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妹の逆襲

昼のセーフティゾーン。


その中央付近に、黒い影が立っていた。


首元まできちんと詰まった黒のワンピース。

袖は長く、肌の露出はほとんどない。

それでも、身体の線をなぞるように仕立てられた縫製が、立体的な胸元と細い腰を自然に強調している。

裾は緩やかに広がりながらも、生地は柔らかく、呼吸に合わせて微細に揺れた。


視線が集まる。


最初は一人。

次に二人。

やがて波紋のように広がっていく。


「え、やば……」

「誰あれ」

「綺麗……」


ひそひそとした声が空気を震わせる。

露出は少ないはずなのに、目を奪われる。

隠しているのに、逆に想像を刺激する。

そんな種類の存在感だった。


ユキはそれを理解している。

理解したうえで、背筋を伸ばして立っていた。


それだけで周囲の温度がわずかに上がる。


少し離れた商店の片隅で、agjtmの足が止まった。

セーフティにいたユキの姿を見て、息を呑む。


昨日、自分が選び、自分の前でだけ着ろと告げた服。

今、それを彼女が着て、更には無数の視線に晒されている。


――どういうことだよ。


喉の奥がひりつく。


自分以外の誰かが、あの曲線を目でなぞっている。

そして誰かが胸元の縫製を想像し、腰のくびれに視線を滑らせているという現実に、脳が灼けそうだった。


一歩、踏み出す。


「……おい」


声は低く、抑えられていた。

だが完全には制御しきれていない。


ユキがゆっくりと振り向く。

その仕草ひとつで、周囲の視線が縫い付けられたみたいに動く。


「似合う?」


なんてことないようにユキは尋ねた。

見せつけるように、首まで詰まった襟元を撫でながら。


agjtmの視線が無意識に胸元へ落ちる。

布越しに浮き上がる立体。

そのまま数秒、目を離せなくなりかけて、ようやく戻す。


「……なんで外で着てんの」


余裕の皮を被った声。

しかし、奥には隠しきれない熱が籠っている。


ユキはその反応を気づいてないみたいに、首をわずかに傾けた。


「だって、似合うって言ったよね。確認、するんじゃなかったの?」


その言葉に、昨日のやり取りがそのまま蘇る。


“全方向チェックは当然だろ”


周囲ではまだざわめきが続いている。


「モデルみたいじゃない?」

「いや、あれはエロい……」

「うん、やばい」


その囁きが、agjtmの神経を逆撫でする。


「俺の前でだけって言ったよな」


低い声が落ちる。

ユキは一瞬だけ視線を逸らし、すぐに戻した。


「妹なんでしょ?」


試すような視線だった。

agjtmの喉が上下する。


「兄が見せちゃだめって言うの?」


触れられない距離。

周囲の視線が壁のようにある。

ここで腕を掴めば、ここで抱き寄せれば、自分がどんな目で見られるかも分かっている。


ユキがさらに半歩近づく。


「守ってくれるんじゃなかったの?三秒で囲まれるんだよね?」


事実、すでに何人かの男が距離を詰めようとしている。


agjtmの奥歯がわずかに噛み締められる。


囲まれているのは、今、自分の感情のほうだ。


「触らないんでしょ?」


昨日、自分が宣言した言葉を、そのまま返される。


触れたい。

今すぐにでも引き寄せたい。

胸元を隠すように抱き込んで、自分の視界だけに閉じ込めたい。


だが、触れられない。


触れた瞬間、負ける。


「……やるじゃん」


agjtmから、かすれた声が漏れる。


初めて、その余裕が崩れた。


ユキは笑うでもなく、ただ淡々と呟いた。


「ちゃんと似合うって分かったから」


そして背を向ける。

視線を受けながら、堂々と歩き出す。


黒い布が光を吸い込み、腰のラインが滑らかに揺れる。

その後ろ姿に、また小さなざわめきが起きる。


agjtmはその背中を見つめ続ける。


昨日より、ずっと欲しい。


独占したい。

閉じ込めたい。

誰の目にも触れさせたくない。


けれど今は、できない。


やった瞬間、自分が負けると分かっている。


「……くそ」


小さく吐き捨てる。

だが口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。


面白い。

それに、思ったより苛烈な女だった。

最高に厄介だ。


ユキは振り返らない。

ただ胸の奥で強く鳴る鼓動を抱えたまま歩き続ける。


翻弄されているのは、自分だけじゃない。


それを知った瞬間、世界の重心がほんの少しだけ動いた。

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