第6話 新たなる闇 ①
24歳のご機嫌ガチニートの明美は、現役の魔法少女である。ある日、明美は妹のエリート中学生 雅を魔法少女にした事で、父親の逆鱗に触れ、家を追い出されてしまう。
行き場を失った明美は、二代目女神 円城寺早妃の家にゴリ押しで泊まる事が出来た。ハイパーラッキーガールの明美。やはり持つべきは友だ。
だが無収入の恐怖は、明美の首に、その毒牙を向けている。住所不定無職の明美に未来はあるのか。
ポメラニアン。なんて可愛らしい名前だろう。
一文字目、「ぽ」から始まる単語の中では、恐らく可愛さナンバーワンだ。犬だけに。
その身体は、極地で犬ぞりを引いた祖先から受け継いだ、密集した柔らかな毛皮に覆われている。ぴんと立った耳や鼻は狼のそれを思わせる凛々しさがある。小さなあんよでトテトテ歩くその姿、まるで歩く毛玉と言っても良い。「こんなにちっちゃくて可愛らしいんだから、実はおバカさんなのかしら?」と思うかも知れない。Non,non. それは勘違い。実は賢い、立派なお犬。性格は友好的で、ちょっぴり寂しがり屋さん。そこがいじらしい。抱きしめたい。
この魔性の毛玉は、かつてはイギリスのヴィクトリア女王も虜にしたという。ヴィクトリア朝といえば、我々人類の歴史の中でも重要な転換期となった産業革命があった時代だ。恐らく、彼らは英国王室を拠点として、産業革命を引き起こしたに違いない。
ポメラニアン。あぁ、ポメラニアン。
その可愛らしさは誰が為に。
◇
「雅。6時だぞ。そろそろ、起きないか」
誰かの声がする。晃一郎とは少し違う、落ち着いた大人の男の声だ。しかし、どうにも身体が重い。濃い霧の様な眠気が、意識を不確かにする。
「今日は午前練習なんだろ?はやく起きて、練習をするんじゃないのか?」
その言葉にはっとした。そうだ、今日はいつもより早く学校に行って、自主練をしようと思っていたのだ。昨日はどうも調子を崩していたので、取り戻したいと思っていた。
ばっと目を開ける。ポメ太郎だ。
雅のお腹の上、小さい頃に明美から貰った、ラムネ色のポメラニアンの人形が乗っている。
「おはよう、雅」
ポメ太郎が喋った。ん?
ポメ太郎が喋った!!??
雅は驚きのあまり、うわぁ!と言ってポメ太郎を思いっきり払いのけてしまった。
「うっ!」吹っ飛ばされたポメ太郎は壁にぶつかって、ぽてっと落ちる。
「すまない……。驚かせてしまったか。明美から俺のことは聞いていたものと思っていた……」起き上がったポメ太郎は、痛みというよりも雅にぶっ飛ばされた事にショックを受けたような顔をしていた。
「えっ……、えっ!?」
ぬいぐるみのポメ太郎が動いている。その見た目の可愛らしさは相変わらずだが、余りにも生き物らしく動くので、呪いの人形の様な不気味さがある。
「雅、俺はぬいぐるみではない。明美の聖霊なんだ」
聖霊、確か明美が昨日、そんな言葉を言っていた気がする。
「君を騙していた事はすまないと思っている。だが幼かった君が、余りにもこの姿の俺を気に入るものだから、仕方なくぬいぐるみのフリをしていたんだ」
頭が追いつかない。確かに妙にリアルなぬいぐるみだとは思っていた。
「雅、実影体が顕現した。契約はあるが、魔法少女に変身出来ないお前は、狙われると危険だ。明美が戻るまで、俺が暫くお前に付き添う」
何を言っているんだポメ太郎は。じつえいたい?
「俺がついているからには安心しろ。必ずお前を守り抜く」
ポメ太郎の愛くるしい瞳から、騎士の様な強い決意が感じられた。
◇
『逢いたかった……』
寝ている明美に、男は耳元で囁いた。この声、誰だっただろうか。艶めく黒い髪が、明美の目元で靡く。抱きしめられているのか、男の顔は見えない。滑らかな白い肌から伝わる熱が、明美を欲していることを示している。
唇が明美の身体を確かめる様に、耳元から首筋までを伝う。繊細な指先が明美の身体の形を確かめる様に撫でた。明美の胸元から、男は顔を上げる。
「 」
明美はその男の名を、久しぶりに口にした。
「ん……むぅ……」
「おはようございます。明美様」
明美が目を覚ますと、起きるのを待っていたのか、正座をしてハルが話しかけてきた。
明美は何故か早妃の机の下に頭を突っ込んで寝ていた。起きあがろうとして、ゴン!と頭を机にぶつける。
「痛っ!……っつぅ〜〜!」
痛みで完全に目が覚めた明美に、身体中をあの男に触れられていた不快感が押し寄せてきた。酷い夢だ。あの男に夢の中で触れられた腕や胸元を手で撫でる。それが夢であった事を確かめたかった。
「嫌な夢でも見られたのですか?」
「……んん……。昔の知り合いが出てきた」
ハルは明美の朝食まで準備してくれた。早妃は既に家を出ていた様だった。
「ハルちゃんは、早妃について行かなくて良いの?」
「はい。早妃様のお仕事に差し障りがあるといけませんので。私は守護契約があるお陰で、早妃様を対象にした保護魔術であれば、かなり高い魔力効率で魔術をかける事が出来ます。私は常に、早妃様の周囲1kmまで、遠隔で魔力検知を張り巡らせておりますので、いざとなれば、霊体化して自身を転移魔法で飛ばすようにしているのです」
「ふぅん。遠隔で何も介さずに魔力検知出来るなんて、守護契約ってすごいね!雅に契約させちゃおうかな!」
「しかし、早妃様に敵意のあるもの意外に、私は攻撃魔法は使えないという制約も課せられております。不特定な敵と戦う必要のある明美様には、難しいかと」
じゃあ、雅に守護の契約をするってのはナシか。制約を課す事で、より魔法機能を強固なものにする。それは何かで使えるかも知れない。
「因みに、身体的なストレスも共有されるのですが、早妃様、今はちょっと緊張されてますね。お腹が痛いみたいです。レコーディングだからでしょうか」
「へぇ、早妃も緊張したりするんだね」
そう言うとハルは苦笑いをした。
「はい。強がってばかりで、困ってしまいますわ」
◇
ハルに見送られて早妃の家を出ると、明美は渋谷に向かった。丁度、明美の住む錦糸町との乗り換えがあるので、街の様子も見ておきたかったからだ。早妃の言っていた、虚栄体の数が増加している事が気になっていた。実影体が隠れるのは、決まってこういう人の多い場所だ。
魔法少女には、メインで担当する地域がある。
ハルのような守護霊と違って、彼女らの精密に組み立てられた肉体は、転移魔法で何らかの組み違えが起きると、大きな障害になる可能性があり、場合によっては命も失う可能性もある。その為、基本的に魔法少女は普通の人間と同じ様に移動をして戦闘を行っている。とはいえ、ただの少女が年中見て回れる地域なんて限られているため、それぞれ自身が担当する地域を決めて、そこを主に守るようにしている。
明美は錦糸町周辺がメインの担当地域であったので、渋谷は管轄外であった。明美は魔法少女の中でも飛び抜けた実力がある為に、他の地域に駆り出される事も多い。というか、ほぼ23区全域の魔法少女から、年中呼び出しをくらっている。その為、浄化部隊の魔法少女であれば、強い魔法少女は大体が知り合いである。
渋谷は年下のグループが守っていた筈だ。特に人が多く集まる地域は、それだけ多くの魔法少女が守っている。もちろん、新宿のような例外もあるが……。確か渋谷の魔法少女は10人で回している。10人というのはあくまでも浄化部隊の人数で、調査部隊や、修復や結界を作る部隊ならば、その10倍の100人は居る。
彼女らは中々先進的な魔術を使っていて、街中に貼られたステッカーに、魔法印を刻んだものを混じらせている。
魔法印には幾つかの機能があって、魔除け印としての機能が主である。ベタベタと薄暗い裏路地なんかにステッカーを貼り、魔法印を刻む事で、彼女らは無駄な戦闘を極力排除している。渋谷の魔法少女のリーダーである廣瀬という女は、この魔法印を使うことにはピカイチで、戦闘は得意ではないのに、都内でも屈指の人が集まる渋谷を守っている。
人混みを掻き分けて歩く。明美は廣瀬に電話をかけた。
出ない……。10コールしても、全く出る気配がない。
明美は渋谷の魔法少女は廣瀬しか知らなかったので、他の子たちに連絡は出来なかった。それに、明美が電話をする事で、無駄な心配をかけたくもない。
廣瀬はとんでもないアル中で、会った時に酒に酔っていなかった事がない。恐らく昨日も、夜通し飲んで居たのかも知れない。SNSで何か投稿していれば、起きているかは分かるが……。
SNSで廣瀬の投稿がないかを確かめた。
朝の5時、投稿があった。
『深夜まで酒を呑んで、記憶を失くす。目が覚めると、一升瓶を抱き抱えて、公園で寝ていた。財布を無くした事に気付く。朝日が気持ちいい』
いや、もっと焦れよ!!
◇
朝7時、雅はポメ太郎に言われるがまま、部活用のバッグにポメ太郎を忍ばせて家を出た。それにしても、バッグの中にお利口に入るポメ太郎は可愛い。
「雅、聞こえるか?」
イヤホンからポメ太郎の声が聞こえる。
ポメ太郎は何故か自分のスマホを持っていた。そこから雅のスマホに電話をかけている。騒がしい駅のホームでも、そうする事でポメ太郎と会話が出来た。
「まだ女神には連絡が取れていないんだが、さっきも話した通り、実影体が都内で新たに顕現した。実影体の存在は知っているか?」
ポメ太郎が話しかけてくるので、有線のイヤホンに付いたマイクを口元に持ってくる。
「ごめん、知らない。ダークマターとかいう大きくて黒い化け物は知ってるけど」
「いや、謝らなくて良い。お前が見たのは虚影体と言って、邪神から完全に別個体となったダークマターが、お前たちの世界に顕現したものだ。意識や思考はなく、ただ破壊を繰り返すのみで、攻撃魔法も使えない。平たく言えば、邪神の抜け毛みたいなものだ」
邪神が何かは分からなかったが、抜け毛1本1本があんな化け物になるなんて、きっと恐ろしいものなんだろう。
「それと引き換え、実影体は神経の通った、身体の一部の様なもの。所謂、分体だ。邪神の意思を理解し、思考を持って自身の自我で動く。邪神のマナも供給されるから、攻撃魔法も使えて、抜け毛どもとは別格の強さになる」
あれよりも遥かに強い化け物が都内に現れた訳か。明美はそれと戦ったことはあるんだろうか。
「実影体は、今は人間に化けて潜んでいる。恐らく、顕現した直後で、うまく力が使えないんだろう。だが、成長すれば必ずこちらを攻撃してくる」
「その……、人間に化けた奴らを、人間と見分ける方法なんてあるの?」
「ある。姿形は人間のそれだが、魔力を使う時に奴らの瞳は必ず紅くなる。それと魔法少女なら、奴らに触れれば見分けられる。奴らはマナの色や形が歪だからな」
「それだけ?」
「それだけだ」
電車が来るアナウンスが流れる。「ごめん、一回切るね」「あぁ」そう会話をして、雅はスマホの通話を切った。人間の形をした化け物。そんなの、東京で隠れ放題じゃないか。今、後ろに居る人が敵だったって、分かりはしない。
◇
廣瀬とは全く連絡がつかないうちに、渋谷まで着いてしまった。地下鉄の出口を抜けると、渋谷の駅前は人で溢れていた。いつもの渋谷だ。
もう一度、廣瀬に電話をかける。何回目かのコールで廣瀬は電話に出た。
「…………あい」
「おはよう」
「ぉあよぅござぃます……。明美さん……どぅしたんスか?」
廣瀬は酷く具合が悪そうで、電話越しであるのに、酒の匂いがするような気がした。
「廣瀬、最近渋谷で怪しい事とかあった?いや、あったら早妃にはすぐに報告してるとは思うんだけどさ」
「ぇぇ……、ないです……」
「いや、なんか小さな事でも良いの」
ガサガサと電話越しに音がする。もしかしたら、公園で寝っ転がりながら電話を受けていたのか?
「ぅ……、うぅ〜ん。魔術印、調べますか?」
「あっ、そうだね。お願い」
「ちょっと待っててくださいねぇ〜……」
通話音が静かになると、周りの雑踏が耳に入ってくる。周りには、観光に来た外国人や、何かを撮影する人、若い男女で溢れている。人の顔がそこら中にあって、一人一人の顔を見ていく事なんて、到底出来ない。それぞれ行き先はバラバラで、ぐちゃぐちゃに入り乱れているので、上手く前に進めない。
スクランブル交差点の信号が赤になった。さーっと道路から人が引いて、交差点の前は人が密集している。
派手で汚い街だな。明美は思った。
「おい!!明美!?明美じゃないか!!」
背後から声をかけられた。何処かで聞いた事がある声だ。
「久しぶりだなぁ!!元気にしてたか!?」
この声、私は知っている。声は耳元にまで近づいてきている。大きな黒い蛇が、ゾロリと身体に巻き付いているような緊張感が明美を襲った。上手く身体を動かせない。大蛇は明美を噛み殺そうと、その毒牙を向けている。
「お前とこんなにスグに出逢えるなんて、夢みたいだよ!!」
男が耳元から明美の左側を回り込んで来るのが分かる。
陶器の様な、白く美しい肌。
黒豹の様な、風に靡く艶やかな黒髪。
傷口から溢れ出す、鮮血の様な赤い瞳。
「ははは!!相変わらず、人間のお前は醜いなぁ!!他のゴミ共と同じ様に、少しは着飾ったらどうだ!!」
相変わらず、整った顔をしている。私が10年前に叩き潰した、その繊細で美しい顔。
「また俺と殺し合おうぜ!!明美ィ!!」
そう言って男は、まるで悪魔がその羽を広げるようにして、両手を広げた。ギラリと笑う男の牙が光る。その紅い眼は、高揚感の中に、明美への強い殺意が混じっている。
「シン」
明美はその男の名を、久しぶりに口にした。
最近、設定ガン被りのラノベを見つけてしまって、これまで書いてきたものを修正する予定です。
擦られきった魔法少女というコンテンツを選んだ自分が悪いので、これからの展開で独自性を出していきます。
4/7 第3話を更新し、桃華の必殺技をたいへんカッコいいものにアップデートしました。




