村での生活④
風呂から上がり、食事をとる天幕で子どもたちを待ちながら、座って体を解したりしていると、いつの間にか夕暮れの気配が漂ってきていた。
外からクレナとホノカの声が聞こえてきて、二人が天幕の中に入ってくる。
髪の色が明るい。胞子で暗く見えていただけで、元の色は鮮やかなんだな。
「クロガネお兄ちゃん。クレナ綺麗になったんですのよ! 見てくださいですの!」
クレナの手を離してこちらに走ってきたホノカを膝に座らせると、クレナが鮮やかな深紅色の髪をふわりと指で梳いて、きらきらとした眼差しを向けてきた。
背中まである髪が、柔らかく波打っている。
「ああ。豊かで綺麗な髪だ。元から綺麗だったが、今はそこに艶が出ていて、美しいな」
「……そ、そこまでですの?」
クレナが横髪を掴んだまま固まり、きょろきょろと視線を揺らして、その頬がみるみる赤く染まっていく。
「か、カケルはそんなこと、言わないんですのよ……。と、殿方って、殿方って……」
「ホノカもー、きれーい?」
膝の上から見上げてきたホノカの髪を見る。
金色に近い稲穂色の髪が、丸い頬をふわふわと彩っている。
綿毛みたいに細い髪だ。いや、雛鳥の毛か。
「ホノカの髪は、触り心地が良さそうだな。強いて言うなら、可愛い? か」
「可愛い! わーい」
ホノカがはしゃいで、体勢が崩れかけたのを支える。
お風呂上がりだからか、厚手の服の上からでも、前より体が暖かく感じた。
「私、アカネお姉ちゃんたちの手伝い、してくるんですのっ」
頬に両手を添えたクレナが天幕から出て行く。
小さいのに、自分から炊事の手伝いに行くとは、クレナは自立しているな。尊敬に値する。
ホノカをあやしながら、他の子たちがくるのを待つ。
クレナが食卓に夕飯を並べだした頃、ユウシとキョウヤがシズルを連れて、天幕に入ってきた。
やはり三人とも、髪色が鮮やかになっている。
「ホノカ……」
対面で座ったユウシが、ホノカに向かって遠慮がちに腕を伸ばしてきた。
根元は黒い、毛先に向かって鮮やかな深紫の髪が、さらりとその目元を覆う。
喜んだホノカがユウシに腕を伸ばす。
流れでホノカを手渡すと、シズルが近くに寄ってきた。
シズルは無言で卓上のお椀を手繰り寄せると、静かに隣に座って、ぼんやりとこちらを見上げてくる。
とりあえず、明るい茶髪を撫でてみた。
その口から満足気な吐息が漏れて、シズルはまたぼんやりとお椀の方を向いた。
対面の方から、小さなくしゃみが聞こえて、視線を向ける。
鮮やかな深緑の前髪を後ろに流しているキョウヤが、鼻をすすっていた。
「キョウヤ! ……だいじょう」
「兄ちゃん、大丈夫、大丈夫! くしゃみ出ただけ!」
「──今日は、早く寝よう」
「うん」
ユウシが心配そうにキョウヤの額を触ろうとして、キョウヤが手を振ってそれを制止した。
湯冷めか? 風邪を引かなければいいが。体力が必要だな。また、肉でも獲ってこよう。
天幕の奥からカケルたちが入ってきた。
「クロガネに感謝して食えよー」
カケルがアカネと一緒に隣に座った。
子どもたちがそれぞれ返事をして夕飯に手を伸ばす。
セツナ嬢の姿が見当たらない。
「カケル」
「な、何かなー? 俺はアカネを見てないと」
「セツナ嬢はどこにいる?」
びくりと肩を震わせ、目を逸らしていたカケルが、拍子抜けしたような表情でこちらを見た。
「セツナ? しめ縄見て、今風呂入ってんじゃね? あとで食いにくるから大丈夫だろ」
カケルがアカネの世話を焼こうとして、さり気なく邪険にされている。
セツナ嬢は忙しいんだな。腐怪を浄化する以外にも、何か手伝えたらいいんだが。
シズルの口元が食事で少しだけ汚れている。
食卓の布でシズルの口元を拭いながら、天幕の入口の方に視線を向けた。
◆◆◆
夕食を終え、カケルに片付けは大丈夫だと追い出され、暗い広場を歩く。
風呂場の天幕に差し掛かると、天幕の中からセツナ嬢が出てきた。
白い髪だ。雪のように白く、儚い。
彼女の髪から目が離せない。
毛先に向かって紅さの増していく髪が、セツナ嬢の肩にしっとりと垂れ落ちて、暗闇の中から浮かび上がっていた。
「うわっ、びっくりした! クロガネ? どうしたの? 私、今から夕飯なんだけど……」
彼女の方から微かに、甘く爽やかな香りが漂ってくる。
この匂いは、セツナ嬢の髪からか。ホノカからも似たような匂いがしたが……。それよりも、もっと──。
「近い近い、近い!!」
間近からセツナ嬢の叫びが聞こえ、はっとする。
赤く染まった目元。吊り上がった赤緑の目と視線が合い、なぜか心臓が脈打った。
なんだ? 腐怪か!
反射的に後ろへ飛び退き、刀の柄に手を添えて森の方を見渡す。
「ちょっと! 文句言っただけじゃない! 何事!?」
「見回ってくる。いい夢を」
セツナ嬢にちらりと視線を投げたあと、布を首から鼻先まで上げて、半獣化しながらしめ縄の方に向かう。
「え、もう腐怪がきてるの!? あ、気をつけてよっ!!」
背後から追ってきた声に頷いて、皮膜で風を切り、しめ縄を飛び越えて、森の中に突っ込んだ。




