村での生活①
セツナ嬢のあとに付いて広場を歩く。
彼女が右手に持っている杖に視線が吸い寄せられる。
セツナ嬢の身の丈ほどもある長い杖だ。
焦げ茶色の杖の先端に、水で濡れて萎れた、氷のような白い花が咲いていた。
花の上に、ぽたりぽたりと水滴が落ちてくる。杖に巻き付けられている、透明な蔦と葉の飾りの中から垂れているようだ。
これは……花なのか? 氷を花の形にしている、わけではないだろう。氷であれば、解けているはず。ならば、なんだ? 透明な飾りも気になるな。
蔦と葉の飾りを目で追うと、杖の先端から持ち手の所まで透明な飾りは巻き付けられていた。飾りの中で少量の水が揺れて、先端の方に流れていく。
持ち手の部分はセツナ嬢の手で隠れて見えない。
どんな造りだ? 水はどこから入れている? 分からん……。この飾りは硝子か? いや、硝子だと脆すぎる。素材はなんだ? 宝石……? 可能性はあるな。だが、加工が大変だろう。それなら鉱石樹の樹皮の方がまだ……。なんであれ、一級品だな。誰が造ったのか、知りたいものだな。
「──ここでご飯を食べるんだけど……って、近ぁっ! なになに、何なの!? これは私の杖! 母さんの形見なんだから! 渡さないわよっ」
「……っ失礼した! 決して盗ろうとした訳ではなく。見た事もない造りだったので、夢中になってしまいました。申し訳ない」
セツナ嬢の怒声で、いつの間にか彼女の手元に顔を寄せていたことに気付き、飛び退いた。
地面に正座し、頭を下げようとしたとき、セツナ嬢の手が肩に触れて、前屈みのまま硬直する。
「怒ってる訳じゃないの。そんなに萎縮しないで欲しいんだけど。これから一緒に暮らす仲間なんだから。あんまり他人行儀にされると、居心地悪いのよ」
仲間だと……。ここでは、神木守は敬われるだけでなく、一般人と同じ人間として扱ってもらえるのか。言葉遣いで投獄されることもないと?
「……畏まらなくても、いいのですか?」
「……逆に、なんで畏まられるのか、分かんないんだけど。さっきも言ったでしょ、畏まらないでって。ほら、さっさと天幕に入るわよ! あんたをみんなに紹介しないといけないんだから!」
そうだった。セツナ嬢だけではないのか。ここではこれが……普通なんだな。
中から子どもたちの声が聞こえてくる、色褪せた天幕へと引き入れられる。
天幕の中では、炊き立ての穀物の香りと、温かな汁物、魚の煮付けのような匂いが漂っていて、家に帰ってきた気分が込み上げた。
セツナ嬢の手が腕から離れ、その手を追って顔を上げる。
床には草で編まれた粗末な布が敷かれ、その上に木で造られた背の低い、けれど天幕の奥まで届きそうなほど大きな食卓があった。
「クレナお姉ちゃん。抱っこー」
「えぇ? なんで今なんですのー? ホノちゃん、クレナは今準備中なのよ。ユウシお兄ちゃんに抱っこして貰ってちょうだい?」
天幕の奥から幕を上げて入ってきた、胞子のせいか黒っぽく見える深紅色の髪をした幼い少女が、お盆を持っていない方の手で、手前に垂れている髪を片耳に掛けた。
その少女の腰に張り付いて服の端を掴んでいた、やはり黒っぽく見える稲穂色の髪をした、少女より小さな幼女が、食卓の横にいる少年たちの所まで、とてとてと走る。
「分かったー。ユウシお兄ちゃんー」
「ホノカ……。おいで」
「わーい」
食卓に器を並べている三人の幼い少年のうち、黒っぽく見える深紫色の髪をした、この中で一番年上だろう少年が、幼女を抱き上げて床に座り、膝の上に幼女を座らせた。
みんな十にも満たないだろう少年少女だ。大人はセツナ嬢とカケルという神木守しかいないのか?
「よし。みんな揃ってるわね。ちゅうもーく!」
セツナ嬢が両手を打ち鳴らすと、五人の子どもたちが一斉にこちらを向いて、各々食卓の周りに座った。
深紫髪の少年の横に座った、深緑色の髪の少年がセツナ嬢に向かって片手を上げる。
「セツナ姉ちゃん。カケルとアカネ姉ちゃんがまだです!」
「あの二人はまあ、すぐにくるでしょ。さて。新しく私たちの仲間になってくれたクロガネよ。みんな、自己紹介しなさい」
セツナ嬢に促されるまま、食卓の近くで空いている床に座った。
対面からの五人の視線に、どう反応をしたらいいのか戸惑う。
「俺、キョウヤ! ほら、兄ちゃんも!」
「俺は……ユウシ。この子は──」
「ホノカは、ホノカなのー」
「私は、クレナですのよ」
「僕は、シズル。お兄さんは、神木守?」
少年の中で一番幼げな、焦げ茶色の髪の子が、ぼんやりした薄茶色の目で、俺の腰にある刀を見詰めて呟いた。
年嵩の少年二人と、少女一人が不自然に固まった。
薄緑の目に少しの警戒が。薄紫の目には仄かな憎悪。桃色の目には恐怖の色が滲んで、三人が一斉にセツナ嬢へと窺うような眼差しを向けた。
今の視線は、故郷で一般人から向けられていた視線と違った。嫌悪や蔑みではなく、逆に、神木守の同志が、陰で一般人に向けていた視線と似ている。
神木守が一般人を守らないどころか、蔑む? そんなことがあるのか……?
ハルカの地には神木守しか暮らせないのも、セツナ嬢たちが腐敗の地で暮らしてるのも、そのせいだと?
「あー。クロガネはね、他所からきた神木守なの。私たちを囮として使ってくる、ハルカの奴らとは違うのよ。それに、守護のお爺さんとか、カケルとか、ハルカにも変な神木守はいるでしょ。クロガネは大丈夫だから。夕飯食べて、明日遊んで貰いなさい!」
五人の視線がまたも降り注いできたが、その目の感情は少しだけ和らいでいた。
少年少女に挨拶をしようとして、姿勢を正したとき、天幕の奥の幕が上がり、外からカケルと少女が入ってきた。
「何この沈黙。どーしたん?」
「子どもたちに、クロガネを紹介しただけよ。カケルとアカネもさっき見たでしょ。あんたは逃げたから知らないでしょうけど、私を助けてくれた強ーい神木守なんだから!」
少女と手を繋いでいるカケルが、片手に持ったお盆を卓上に置いて、俺の前に食事を並べてくる。
少女の朱色の目がこちらを見て、ぺこりと頭を下げてきた。
黙礼を返す。
「他所の神木守? え、無理にセツナに連れてこられたとか? なんでここにいんの? 強いなら、裁定受けてハルカの浄化層とか、神木層で暮らした方が良くね?」
カケルが右隣に座って、青色の目でこちらを見てくる。
カケルが渡してきた器には、半分に切られた魚の煮付けが入っている。
「ちょっとカケル! せっかくクロガネがここにいてくれるって言ってんのに、何勧めてんの!? クロガネがここから出てっちゃったら、どうすんのよ! あんたがアカネしか守んないから、クロガネが来てくれてどれだけ助かるか、分かってないんでしょっ」
怒涛の勢いでセツナ嬢に褒められ、食卓にじっと視線を落とした。
子どもたちはみんな各々、夕飯を食べ始めている。
魚は……カケルが、腐敗の川から採ってきたのか? 水で浄化したんだろう。だが、この穀物や野菜はどこから採ってきたんだ? 腐敗の地で、畑を耕せる訳がない。ハルカの地で、買ってきてるのか?
「クロガネだっけ? 俺、カケル。魚半分ですまん。人数分しか採ってなくってさー。俺の全部やる訳にもいかねーし?」
カケルに顔を覗き込まれて、彼に視線を向けた。
セツナ嬢を置いて逃げたときは、神木守の風上にも置けない奴だと思ったが、できることをやってる男なんだな。カケルは。
「カケル。俺はお前のことを誤解していたようだ。すまない。お前は立派な男だ」
「……えっとー、何の話?」
「どこが!? こいつは、アカネにべったりの妹大好き男なのよ!?」
左隣に座っているセツナ嬢が、汁物のお椀を片手に、箸を持った方の指先をカケルに向けて、必死の形相を浮かべてこちらを見てきた。
「風評被害じゃん! 家族を愛するのは普通のことだろっ」
「あんたのは度を超えてんのよ! きもいっ」
「キモくて結構! 俺は、アカネを愛してる!」
カケルの右隣に座っている少女が、若干迷惑そうに眉を寄せて、カケルから少し距離を取りながら食事を口に運んでいる。
カケルは神木守で、少女は一般人。ハルカの地では神木守しか暮らせない。なるほど、カケルがここにいるのは、家族である少女を守るためか。やはり、立派な男だ。だが、他の子どもたちを守ることは、できないんだな。ならば、やはり修練あるのみ。
「カケル。明日、お前の力を確認させてくれ。今日見たあの逃げ足。手合わせするのが楽しみだ」
「……はい? 手合わせ……? セツナに勝てない俺が? クロガネと? セツナはばけもんなのに、さらに上みたいなあんたと? ……いや、ないわー」
湯気の立つ穀物のお椀を手に取る。この穀物もきっとカケルが買ってきたんだろう。一口分を箸で口に運んだ。
美味かった。




