一方その頃の、魔王城と人界だってよ。
魔王城は静かだった。
元より騒がしい城ではない。 だが、主を欠いた今は余計にそう感じられる。
高層部。 外界を見渡す大バルコニー。
風将は手すりへ腰掛けながら、吹き抜ける風へ目を細めていた。
眼下では、ゲイザー達がゆっくりと行き交っている。
遠方から戻ってきた個体。 外縁部へ向かう個体。 観測情報を運ぶ個体。
その流れを、風将は楽しそうに眺めていた。
「リアちゃーん。」
背後へ気軽な声を投げる。
室内では、水将が大量の書類へ目を通していた。
「事務は任せたよー。」
「どこへ行くんですか。」
即答だった。
風将は振り返りもせず、ひらひらと手を振る。
「外回りー。」
「却下です。」
「まだ何も言ってないのに。」
「城から離れない、までは聞きました。」
風将は笑う。
「分かってるじゃん。」
水将は書類から目を離さない。
「開拓地ですね。」
「んー。」
風が吹いた。
その瞬間だった。
風将の表情が変わる。
ぴたり、と。
まるで何かを聞き取ったように。
「……あ。」
「何ですか。」
「面白そうな事になってる♪」
水将が顔を上げた。
嫌な予感しかしない。
風将は手すりから軽やかに飛び降りる。
「ちょっと見てく――」
その瞬間。
がしっ。
背後から水将の腕が風将の外套を掴んだ。
「仕事。」
「えー。」
「駄目です。」
風将はぶら下がったまま足を揺らす。
「だって外の風がすっごい変なんだよ? なんか新しいの混ざってるし。」
「英雄でしょう。」
「あ、やっぱ分かる?」
「報告書を読んでいますので。」
風将は少し残念そうに頬を膨らませた。
「先に言ってよー。」
「言う前に飛び出そうとしたでしょう。」
否定はしなかった。
水将は小さく溜息を吐く。
そして数秒考え込む。
「……各施設を閉鎖後にしてください。」
風将が振り返る。
「行っていいの?」
「戸締まり確認後です。」
「リアちゃん優しい。」
「違います。」
即答だった。
「トラップ迷路庭園の停止確認。 外堀閉鎖。 侵入迎撃機構休止。 ゲイザー巡回経路変更。」
淡々と並べられていく。
風将は途中から笑いを堪え始めた。
「それ戸締まりって規模?」
「戸締まりです。」
水将は真顔だった。
その後。
魔王城正門には、一枚の書状が残される事となる。
『現在、魔王様及び四将は開拓地へ出向中です。』
『御用の方は、南西森林区域仮設拠点までお越し下さい。』
『なお、外縁部は現在整地中につき、足元にご注意下さい。』
数時間後。
決死の覚悟で魔王城へ辿り着いた挑戦者達は、その書状を前に沈黙する事になる。
もうひとつの、一方その頃。
人界。
王城地下深部。
巨大な召喚陣が、静かに光を帯びていた。
英雄召喚時とは違う。 今回は既に、一度接続成功している。
調整速度が違った。
術者達が次々と数値を書き換えていく。
魔素流量。 座標固定。 世界位相。 接続誤差。
その中心で、王は静かに陣を見下ろしていた。
「……英雄は、順応しているそうです。」
側近の報告に、王はゆっくり頷く。
「そうか。」
短い返答。
だが、その表情は複雑だった。
もっと混乱すると思っていた。 もっと衝突すると考えていた。
だが実際には。
英雄は魔界へ馴染み始めている。
開拓まで始まった。
予想外にも程があった。
「次の召喚対象は。」
「準備を進めています。」
王は静かに目を閉じる。
次の勇者を。
英雄とは違う。
だがきっと。 あちら側へ渡れば、また世界は動く。
王はゆっくりと息を吐いた。
遠く離れた魔界では、今も風が動いていた。
「……そー言えば俺、この頃まだ名前教えて無かった気がするんだが?」
「優秀な目がありますから。」ゲイザーパタパタ
「………こっわ」




