ミロとヴェルチン
クロディウスが追い詰められつつあった。
ここにきて大きく情勢が変化しつつあるのはどうしてだろう。
数日前のこと
ローマ市街で暴れまわったことで名を上げた力自慢で大男のミロは、敵対すべき民衆派のクロディウスがなかなか捕まらないことに苛立ちを感じていた。
ミロは大きな体格の男だった。
身長もあり鍛え抜かれた身体にはがっしりとした筋肉が巡らされていた。
人前で喋ることがあまり得意ではなかったが、頭も切れるほうだった。
周りでは「全てを持った男」と呼ばれていた。
ローマ近郊で生まれて、町の有力者に若い頃から見いだされて大きな仕事を任されることも多く、誰もがミロに憧れを抱くようになっていた。
転機が来たのは数年前、街を支配する長老たちからローマの元老院議員を紹介されたことにある。その議員は、ローマの危機に対してミロの力を借りたい、と言ってきた。
敵はローマの民主制を破壊しようとしているカエサルとその子分のクロディウスだという。
ユリウス・カエサル。
名前は聞いたことがある。
ローマ一の女ったらしで借金王。
そのような者にローマを任せておいては駄目だ。
だからこそミロは立った。
新時代派とカエサル、クロディウスを排除しようと。
だが、ローマに居を構えて住民たちと話をすると、そのカエサルの人気が圧倒的だった。
カエサルはローマをよくしようとしている。
俺たちはその抵抗勢力になっているのではないか?
一度発生した疑念だったが、元老院議員から違う角度で話を聞いた。
カエサルがローマをよくしようとしているのは真っ赤なうそで、彼はクラッススへの借金で首が回らない。だから人気を得られるように良いことしか言わない。市民に評価が高いのもそのせいである。
だから我々は文治派はカエサルの虚勢に惑わされず、ローマを正しい方向に導かなければならない、と言われた。
さらに、その議員は、今後一切の迷いをなくすようにミロに迫った。
ミロは議員の顔を見て言った。
「ローマのために。迷わず尽くすことを誓いましょう。」
こうしてミロは自ら剣をとり、ローマ市街で繰り広げられるクロディウスとの抗争に入っていくことになった。
あの時の決断は正しかったのか。
その後もカエサルの報告は続き、多くの市民はカエサルを支持している。
そう思うこともあったが、ミロは全てを捨ててローマに尽くす、と誓約した。そこに偽りはない。
「私は新時代派の悪影響からローマを守るためにいる。」
そう口にしてさまざまなところで
葡萄酒を飲み、蜂蜜酒を飲み、苦味を求めて麦酒を口に含み、連れている女たちと部下たちと道沿いのカフェで、仲間たちが騒いでいる中でミロは一人冷静に振り返っていた。
ミロの役目は鍛え抜かれた巨大な身体を使ってローマで新時代派を叩く役割だった。
自分こそが最強であると信じて突き進んできた。そして文治派(他からは門閥派と呼ばれている)によりうまく使われることで自分の地位を確立してきた。
「俺は頭もそこそこあるがローマでしのぎを削っていけるほど賢くねえ。上手く生きることもできねえ。だが、力で道を蹴り壁を壊して進みたい方向に進んでやる。」
そう言って暴れ続けていた。
その日道端のカフェでミロの前に立ちはだかった男は、ミロが生まれて初めて自分より大きな人間だと思ったほどに大きな男だった。
「こいつがミロか。」
少し自分よりでかいガリアから来たように見える男が値踏みするように自分を見る。
弱点を探るような眼に苛立ちを覚えて、てめえは誰だ?
と声をあらげる。
蛮族の男に案内を受けていた男がミロに近寄り挨拶をしてきた。
「はじめまして、だな。ミロ。あんたに話があってきたんだ。」
そう言ったのはミロよりさらに大きな体格をした長い金髪をなびかせた美男だった。
「俺はヴェルチンという。ローマの街を見に来て帰るところだが、ちょっとあんたたちの世情が気になってローマを訪れている。そして、俺はあんたの味方になれる。そう思ったから会いに来たんだ。」
「どういうことだ?」
「どうもこうもねえさ。あんたら新時代派という俊敏な敵を抑えられなくて困っているんだろう。兵士を貸すぜ。それもただの兵士たちじゃねえ。ガリア最強と呼ばれた兵士たちをな。」
ガリア人か。
ミロはシンプルに考えた。コイツらは使える、と。
少なくとも今ユリウス・カエサルがガリアで暴れているのを疎んじている勢力だろう。敵の敵は味方だった。
「ガリア人か、なんでローマの街にいる?」
手の内を明かさず、ミロが質問した。
「ローマ人もガリアの街を好き勝手歩いているだろう?俺たちが同じことをして何が悪い。」
確かに男の言うとおりだ、とミロは思った。
「お前らの狙いが新時代派ならば手も組めるぜ。もちろん新時代派に対抗することをあきらめていなければな。」
俺にはローマもガリアも関係ねえ。俺の味方は味方だ、ミロは一瞬そんなことを考えたが、相手の目線を思い出して取り繕うようにうなずく。
「俺はな、ローマが嫌いなんだよ。そのなかでも嫌いなのはユリウス・カエサルってやつだがな。」
そう言ったのはガリアの若者だった。
ミロはガリアの若者の意見が気に入って、
「それなら俺らは仲間になれるだろう。俺はカエサルの部下のクロディウスってやつを蹴落とそうとしているんだ。ローマのカエサルの子分だな。」
ヴェルチンと言った背の高い美男は、嬉しそうな笑顔を見せる。
「よーし、良いだろう。俺らはカエサルを追い出すことで一致できそうだ。改めて名乗ってくれ、名前は?」
「ローマのミロだ。」
「俺はガリアのヴェルチン。見たいものは見た。ここであんたと共闘できそうであれば、俺はローマから去ってからは力でガリアを統合してカエサルを追い返す動きをはじめる。ちなみに俺は生粋のガリア人だ。」
「そうかヴェルチン、本当に仲間になれそうだ。だがお前の部族も聞きたい。」
「オーベルニュだ。オーベルニュの元族長の息子で現族長の甥っ子が俺だ。」
ミロは軽く頷いた。オーベルニュはガリアでも大きな部族だが、前の部族長が独立主義を唱えていたのに対して、現部族長はカエサルの犬になっているという。
甥っ子が反逆の指揮ととるには悪くない状況だ。
そこまで考えるとミロはヴェルチンに向かって、「そうか。同じ目的で動けるだろう。」
そう言ってヴェルチンの手をとって親愛の情を見せる。
2人の大男は互いに目的が同じ仲間を歓迎した。
ヴェルチンと彼の仲間を味方にしたミロたちはクロディウスたち民衆派、新時代派を今まで以上に積極的に狩りはじめた。
ローマの市街で新時代派の勢いが強かったが、ここから強門閥派の勢いが増していく。少しずつ門閥派が新時代派を押しはじめだした。
そして門閥派はミロが形勢逆転したとして喜び、内情を知らないまま多くの資金を提供した。これによりクロディウスはさらに追い詰められだした。
今まではクロディウス率いる新時代派が演説したり活動をして!そこへミロたちが襲いかかるという構図だったが、ヴェルチンたちが加わることで手勢も増え、俊敏性、機動力も向上。少しずつクロディウスの仲間を減らしはじめた。
門閥派に新たな仲間が加わる。
オーベルニュのヴェルチンだった。
ミロはこれで武力的な影響力を高めることに成功した。




