村での生活③
胞子で薄暗い朝陽を浴びて、修練ついでに森で腐怪を浄化し、残った肉を持って村に戻った。
昨日の天幕に行けば、肉を保存する場所があるだろう。
広場まで歩くと、難しい表情を浮かべたセツナ嬢が、辺りを見回していた。
「セツナ嬢?」
「クロガネ! どこに行ってたの? 探したじゃない!」
どうしたのかとセツナ嬢に近付くと、こちらを見た彼女の表情が、ぱっと明るくなった。
「すまない。森で修練してたんだ。肉を保存しておく場所はあるか?」
「修練……? 森で? 肉……」
頷くと、セツナ嬢の困惑したような視線が、こちらの顔と手元を行き来して、沈黙が落ちた。
「いや、お肉は有り難いけど、何で修練を森でしてるの……? 広場でやればいいじゃない」
広場で修練。相手がいないと腕が鈍るんだが……。
鼻先まで覆っている布を首元にずらしながら、セツナ嬢に肉を手渡す。
「ありがと。カケル! クロガネがお肉持ってきてくれたから、お願い!」
「おー! 肉? すげー助かる。ありがとなー。今日の夜は久々の肉料理にすっぞー」
昨日の天幕から顔を出したカケルが、こちらに人好きのする笑顔を向けて、セツナ嬢から肉を受け取り、天幕の中に消えた。
……カケルがいたな。ちょうどいい。手合わせついでに、修練相手をしてもらうか。
「昼間はあんまりしめ縄から出ないで欲しいんだけど。子どもたちが真似しちゃうかもしれないから」
ああ。それは危ないな。昼間はカケルと修練して、夜は腐怪を浄化しよう。これなら、腕は鈍らないな。
緩く口角を上げて頷くと、セツナ嬢が安心したように微笑んだ。
◆◆◆
セツナ嬢に朝食を取るよう促され天幕に入ると、子どもたちはすでに食事を終えたのか、食卓の傍で思い思いに寛いでいた。
カケルとアカネとクレナは、後片付けをしているのか、天幕には見当たらない。
ホノカがセツナ嬢に抱っこを求める傍らで、何事か話していたユウシとキョウヤの視線がこちらに向けられた。
ユウシの何か言いたげに期待したような目が伏せられ、その口が開閉して、結局なにも言われず、口元が引き結ばれた。
「クロガネさん! 肉獲ってくるなんてすごい! 俺、久しぶりに肉食べれて嬉しいって、兄ちゃんと話してたんだ。だよね、兄ちゃん!」
「……え? あ、キョウヤ……。そうだけど……」
キョウヤがユウシの背中に負ぶさるような体勢で、こちらとユウシへ交互に視線を向けた。
キョウヤの表情は明るいのに、その目には微かな警戒が混じっているように見えて、昨日の位置に座りながら首を傾げる。
肉で喜んでくれるなら安いものだ。
「また獲ってこよう」
「ありがとうクロガネさん! 兄ちゃん、シズルが寝そう」
ユウシの膝でぼんやりしていたシズルが欠伸をすると、キョウヤがユウシを促して、三人で立ち上がった。
目を擦るシズルと手を繋いだユウシが、こちらに黙礼して、三人で天幕から出て行った。
セツナ嬢とホノカの声しか聞こえなくなった天幕は、だいぶ広く感じた。
黙々と朝食を取っていると、後片付けが終わったのか、カケルたちが天幕に入ってきた。
「カケル。あとで手合わせ願いたい」
「あ? あーと。いやー今日は無理かなー。俺、風呂の用意しないとじゃん? そうそう、今日は風呂! 用意できたら、クロガネから入れよ。いや、入ってくれ!」
カケルが額の汗を拭って、上を見たりアカネやクレナに視線を向けたり、切実な表情でセツナ嬢を見たりする。
「今日、お風呂に入れるんですの? クレナ明日だと思っ──」
カケルがクレナの口を押さえてその体を抱えあげ、アカネと手を繋いで天幕から出て行った。
やはり、動きが早い。カケルが水で姿を消したまま、攻撃を仕掛けてきたら、避けきれるか……疑問だな。
「全くあいつは……。まあ、お風呂入れるなら許す。クロガネ、私はホノカを天幕に連れて行くから、食べ終わったら片付けといてくれる? 外の盥に、泥水を布で絞った、一応綺麗な水があるからお願い」
食事を口に運ぶ手をとめて、セツナ嬢の顔を見て頷く。
心配そうな表情で見られたが、炊事は師匠にやらされてきた。得意ではないが、一通りのことはできると思いたい。
◆◆◆
食事を終えて外に出ると、セツナ嬢が言っていたように、倒木の上に水が入った盥があった。
お椀を洗ったあと、片付ける場所はどこかと視線を巡らせ、近くにもう一つの天幕があるのを見つけた。
幕の隙間から食事の残り香が漂ってきて、そこが調理場だと分かり、その天幕の中に入りお椀を片付けた。
腹ごなしのために、広場で師匠直伝の体術の型を実践する。
無心で全ての型をこなして体が火照り、首に巻いた布を緩めて顔を上げると、じっとこちらを見ているセツナ嬢と視線がぶつかった。
「カケルの代わりにお風呂呼びにきたんだけど……あんた、いつ休んでるの……?」
首を傾げる。
いつ? 夜中は普通に休んだな。食事でも休めた。このあとも風呂で休むんだが……?
「今日、しめ縄の神木の葉を交換しないといけなくて、そしたら二日間は腐怪が寄ってくるから、休める時に休んで欲しいのよ……」
神木の葉。なるほど、腐怪が村に入ってこないのは、それのお陰か。……カケルが神木の葉を買ってきてるのか? それとも、俺が知らない誰かが?
「手伝おう」
「……? 話、聞いてた?」
「ああ。セツナ嬢について回るだけだろ。全く疲れない。大丈夫だ」
半眼になった彼女が、無言で片脚をぐっと上げては、下ろすを何度か繰り返し、眉間を指先でトントンと叩いた。
「そうね、こうしましょう。まずはお風呂に行ってきて。そのあと、天幕で子どもたちと遊んであげてくれる? 子どもたちを見ててくれたら、安心してしめ縄を見に行けるから。よろしく!」
子どもたちと遊ぶ。ユウシとキョウヤは抱っこさせてくれるか? 試してみよう。クレナは、何をしたら喜ぶ? ああそうだ、髪飾り。
「セツナ嬢。今度、ハルカの地に買い物に行ってきたいんだが、いいだろうか」
背中から押してきていたセツナ嬢の動きがとまる。
「買い物……? 今の話で、何がどうしてそうなったの? クロガネって、玉華葉枝の裁定受けてたりするってこと? 買い物ってことは、戻ってくるよね……。なら私も、氷壁まで行く用があるから、その日に一緒に行くとかでもいい?」
玉華葉枝の裁定? 受けてはいないが、暮らしていいとは言われているから、大丈夫だろう。戻ってくるに決まってる。セツナ嬢も氷壁に? 俺が買い物に行ってる間、誰がセツナ嬢を守るんだ? セツナ嬢が強いとは言え、一人で置いて行くのは心配だ。……セツナ嬢の用事が終わるまで付き添って、村に一度戻ってから、また買い物に行くか。
背後から見上げてくるセツナ嬢に、顔だけ向けて頷くと、彼女がほっとしたようなため息をつき、また背中を押してきた。
並んだ天幕の一つの前で、ここが風呂場だと中に入るよう促され、セツナ嬢に黙礼してから天幕の中に入った。




