な仕様があり、廣瀬のベースの特定の旋律に共鳴し、ダークマターに有害な波動攻撃を放つ事が出来る。渋谷の魔法少女は、戦闘時に廣瀬の旋律をスマホで流すことで、魔術印の攻撃機能を起動している。

「明美さん、通話、スピーカーにして音量Maxにして下さい!!」


 明美は廣瀬から言われたように、走りながらスマートフォンを操作する。重低音のメロディが流れ出した。複雑な変拍子の、超攻撃的なベースライン。その音が、空気を、鼓膜を、心臓を震わせる。

 明美を中心に、街中に貼られたステッカーが光り始めた。

 ステッカーは廣瀬の演奏に合わせて、光の波が伝播していく。ステッカーの光の波は、シンが走り抜ける路地を飲み込んだ。

「ぐっ!?」

 シンは突然、体内に強い振動を感じ、体勢を崩す。

 脳や内臓が内側からかき混ぜられた様な激痛が走った。

 ギィインという耳鳴りと、強い眩暈が襲う。

「容赦ねぇなぁ!!クソが!!」

 転ぶすんでの所で踏みとどまり、がむしゃらに走る。

「邪魔だ!!」シンはもう避ける事すら面倒になり、進路に邪魔になっている人間を腕で払い除けた。人を退けると、自分の進んできた道が出来てしまう。しかし、そんな事を気にしていては、この空間の攻撃魔法に殺されてしまう。

 シンは完全に波動攻撃に飲み込まれていた。

 出来れば小道を抜けて、車の交通量の多い道路まで行きたいが、この波動攻撃は狭い通路や屋内だと共鳴するのか、攻撃が強まっている様だ。とにかく明美から離れて、この攻撃から抜け出さなければ。

 大きな通りは攻撃が弱まる様なところがあって、そちらの方に向かってしまう。恐らく誘導されている。

 だが、明美に追いつかれるのはまずい。とにかく奴から距離を取らなければ。あまり魔力を使いたくはないが……。

 シンは前を歩く歩行者の女を追い抜く時に、背中に触れた。シンに触れられた女は、歩みを止め、呼吸が出来ないかの様に苦しみ始める。

「だ、大丈夫?」女の隣を歩いていた恋人と思われる男が声をかける。

 女の首筋には血管が浮き立ち、ぞわぞわと黒い苔の様なものが衣服の下から広がってくる。真っ黒な煙の様なものが女の体から溢れ出してくる。恋人らしき男は、突然の彼女の変貌に、おどおどしながら立ちすくむ事しか出来なかった。

 そこに後ろから猛スピードで走ってきた明美が通り過ぎる時、彼女にとんと触れた。すると黒い霧はパッと霧散して、彼女は息を取り戻した。その場にしゃがみ込み、ぜぇぜぇと息をする。

「く、苦しい??」必死の彼の問いかけに、彼女は屈んだまま答える。「大丈夫……」彼女は顔を上げた。息は荒いが、普段の彼女だ。

 「なんか……誰かに触られたと思ったら、急に目の前が真っ暗になって、息が出来なくなった……」

 シンは一瞬振り向いて、2人の様子を確認すると、舌打ちして言う「足止めにも……ならねぇか!」

 明美は彼女に触れた一瞬で、虚影体になりつつあった彼女の浄化を行っていた。

 シンは全身の痛みを堪え、遠のく意識を必死に繋ぎ止める。ビリビリと自身の“核”が振動しているのが分かる。

『これ以上この場に居ると、核を破壊され、俺は浄化される。昔は渋谷はこんなんじゃなかった。リスクは承知の上で近づいたが、考えが甘かったか?』

 

 明美はシンを追い詰めるまでの流れを考えていた。もう少し人が少ない場所まで追い込めば、認識阻害の結界をはって、そこでトドメをさせる。廣瀬が奴に攻撃を続けてくれているおかげで、恐らく奴は回復に手いっぱいだろう。攻撃魔法をこの場で使う余裕は無いはずだ。出来たとしても、さっきみたいに虚影体をもう1〜2体産むくらいだと思う。それもこの渋谷の街の中では、容易に浄化出来る。大丈夫、ここでヤツを倒せる!!


 うっ………!!ぉぇえええェえ……。

「は?」明美の思考が停止した。

 電話の先から、びちゃびちゃと吐瀉物が地面に落ちる様な、嫌な音がしてくる。廣瀬の演奏は完全に止まっていた。

 シンは攻撃が止んだ瞬間に、全身の回復を済ませ、自動車が行き来する道路に向かう小道に、方向を変える。

 丁度、中型のバイクが通りかかる所だった。シンはその運転手目掛けて飛び蹴りを喰らわせた。運転手はバイクから投げ出され、道路に転がる。バイクはスピードを緩めず、通路側に乗り込んで、ガタガタ音を立てて地面や壁に激突しながら止まった。シンはバイクを奪い取ると、エンジンを吹かせて、猛スピードで走り去った。


 明美はただ、呆然とその様子を見ているしかなかった。

「ご……ごめんなさい……。まだアルコール抜けてなくて……」廣瀬の声が電話先から聞こえてくる。

 申し訳無さそうな声に、自分も最初、動揺して取り逃したことを考えると、責める気にはなれなかった。

 ……ゔぇええ!!

 第二波が来たらしい。するはずがないアルコールと胃酸の混じった酸っぱい臭いが、明美には感じられた気がした。明美は、ただ黙ってスマホのスピーカーをオフにした。


 ◇


「で?渋谷と錦糸町のエース、2人揃って居るのに顕現したばかりの実影体、逃したわけ?」

「「はい!大変、申し訳ございません!!」」

 明美は廣瀬と合流して、廣瀬の働くライブハウスに来ていた。2人はスマホのビデオ通話で、早妃に向かって土下座をしている。その綺麗な土下座は、まるで伝統芸能の所作のひとつのようだ。

「いや、あのね。逃した事を責めてるんじゃないわけ。1人はキスされて動揺しちゃって、もう1人は二日酔いでゲロ吐いて逃がすっていう、その理由を責めてるわけ!」

「「はい!この度の不祥事、ひとえに私どもの不足の致す所でございます!」」

 2人ともしょうもない理由で早妃に怒られるのは慣れたものなので、すらすらと謝罪の言葉が口から出てくる。明美は顔を上げて話しだす。

「早妃さん、今回取り逃した件ですが、そもそもの原因は、私が最初に奴を逃した事が原因でございます。ただ、私も魔法少女を10年続けている身……。イケメンのキッスに、ただ動揺した訳ではございません!」

「(あ……明美さん……!)」さりげなく、自分が根本的な原因であると言ってくれる明美に、廣瀬は少し感動した。

「分かってるわよ、何で逃したの?」早妃は謝られているだけの時間が無駄な事を知っているので、姿勢やら何やらをあまり深く追求しない。追求した所でこの2人がまともになる事はない。それを口にはしないが。

「……奴は、シンの姿をしていました」

 その名前を聞いて、早妃は少し目を見開いた様に見えた。

「シンは10年前に明美が倒したはずでしょ?大体、一度浄化した実影体が復活するなんて、聞いた事がない。見間違いじゃないの?」早妃の声色は緊張を帯びている。

「いえ、確かに奴です。私が奴を見間違う筈がない。それに、本当にすぐ目の前まで、奴は来たんです。それこそ、口づけを出来る距離まで」

「……復活したのか。明美を倒す為に……?」

「分かりません。ただ、恐らく奴は、私に何か魔法をかけていきました」

 明美は自分の左手の薬指を見せる。薔薇(いばら)の様な黒い模様が焼き付いている。

「なっ、何でそういう事!早く言わないの!!大丈夫なの、身体は!?呪いか何かじゃないの!?」

「口づけはこの魔法をかけるための条件だったんでしょう。私も何度か呪いはかけられた事がありますが、コレは今のところ、そういった類いのものでは無さそうです。体に変化は無いですし、特にこの紋様から力の様なものは感じません。それが、不気味なんです」

 明美は自分の薬指を見つめる。邪悪なオーラも、痛みも感じない。大体の呪いは、体に何か種の様なものを植え付けられる様な感覚がしたり、背中がぞわぞわしたりするものだが、これはただの模様の様に、なんの感覚も感じない。

「分かった。ハルなら大抵の呪いは解除出来るから、そこに向かわせる。それまで廣瀬、明美をお願いね」

「分かりました」廣瀬はスマホ越しに、早妃に頷く。

「あと、廣瀬は今日から禁酒だからね。いくらダークマター相手に戦えたとしても、自分の不摂生で体調崩してるんじゃ、元も子もないでしょ??」

 その言葉を聞いて、廣瀬は申し訳無さそうに俯く。

「……確かに……そうですね。今回の件も、私の体調が万全であれば、取り逃すことはなかった。ダークマターに勝てても、酒に負けてちゃ、意味がない。今日から禁酒という事で、1日鬼ころし1パックまでに抑えます!」

「「お前、話聞いてた?」」

 明美と早妃の声がライブハウスに響いた。

廣瀬さんの大活躍する短編?渋谷 パンキッシュ・ビートを宜しくお願いいたします。


念のため補足ですが、鬼ころしとは、1番小さい180mlパックが120円くらいで買える、お財布にも優しい大変美味な日本酒です。

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