村での生活②
しばらく黙々と食事をしていると、深紫髪の少年の膝に座って食事をしていた、一番幼げな幼女が少年の膝から降りて、こちらに向かって両手を広げてきた。
「クロガネお兄ちゃん、抱っこー」
「あ……ホノカっ」
幼女の檸檬色の目が、期待したように煌めいている。
その後ろで少年が、不安げな表情を浮かべた。
これは……どうしたらいいんだ? 抱っこといえば、師匠は俺の両脇を持ち上げて、空高く投げてくれたな。同じようにすればいいのか……? いや、少年は膝に座らせてたな。まずは膝に座らせてみよう……。
だが……なんて呼べばいいんだ?
中腰になり、幼女に向かって両腕を伸ばしながら、困り果ててセツナ嬢に視線を向ける。
「セツナ嬢。この子たちを、どう呼べばいい……?」
「なんで私に聞くのよ……。普通に名前で呼べばいいでしょ?」
ごくりと唾を呑み込んだ。一般人に対して、敬称を付けずに名前を呼ぶのは、至難の技だった。
「ほ、ホノカ……おいで……?」
「わーい」
腕の中に飛び込んできた温もりと、少しの重さに息を呑む。立ち上がって抱え込んだ。
柔らかくて、温かくて、愛おしい。
『あたしたちの力はね、呪いなんかじゃないよ! 自分を守れて、守りたい人も守れる。これは、守る力さ。あたしはね、そう思ってるんだよクロ坊』
そう。そうですね師匠。貴方の言葉は間違っていませんでした。俺は、この力でこの子たちを守ります。
閉じた瞼の裏に師匠の野性的な笑顔が浮かび、ホノカを抱き締めて俯いた。
本能的な、衝動だ。理屈など、どうでもいい。
目尻に熱いものが込み上げ、頬を濡らすのを感じた。
「お兄ちゃん? 痛いのー?」
頬に小さな手の温もりが触れて、無理やり目を開けた。
震えそうになる唇を引き上げて、大丈夫だと首を振った。
右肩に手が乗せられて右隣を見ると、カケルが心得たような表情で何度も頷き、ぐっと親指を立てられて、意味が分からず眉が寄る。
「……ちょっと待って……クロガネ、あんたまで? 変態は一人で充分なのよ……ホノカっ、おいで!」
腕の中の温もりが唐突に引き離され、手元の寒々しさに、対面の子どもたちへと視線を向ける。
じっとこちらを見上げている薄紫の目に、羨ましげな色を見た。
考える間もなく両腕を伸ばす。
「ユウシ……だっ」
「お、俺はいい! キョウヤ、片付け……行こう」
ユウシが両腕からすり抜けて、飛び上がるようにしてお盆を持ち、彼の隣に座っていたキョウヤの手を引いて、一目散に天幕から出て行ってしまう。
両手を顔の前で開閉して、がくりと肩を落とす。
避さけられた……だと。だが、あの眼差しは小さい頃、俺の角を見て罵ってきた一般人の少年たちと同じだったぞ。師匠は羨ましがられたんだと言ってたんだが……。ならば、また会ったときに、抱っこしよう。
気を取り直して、残っているクレナとシズルを見る。
「わ、私はいいんですの! セツナお姉ちゃんに抱っこしてもらうんですのよ。殿方はご遠慮くださいですの!」
クレナが慌て気味に、けれど優雅な仕草で立ち上がり、両手を大きく振りながらセツナ嬢の後ろに隠れてしまう。
幼くとも女性なんだな。抱っこするのは諦めよう。今度何か髪飾りでも……そう言えば、ハルカの地で暮らしていいようなこと言われたな……。買いに行くか。
一つ頷き、対面に視線を戻すと、シズルが無言で両手を伸ばしてきた。
ホノカと同じぐらいの年頃に見える。抱っこされるのをずっと待ってたんだろうか。
「シズル……待たせたな」
小さな体の両脇を抱えて抱き上げると、シズルが下を向いて満足気な呼吸を漏らした。
どこを見てるのかその視線を追うと、腰に差した刀にシズルの手が伸びるのが分かって、抜かれないように片手でとっさに柄を握った。
「シズル。これは、まだお前には危ない物だ」
「刀、知ってる。入れ物、白と金色で綺麗。とうしん? もそうですか?」
なるほど。興味があって、見たいだけなのか。
シズルを抱き上げたまま、空いてる場所まで歩き、彼を一度降ろして、腰から鞘ごと刀を外し、床に置いた。
シズルに横で座るよう促して、刀を鞘から半分だけ引き抜いた。
身を乗り出したシズルが、無言で刀身を長いこと眺めたあと、深く頷いて欠伸をした。
「綺麗……だった」
ぼんやりとした呟きが聞こえ、シズルはそのままこてんと横になってしまう。
どうしたのかと顔を覗き込むと、満面の笑みを浮かべたまま、目を閉じていた。小さく健やかな寝息が天幕に響いた。




