ユウシの呟き
森の中を低空飛行し、行き合う腐怪を浄化する。
刀身を目前の腐怪に突き刺したまま、地面に降り立つ。
夜光の浄化に包まれていた腐怪が、ゆっくりと世界に還っていく。
腐怪の重みが刀身から消えて、無造作に血ぶりをしながら、周囲を見回す。
危険そうな腐怪はいない。いるのは、多少大きな腐怪ぐらいだ。セツナ嬢が神木の葉を交換したからだろう。
村に向かう動きを見せる腐怪を、考える間もなく撫で斬りにして、片手で胸元を握り締めた。
さっきの鼓動はなんだったんだ。てっきり手強い腐怪が近くにいるのかと、身構えたんだが。
空を見上げて、首を傾げる。
灰色の雪が視界で踊り、舞い落ちていく。
あと少し見回ったら、今日は天幕で寝るか……。
◆◆◆
村の外周を低空飛行で飛び回り、気になる腐怪を浄化した後、しめ縄の近くで降り立ち半獣化を解く。
村に足を踏み入れながら、鼻先まで覆っている布を首元までずり下げた。
静かだな。
みんなが寝静まった村には、風と雪と、どこからか聞こえてくる腐怪の鳴き声だけが、微かに響いている。
天幕が並んでいる場所まで歩くと、前方に小さな人影が見えた。
雪に濡れた深紫の髪。空を見上げて、片手を伸ばしている少年の口から、白い呼吸が立ち上っている。
ユウシだな。こんな夜中にどうしたんだ?
ゆっくり少年に近付くと、雪を踏む足音が聞こえたのか、彼がびくりと肩を揺らしてこちらを向いた。
「あ、クロガネ兄さっ……クロガネ、さん」
ぱっと口元を覆ったユウシが、視線を彷徨わせて俯く。
兄と呼んでくれてもいいんだが、無理強いはできないな。
「雪を見てたのか?」
俯いていたユウシがこちらを見上げてくる。
前髪の隙間から覗く目が、暗く陰っていた。
「……死を、見てました。冬は、俺から、弟妹たちを奪ってく……。俺も、いつまで生きられるか……」
独り言のような呟き。こちらを見てるようで見てない眼差し。
雪に向かって伸ばされている手を掴んで、とっさにユウシを抱え上げていた。
「うわっ! は、離っ……降りる!」
いつから外にいたんだ。厚手の服なのに、体が冷たい。
暴れるユウシをゆっくり降ろす。
みんなが冬を超えるには、何が必要だ? 首巻きや手足を覆う物か。それだけだと足りないな。運動か? 子どもでもできるような修練をさせると良さそうだ。
「俺、もう寝るっ」
天幕に走って行こうとするユウシの肩に手を置く。
「少し待て」
戸惑ったような目で見上げてくるユウシをよそに、己の首元に視線を落とす。
ひとまず、この布でも巻いとくか。
片手で胞子避けの布を外して、ユウシの首に緩く巻き付ける。
「これで少しは暖かいだろ。今度、首巻きでも買ってくるから、それまで預かっててくれるか?」
ユウシが布で隠れた口元をもごもごと動かした。
片手でぎゅっと布を握り締めて、無言で頷いてきた。
「お、おやすみなさいっ」
ぱっと背を向けたユウシの頬が、少しだけ赤みを帯びていた。
「ああ。おやすみ」
あの布はそこまで分厚くないが、俺の体温でも残ってたか? まあ、すぐに暖まったなら良かった。師匠に感謝だな。
ユウシの姿が天幕に消えるのを見届けて、頷きながら自分の天幕に向かった。




