彼の恋心、その終わり
ロードリッヒがさりげなく告げた言葉に、驚愕する。
「! モーラントの直筆の楽譜!? それは本来、博物館にあってもおかしくないものでは!?」
「ああ、そうだよ。このルビーも、気になるなら手に入れておくべきだな。こういうものは一期一会。逃すと次はない」
ロードリッヒはそう言うが、どう考えても高額そうだ。小切手を使っても……足りないだろう。
「店主、僕の友人がこのルビーを買いたいと言っている」
「おい、ロードリッヒ、自分はまだ決めたわけでは」
そこに店主がやってきた。
白髪に白い髭と、見るからに好々爺だ。
「……このルビーに目を留めるとは……。どうやらあなたがこの子の新しい主のようじゃ」
店主が何を言っているのか分からない。
「シド、おいで」
店主に呼ばれ、自分の前に現れたのは、柔らかいブラウンの髪に、よく日焼けした肌を持ち、黒い瞳が印象的な少年だった。自分と歳は、変わらない気がする。
「このルビーの御代は不要です。その代わりでこの子を、従者としておそばにおいてやってください」
「! それは……自分はまだ学生であり、寄宿学校に身を置いているのです。そばに置くのは……」
いや、そんなことはない。
高位貴族は従者を一名、住み込みで置くことが認められている。寄宿舎の離れに、学校職員に加え、生徒の従者用の部屋も用意されていた。
だがいきなり、従者を雇う!?
ロードリッヒに相談したい――と思い、振り返るが、そこに彼の姿はない。
「お連れの少年は、既に一階へ向かいました。そしてこういう決断は、ご自身がするものです。さあ、いかがなさいますか?」
好々爺の店主は、自分に選択を迫る神のように思えた。
そこでロードリッヒの言葉を思い出す。
――「このルビーも、気になるなら手に入れておくべきだな。こういうものは一期一会。逃すと次はない」
エリノア嬢といい、ロードリッヒといい、コール家の兄妹は、自分になんて影響力があるのだろう。しかも二人が何気なく口にした言葉は、自分にとって人生の羅針盤のようだ。
「分かりました。彼のことを自分の従者として迎えます」
こうしてこの日、いつの日か再会したエリノア嬢に贈るためのルビーと、自分の右腕となる従者と出会い、そして――。
無事カードを手に入れた。少年には、手続きを済ませ、迎えに行くことを約束し、一旦寄宿舎に戻る。その足で校長の私室へ向かい、従者を迎えたいことを申告。さらに家族へ従者を雇うことにしたと、手紙を書いた。従者への給金は、自分の小遣いで賄うつもりだと書いて。
自分がそうやって動いている間、ロードリッヒは乗馬の練習をしていたようだ。
濃い紫の上衣に白いズボンの乗馬服姿のロードリッヒが、部屋に戻って来た。丁度、自分がエリノア嬢へのカードに、メッセージを書き終えたまさにその時に。
いろいろなタイミングが完璧で、なんだか感動していたが。
「カルヴィン。部屋に戻る際、この部屋用の私書箱を確認した。君宛の手紙が一通あった。そして僕にも」
そう言いながらロードリッヒは、乗馬用のグローブを外す。続けて乱雑に、開封済みの自身宛の手紙をテーブルに置いた。自分には丁寧に封筒を渡すのに、自身の手紙の扱いがやけに乱暴だと思ったら……。
「驚いたよ。エリノアが第三王子の婚約者に内定したそうだ。突然、打診が来て、驚いている間に決定事項になっていた。……まあ、仕方ない。我が家は筆頭公爵家だ。本当は王太子との婚約話も、エリノアには出ていたらしい。だがそちらは隣国との姫君との縁談がまとまり、立ち消えになった。王室としては、その時のお詫びの気持ちもあるのだろうな」
ロードリッヒの言葉に、手にしていたカードが床へと落ちる。
この日、いつの日か再会したエリノア嬢に贈るためのルビーと、自分の右腕となる従者と出会い、そして――初恋が終わった。
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